パース日本語キリスト教会

オーストラリア西オーストラリア州パースに有る日本語キリスト教会の活動報告を掲載いたします。

日曜礼拝 2018年9月16日

2018-09-16 21:28:13 | 日記
聖書箇所:マタイ9章14節~17節
説教題:断食

(導入)
 収税人だったマタイの所で食卓を囲んでいたイエスの所にパリサイ人が来て質問をした
後、今度はバプテスマのヨハネの弟子たちが進み出て質問をしてきました。その質問には
どのような意味が有り、イエスの回答は私たちに何を示しているのでしょうか。

(解説)
 このエピソードは、三つの内容で構成されています。
1.バプテスマのヨハネの弟子たちの質問
2.花婿に付き添う友だちの例話
3.古い着物と新しい布、古い皮袋と新しい葡萄酒の例話
それぞれの意味するところを確認してみましょう。

1.バプテスマのヨハネの弟子たちの質問
   ヨハネの弟子たちの質問の問題点は何だったでしょうか。その質問には明らかにイ
  エスに対する非難の調子が有ります。彼らの判断基準は、神の掟や神の国と神の義に
  よるのではなく、モーセの律法も要求していない断食の実践という、人間的な方法で
  良い存在になろうとする態度に拠るものでした。
 →人間の業としての断食は私たちと神の関係を正しいものにはしない 

2.花婿に付き添う友だちの例話
   この例話は、先ず断食をするには相応しい時が有るのだということを示しています。
  断食には悲しみの意味が有りましたので、一週間続く婚宴の期間に関係者は断食する
  ことが禁じられていました。イエスが地上にいるという類稀な喜びの期間に断食をす
  ることはおかしなことでした。しかし、イエスが昇天された後には必要に迫られて断
  食をしました。イエスの弟子たちが断食をしなかった時も、断食をした時もそれがイ 
  エスとの関係において相応しいことであったからそうしたのです。
 →断食はイエスとの関係に基づいてされるものである

3.古い着物と新しい布、古い皮袋と新しい葡萄酒の例話
   この例話は、古いものと新しいものが共存できない場合が有ることを示しています。
  悔い改めて、イエスの教えるように神の国と神の義を先ず求める者となり、人間的な
  手段に頼らなくなることが新しい生き方であり、新しい布、新しい葡萄酒が表してい
  ることです。神によらず、人間的な方法で自分を守り、良い存在になろうとすること
  が古い生き方であり、古い着物、古い皮袋が表していることです。既に6章16節から
  18節において、古い生き方による断食と新しい生き方による断食を対比させて弟子た
  ちを戒めておられました。
 →断食は神の国と神の義を反映したものでなければならない
   謙遜に神の権威を認め、真摯に祈るための断食をする生き方をする者に変えられた
  イエスの弟子たちは、敬虔を装うような人間の打算に基づいた断食をすることは不可
  能なのです。

今回は音声ファイルは有りません。
   
  

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