詩の自画像

昨日を書き、今日を書く。明日も書くことだろう。

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六年目の三月十一日

2017-03-06 13:28:09 | 

六年目の三月十一日

 

 

二月の初めに書いた手紙は

三月の中旬には届くだろう

 

鎮魂の手紙だ

 

一カ月の間があるが

配達人は海の中をぐるりと回って

行方不明者を探すのだ

 

海の中はまだ冷たいが

大きな声で名前を呼びながら

少しずつだが目的地の海岸線へと

手紙を届けに来る

 

海の中では

特に涙が沈んでいる辺りを中心に

探すのだという

 

六年の月日が邪魔をしているもの

視野で確認できればいいのだが

視野を遮るものが多く

手の感触で

確かめるものが多くなったらしい

 

だから一カ月という期間は長いようで

とても短いという

そこに心の準備も入るから

 

この時期の海岸線の波は静かだ

あの日の東日本大震災の津波が川を遡上する

音だけは残っている

 

誰が毎年書くのか分からないが

その手紙が届くと

海の波丈は山のように大きくなり

川の音が津波の音に変わる

 

私たちは海岸線でそれぞれに

鎮魂の手紙を受け取り亡くなった人を偲ぶ

海に向かって

まだ戻らない人の名前を呼ぶ

 

この世に切ない時間があるとすれば

その一つなのだろう

六年目の三月十一日

二月の初めに書いた手紙は届いた

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