パース日本語キリスト教会

オーストラリア西オーストラリア州パースに有る日本語キリスト教会の活動報告を掲載いたします。

日曜礼拝 2018年6月17日

2018-06-17 21:12:42 | 日記
聖書箇所:1ペテロ2章13節‐25節
説教題:キリストの故に

要約

 ペテロは直前の聖書箇所同様に、幾つかの奨励を述べた後に、その根拠となる説明をしてい
ます。ですから、ここでもその部分から確認を進めていきます。

1)私たちはキリストの模範に従わなければなりません
   20節には、善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは神に喜ばれるこ
  とだと述べられています。そればかりか、21節は、私たちがそのために召されたのだと述
  べられています。その召しの模範となる生き方をキリストは示されました。その模範とな
  る在り方の原則は、23節にある通り、「正しくさばかれる方にお任せする」ということで  
  す。ですから、それは単に耐え忍ぶことではなく、神に委ねた生き方をするということで
  あり、生きた供え物としての歩みをし、神を礼拝していることになるのです。

2)私たちは自身の霊的過去と現在を認識していなければなりません
   25節は18節から始まるひとまとまりの記述の一部ですが、まとめという部分も有ります。
  過去の状態は羊のようにさまよっていたのですが、現在は牧者であり監督者である方、す
  わちキリストのもとに帰ったのです。そういう霊的土台が無いと、私たちの本当の人生の
  意義を見出すことは、例え物事がうまく運んでいる時でも難しいのです。その土台となる
  キリストは、羊のために命を捨てた、愛に満ちた方です。この現在の霊的事実が動機とな
  りますから、いつも霊的過去と現在の状況を認識している必要が有ります。

3)私たちは何が良い行いであるかを認識しなければなりません
   15節には、善を行ってと書いてあります。具体的な例は13節から19節までに列挙されて
  います。その根拠は、良い証人になるためですが、それだけではなく、人の背後に働いて
  おられる神を尊び、また、神の似姿に創造されている他人を尊重するということが含まれ
  ています。
   18節に出てくるしもべは、奴隷とは異なる語が用いられています。今日の私たちに適用
  するならば、会社の上司や雇い主に良い態度で接することが考えられます。
   勿論、神の戒めに反するようなことを求められた時には、それに従う必要はありません。

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