『今日の一冊』by 大人のための児童文学案内人☆詩乃

大人だって児童文学を楽しみたい、いや、大人こそ読みたい。
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『夏の朝』

2016-08-13 07:00:21 | ファンタジー・日本


『夏の朝』本田昌子著 木村彩子絵 福音館書店


夏が付くタイトルの本シリーズ第2弾は、タイトル通り朝に更新(笑)。
ファンタジー大賞佳作受賞作で、ちょっと古風で美しい日本のタイムファンタジーです。2015年の課題図書だったようですね。毎年書店に並んでいる課題図書を見るたび、げんなりするので、こういう物語が課題になっているのは嬉しいです。でも、こういう物語は感想は人に言いたくなくて、そっと自分の中で温めておきたくもなるという矛盾した思い


≪『夏の朝』あらすじ≫
取り壊されるのを待つばかりの祖父の家。その庭の蓮が花開くとき、時間を越え、少女はいつかの夏へと旅をする。それは、かつてそこに生きた人々の想いをたどる旅だった。(福音館書店の内容紹介より転載)



主人公の莉子は中学二年生で、母を亡くし、一年後に新しいママ(麻美ママ)を受け入れます。反抗心を持つでもなく、素直ないい子だけれど、それでも、家からどんどん亡くなった母の色が消えて行くことがやりきれなくなって、家出をしてしまうんですね。

そして、祖父の一周忌、莉子は広縁にいたと見たの小夜子おばちゃんから、ふっくらした蓮のつぼみの中には『思い』が詰まっていると聞くんです。

……ことばになることができなくて、空にさまよっていただれかの想い。露といっしょに蓮の中にしみこんで根や茎をめぐり、最後にそれはつぼみに溜まって開花とともに再び空へと放たれる……蓮のつぼみが開く時、ぽん、と音がして、その音を聞いた人だけが、そこに入っていた想いを受け取ることができる……

そのことを聞いて以来、朝早く起きて、ぽんという音を聞くたびに過去にさかのぼる莉子。ちょっと切なくて美しくて、日本の持つ独特の情緒があります。想いが露といっしょにしみこんで・・・という発想は、以前ご紹介した『雨ふる本屋』と重なるところもあるのですが、私の中ではあちらは創作童話、こちらは児童文学。

ワクワクドキドキのタイムファンタジーではなく、静かに美しく切ないのですが、登場人物たちも魅力的です。
無口な祖父、だが、そこがいい。
気取った未亡人で、離れに住むお金持ちのおばば。気位が高くて子ども嫌い・・・でも外国の珍しい話をたくさん知っていて本当は寂しい人。などなど。

自分自身は生きてきていない時代の話なのに、どこか懐かしい原風景としてある戦後の日本の姿が描かれています。
文学という形で残しておきたい日本の姿。日本人でよかった、出会えてよかったと思える作品です