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お国入り   その3

2006-08-06 08:09:35 | ある被爆者の 記憶
先程もいうように、私は意識を失ってはいなかった。自分の生まれ育った土地である。どこをどう運ばれて帰り着こうとしているのか、体は知っているように思えた。仮にあの時、誰かがそこがどこかと私に問うことをしたら、私はやっぱり中空を見つめたままで、ぴったりと言い当てただろうと思う。それほどまでに私は中空の世界に住み替えてしまって、半死半生になって、今、親許に帰り着こうとしていることも、担架に担がれていることも、まるで下界の出来事のように遠のいて、自分の魂だけが中空に広がっていた。
 今日の精神医学では、これを説明する用語があるかもしれない。意識の混濁、放心状態、自我喪失、精神錯乱、どれも当たっているようで当たっていない。その理由は、悟りを開くということがどういうことか、凡愚な私に分かろうはずもないが、ある透明感があったようには思うからである。
 それが証拠のように、その澄み切った中空に広がった心象風景だけは、今も忘れていないのである。
 監物大橋を渡りきると、幕藩時代の下級武士の小さな家並みが見える。実際は何も見ていないのだが、土堤と土堤の間に、崩れかけた小さな侍屋敷が肩を並べて建っていて、これが、お城の守りの第一線となる配置だと思い、ここが戦場になった歴史もないのに、最下層の足軽たちが陣笠をかぶり、竹槍をもってひしめき合って、この監物河原に倒れていく姿を見ていた。
 まだ、身を焼かれたのは原子爆弾であったということも知らない。もちろん、戦って負傷したという自覚もないのに、意識の底は阿鼻叫喚の修羅の巷であったからかもしれない。
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