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2016年 東京藝術大学バッハカンタータクラブ 定期演奏会 「ロ短調ミサ」

2016年02月19日 | pocknのコンサート感想録2016
2月19日(金)櫻井元季指揮 東京藝術大学バッハカンタータクラブ
藝大内 奏楽堂

【曲目】
◎バッハ/ミサ曲ロ短調 BWV232

SⅠ:中山美紀/SⅡ:金成佳枝/A:野間愛、輿石まりあ/T:沼田臣矢、金沢青児/B:小池優介、青木海斗

昨年は藝祭に行けず、カンタータクラブを聴くのは一年前の定期演奏会以来。しかも演目はロ短調ミサということで、いつもに増して待ちわびていた今夜の演奏会は、期待に違わず素晴らしかった。カンタータクラブが定期演奏会でロ短調ミサをやろうと決めたのは1年半も前。去年の定演や聴けなかった藝祭など、発表の機会があるごとにこの大曲の一部を演奏し、じっくりと時間をかけて取り組んできた集大成が今夜の演奏会だ。

カンタータクラブのロ短調と言えば、小林道夫氏の指揮で行われた2000年の定期と、いつだったかは記録を調べないとわからないが、新宿文化センターで行われたOBとの合同で行われた記念演奏会を思い出す。どちらも涙が出るほど感動した。その演奏の根幹には、いつでもメンバーのバッハへのひたむきな姿勢と愛があった。それから16年を経て、もちろん当時のメンバーは一人も残っていないが、今夜の演奏会でも同じものを感じた。このクラブは、バッハを演奏することへ真摯な姿勢を受け継ぎ、たゆまぬ努力で身に付ける演奏技術の向上心を受け継ぎ、そして何よりもバッハを演奏することの悦び、バッハをこよなく愛する精神を受け継いでいる。

演奏スタイルは前回の公演時のモダンスタイルとは大きく異なり、ノンビブラートが基調のピリオド奏法だが、これを時代の流れとして単に採り入れるだけではなく、バッハが譜面に込めた思い、意図、そして信仰を汲み取りつつ、一つ一つの演奏を追究するプロとしての厳しさも忘れていないところが、このクラブがひとところに停滞することなく、メンバー交代を繰り返しながらも絶えず前へ進んできた最大の要因だろう。そんな努力の成果が、今夜の演奏の至るところから聴き取ることができた。

いくつか具体的に述べてみたい。まず冒頭の「キリエ」。いつもの幸福感に溢れた表情とは違う、悲壮感に満ちた合唱団員の顔つきと共に、棘の道をかき分けながらゆっくりと歩む厳しい姿が聴こえてきた。 まさに苦しみに打ちひしがれた弱き者が、主に憐れみを乞い求めている姿だ。続く「キリスト、憐れみ給え」では一転光が射し込み、ソプラノの二重唱を明快なアーティキュレーションを伴ってサポートするヴァイオリン・ユニゾンの生き生きとした瑞々しさ。このアーティキュレーション一つ取っても、「こうでなければならない!」という強い意思を感じるのだ。

或いは、第17曲の「クルチフィクスス」の、重々しいバスの足取りの上で突き刺すようなアクセントを伴って奏される上声部のモチーフは、イエスに突き刺さる楔を表していることを、今夜の演奏を聴いて初めて認識した。そして、終盤の名アリア「アニュス・デイ」。このソロを、これまでカンタータのアリアで何度も名唱を聴かせてくれた野間愛さんが担当することを知ったときからとりわけ楽しみにしていた。最近のロ短調の演奏では、この歌を男声アルトが歌うことが多いのだが、僕はこの曲はどうしても女声アルトのふくよかで包み込むようなしっとりした歌で聴きたく、野間さんはこれに適任と思ったから。

ところが、ヴァイオリンのユニゾンのメロディーが始まったときから、抱いていたイメージとは違っていた。潤いのある滑らかな弦のユニゾンではなく、もっと厳しさを孕んだ深刻な空気が支配し、それに導かれて始まった野間さんの歌も、冒頭の「キリエ」に通じる厳しさに貫かれた歌を紡いで行った。一点を見つめ、すがる思いを伝えつつ、そこには常に凛とした強さがあった。これを聴いたとき、まさにこれこそバッハがこの曲に込めた魂だったことに気づき、ここで「癒し」を求めてはいけないことを悟った。そう、その癒しは、すぐその後の終曲が与えてくれるのだ。

この例だけでも、バッハが生涯の集大成とも言えるロ短調ミサで何を表したかったかについて、カンタータクラブのメンバーがいかに追究してきたかが感じられ、深い敬意を払わずにはいられない。

上に挙げたのは、この作品の厳しさを見事に具現した例だが、華やかさや、幸福に溢れた場面の表現は、カンタータクラブの最も得意とするところで、今夜の演奏では、これまでにも増して喜びを輝かしく、慈しみを温かく、そして愛を心の奥底からこみ上げるように奏でてくれた。そして、終曲「ドーナ・ノービス・パーチェム」での溢れる慈しみと光の輝き!今こうして思い出しながらこれを書いているだけで胸が熱くなってくる。ロ短調ミサの最初から最後まで、合唱もオーケストラも極上の演奏を聴かせてくれた。指揮の櫻井さんが示すアゴーギクやディナミークも実に自然で的確。歌うところは時間をかけてたっぷりと聴かせてくれたのも嬉しい。

ソリストも皆素晴らしかった。なかでも印象に残ったのは、上で挙げたアルトの野間さんのほか、清澄さと温かみを伝えたソプラノⅠの中山さん、落ち着いた品のある歌唱から彫りの深い表現を聴かせたソプラノⅡの金成さん、聴くたびに声に輝きが増し、表現が研ぎ澄まされてくるテノールの金沢さん。深みを感じさせるテノールの沼田さんの歌は、往年のヘフリガーを思わせるものがあった。

楽器のソリスト達も素晴らしい。最も忘れがたいのは、「ベネディクトゥス」でオブリガートを受け持ったフルート。大きな呼吸で奏でられる深く柔らかく滑らかなラインからは、芳香が立ち上るようだった。「グローリア」をはじめ随所で活躍したトランペットにも心からの賞賛を送りたい。艶やかな音色、滑らかな歌いまわし、アンサンブルの中での行き届いたバランス感覚、どれもが素晴らしい。モダン楽器は安心して聴けるのもいい。

そんな個人の演奏への印象もあったが、何といっても今夜のロ短調ミサは、聴衆一人一人の心に、バッハの音楽の素晴らしさを無条件で届けてくれた東京芸術大学バッハカンタータクラブとしての大勝利だ。若くて有能な学生たちが、本気で音楽に向き合い、愛情と情熱を注いで奏でることで開花するパワーを改めて示してくれた。芸大バッハカンタータクラブに心からの賞賛と感謝を捧げたい。

2015年 東京芸術大学バッハカンタータクラブ定期演奏会

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