パース日本語キリスト教会

オーストラリア西オーストラリア州パースに有る日本語キリスト教会の活動報告を掲載いたします。

日曜礼拝 2018年6月10日

2018-06-10 21:55:22 | 日記
聖書箇所:1ペテロ2章1節~12節
説教題:私たちは生ける石なのだから

要約

 ペテロは旧約聖書を引用し、12節中5節を割いて「礎石」「生ける石」の例話を用いてキリ
ストとクリスチャンの関係について述べています。ですから、先ず「礎石」についての理解を
しておくのが良いでしょう。
 礎石は、壁や建物の角に配置され、土台として他の石を支える大事な役割が有り、大きくし
っかりした石が用いられます。この礎石がキリストであり、それに支えられて公同の教会を形
成している私たちが組み合わされた石ということになります。ここでは、キリストとクリスチ
ャンが共に生ける石とされています。
 また、礎石は頭石の意味も有ります。頭石は、石でアーチやドームを組む時に、一番最後に
頂部に入れて、建物を完成させる役割が有ります。キリストは救いの計画の完成者ですから、
正に頭石と言えるお方なのです。
 キリストによる救いの支えという土台の上に、またキリストによる救いの完成によって生け
る石とされているクリスチャンという理解の上で、ペテロが伝えようとしたことを三つのポイ
ントで確認してみます。

1)私たちは生ける石なのだから、み言葉を慕い求めなければなりません
   み言葉に従わなかった者たちにとってはキリストはつまずきの石となりました。しかし
  生ける石としてキリストに支えられる私たちは、「言葉」とされるキリストに従い、聖書
  の言葉を求めなければなりません。ドキュメンタリー番組で、生まれたばかりの動物の赤
  ちゃんが諦めずに母親を捜して乳を飲むように、聖書を読み続けましょう。

2)私たちは生ける石なのだから、キリストの良き証人でなければなりません
   生ける石としての在り方が9節には示されています。キリストが私たちをそのような者
  として召し出してくださった理由は、私たちがキリストの素晴らしい御業をのべ伝えるた
  めであると述べられています。12節でも、クリスチャンの立派な振る舞いがキリストに
  栄光を帰することが述べられています。

3)私たちは生ける石なのだから、肉の欲を遠ざけなければなりません
   この指示は11節でなされていますが、その具体例は1節に有ると言って良いでしょう。
  ここでペテロは私たちが天に属し、この世では寄留者にすぎないことを思い起こさせよう
  とします。そのことを思って肉の欲を遠ざけるように激励していることになります。この
  遠ざけるという言葉は、衣服を脱ぎ捨てる様を表す語でもあります。
   また、ペテロは肉の欲を「戦いをいどむ」ものとして述べています。実際に一国家が他
  国から戦いをいどまれたならば、必ず防衛します。私たちも受け身でいてはいけません。
  神のみ言葉を持ち、心の一新をもって防御しなければなりません。

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