パース日本語キリスト教会

オーストラリア西オーストラリア州パースに有る日本語キリスト教会の活動報告を掲載いたします。

日曜礼拝 2018年9月2日

2018-09-02 20:06:22 | 日記
聖書箇所:箴言19章16節~23節
説教題:命を守ろう

(導入)
 箴言は詩の形式で書かれていますが、意味の区切りが判りづらい場合が有ります。今回
は、この区切りをひとまとまりととらえて考えてみます。
 最初の16節と最後の23節を読みますと、どちらにも「いのち」という言葉が入っていま
す。この区切りには、私たちがいかにしていのちを守るかということに関わった教訓が述
べられていると考えられます。

(解説)
1)神の戒めを守り、神をおそれることによって
   16節の命令という言葉は戒めとも訳せる内容になっています。神に対する畏れを持
  ってそうするべきことが23節に述べられています。恐れは敬虔さや敬意とも訳せる言
  葉です。主を恐れ、主の戒めを守るのです。20節にも忠告を聞くことが勧められてい
  ます。神の忠告と訓戒を聞くならば、確実に知恵を得ることでしょう。聞くと訳され
  る言葉は従うという意味も持っています。更に23節は、そうすることによって命に至
  り、満ち足り、わざわいに合わないと述べています。わざわいという語は、直訳する
  と悪、邪悪となります。私たちの心にうかぶ悪い思いもその一つと言えるかもしれま
  せん。主を恐れるならば、私たちは心を守りまた命を守ることができるのです。全能
  の主が味方であるならば、たとえ困難な状況でも心を煩わせる必要は無いのです。
   私たちはこの恵みを更に家族、子孫に広げていかなければなりません。18節がその
  ことを表していると考えられます。懲らしめるということは、神の御心に従って戒め
  を与えるということです。神の戒めに従うことによって私たちは永遠の命に至るので
  すから、そうする必要が有るのです。殺す気を起こしてはならないという部分は、死
  に行くままにしてはならないと訳されることも有ります。神の戒めに従わないことの
  行きつくところは永遠の死です。そうなるように任せてはならないのです。

2)誠実さと愛の行いによって
   神の戒めを思う時、最初に心にうかぶべきなのは、「神を愛し、互いに愛し合う」
  こと、また、「神の国と神の義を先ず求める」ことです。これらを合わせて考えるな
  らば、神の戒めを守り、聞き従うことは誠実さと愛の行いに結実するはずなのです。
  そのことは17節に反映されていると考えられます。よるべのない者に施すことが、神
  に貸すことになるという表現は、マタイ25章40節の言葉を連想させます。「最も小さ
  い者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。」と言われています。
   私たちの行いが誠実さに裏打ちされていなければならないことは22節に表されてい
  ると考えられます。「人の望むものは、人の変わらぬ愛である。」という部分は二通
  りの解釈が有るようです。一つ目は、人は変らぬ愛を持つ存在でありたいと熱望する
  ものである、というものです。こちらの解釈を支持する学者が多いような印象が有り
  ます。二つ目は、人は変らぬ愛をもって愛してもらいたいという渇望が有る、という
  ものです。いずれにしても、そこには誠実さが必要です。まやかしを言う者と言う部
  分は嘘つきという意味が有ります。注解には、貧しい者に何か施しをすると口では言
  いながら、実際には何もしない者は嘘つきで、それならば、貧しくて何もできなくて  
  嘘をつくこともない人の方がましだという解説がされています。 

3)自分の方法を離れ神だけを頼ることによって
   誠実さと愛の行いを持つものとなるためには、神との関係が正しくなければなりま
  せん。神を信じる前は、自分が自分の人生の主でした。信仰を持った後は、神があな
  たの王であり守護者になったのです。ですから、自分のやり方を離れて神にのみ頼る
  生き方をしなければなりません。
   19節に、自分の方法で人生を歩んでいこうとする者が出てきます。この人は、怒り  
  によって物事を解決しようとする人です。彼は神に頼ることをせず、神から来る平和
  でこころを治めることをしていません。ですから、いつまでたっても自分の方法で行
  動し続けることが19節後半に示されています。
   私たちはこのような生き方ではなく、21節に出てくる理解と心構えをもっていなけ
  ればなりません。勿論私たちは自分の計画を立てなければなりません。しかし、同時
  に、神がすべての事を司っておられることをも心に留めていなければなりません。そ
  うすることが、神にまったき信頼をおいていることになるのです。

(まとめ)
1)神の戒めを守り、神をおそれることによって
   神の戒めを守ることは、私たちの生活の中で継続的になされるべきことです。戒め
  を守るためには、戒めを理解していなければなりません。日々聖書を読み、刻々それ
  を意識して歩むことが命を守ることになります。

2)誠実さと愛の行いによって
   たった一人でも変わらぬ愛で愛してくれる人がいれば、この人生を自信をもって生
  きて行けるのにと多くの人が思っていることでしょう。人間はそういう熱望、渇望を
  持っている存在です。神はその思いに応えてくださいました。御子イエス・キリスト
  を、人としてこの世に遣わされ、私たちの罪を贖うために十字架につけられました。
  神ご自身が、大きな変わることの無い愛を示してくださったのです。神が先ず私たち
  を愛してくださった故に、私たちも愛するのです。

3)自分の方法を離れ神だけを頼ることによって
   神がどんなに変わらぬ愛で愛してくださっても、私たちが神に心を向けなければ、
  私たちは霊と体を守っていただくことはできません。神に信仰を置き、神にだけ頼る
  信仰を持って、この命を守っていただきましょう。「神を愛する人々、すなわち、神
  のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてく
  ださることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28)という聖書の言葉を自分に
  言い聞かせて、神を信頼し続けましょう。

 説教音声ダウンロード (mp3ファイルをダウンロードすることができます。)
ダウンロード画面右上のダウンロードボダンをクリックしてください。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 火曜聖書研究会 2018年8月28日 | トップ | 火曜聖書研究会 2018年9月4日 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日記」カテゴリの最新記事