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タラフ・ドゥ・ハイドゥークスのイリエ、永眠

2012-06-04 | 東欧/ロマ/ジプシー音楽

先週金曜日、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスの最年長のシンガー、イリエが亡くなったという悲しい知らせが届きました。

享年83歳。渋い歌声とぴんと背筋の通った存在感で、長老メンバーとしてタラフを支えて来ました。(2000年の初来日時の年齢は、72歳。)いつも温厚で優しい人柄は皆に好かれていました。タラフ随一の紳士だったのではないでしょうか。これからは、天国のジプシー楽団で、ニコラエ、カクリカ達と、きっと歌い続けていくのでしょう。ご冥福をお祈りします。

クラムド・ディスクのサイトに、1990年にルーマニアでタラフを発見し、世に知らしめたタラフのプロデューサー/マネージャーである、ステファン・カロによるコメントが発表されています。以下が日本語訳、英語の原文はこちら

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タラフ・ドゥ・ハイドゥークスのシンガー、大黒柱のイリエ・イオルガ、安らかに眠る

このグループ写真、誇り高く楽器を掲げるミュージシャンの中、落ち着き払い、最も魅力的に映るポーズを決めた、この痩せた小さな男を見よ。

にたりと笑みを浮かべ、不思議と耳に手を当てている。まるで何かを聞き取ろうとしているようだが、それはカメラマンのフラッシュ音か?あるいは撮影の指示だったのか?

彼は幸せそうに見える。このフォト・セッションの直後に予定されたファッションショーの為、言われるがままにドレスアップし、デザイナーが選んだ上等なステーションハットをかぶり、緊張からか、うっすら頬は赤味を差しているにもかかわらず。

楽しそうに瞳は輝いているが、それでいて極めて慎み深くもある。この瞬間、彼が何を考えていたかを知る者はいない。あるいは、彼は本当に、古い友人のマリン、義理の息子であるコスティカや、他のタラフ・ドゥ・ハイドゥークスのメンバーと共に、そこに立っている事を意識していたのだろうか?

この男は、数日前、遠くへ去ってしまった、永遠に。その歌声と息が死に絶えるまで言葉を語り、そして片手を上げた。「もう十分だ」とでも言うかのように。

1928年11月15日生まれ、彼の名はイリエ・イオルガ。人々は時に彼を Ilie Paputsoiと呼んだ。歌手、吟遊詩人、トルバドゥール。古く伝わる貴重なルーマニア音楽、叙事詩、愛の歌、猥歌、詩、農夫の歌、愛国心にまつわる歌までも知る、最後の世代の1人とみなされた。

この男は、1世紀という時間の大半、戦争、社会の激動と変化の中を、生来の礼儀正しさ、優しさや、紳士然とした態度を失わずに生き抜いた。ルーマニアで"Ca un dom"と言われる様に。60年間、途方も無い数のレパートリーを歌い、数えきれぬ詩と音楽の知識の宝を持ちながら、行ってしまった。

いつも背筋をぴんとして立ち、そのどこか堅苦しい姿は人々に「人生はどこか深刻なもの」であるかの様な印象を表し、また、声の抑揚の調子で多少やわらげられたにせよ、それは彼の歌うバラードに「歌ではなく本当の話である」と信じ込ませる重厚さ、荘厳さを与えた。

終わりに向かうにつれ、彼の聴力は弱くなっていったが、正しい音程で歌い続けた。バンドメイト達が彼を驚かそうと、時々キーを変えるという、やんちゃで愛情あるいたずらを、悪意と取る事も無いままに。それは、仲間へのいたずらが大好きな、ジプシー・ウェディングのミュージシャン達によるゲームで、聴衆のいるコンサートの本番中にさえ行われるのだ。

彼は、あらゆるものを愛した、ただし、愛するに値しないものを除いて。そして自分の健康について気にも留めなかった。今こそ、本当に、彼は何にも心配する必要は無いのだ。自分自身についても、私達についても。

ステファン・カロ

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