パース日本語キリスト教会

オーストラリア西オーストラリア州パースに有る日本語キリスト教会の活動報告を掲載いたします。

日曜礼拝 2018年7月22日

2018-07-22 20:10:07 | 日記
聖書箇所:伝道者の書11章1節~10節
説教題:霊的投資の基本原則

(導入)
 伝道者と訳される語は、説教者等の意味も有り、教訓などを語る人という理解が有ります。
この書のほぼ最後にさしかかったこの時点で、伝道者は何を語るのでしょうか。

(解説‐全体的な思考の流れ)
1)私たちは無知で無力であることを自覚しなければなりません 
   この箇所には「知らない」という表現が繰り返されています。また、無力な様が二つの
  例で示されています。雲の湿度が極限に達すると雨が降ることは知っていいますが、それ
  を自由に操ることは人間にはできません。倒木は倒れる方向を選択できませんし、倒れた
  後に位置を変えることができないように、人間も自分に降りかかる災難や困難な境遇に対
  して無力な部分が有ります。

2)故に私たちは勤勉に困難に相対する準備をしなければなりません
   一つは、他の人々を助けることによって準備をすることです。7人、8人というのは、で
  きるだけ多くの人をということです。自分が困難に遭った時、その人たちが助けてくれる
  ことを期待していることになります。  
   もう一つは、どんな時でも努力を続けることによって準備することです。人は最適な時
  期に行動を起こしたいものです。しかし、そんな理想的なことはなかなかないのです。で
  すから時を選ばす、若い時から年老いるまで継続的に努力することが進められています。

3)しかし、現世にだけ目を留めた生き方は虚しいのです
   どんなに現世を楽しんでも、死後の永遠の時が虚しいものであったら、結局その魂の全
  てが虚しいことになります。

4)だから、神に目を留め、神に合う備えが出来ていることが一番大事なのです
   その備えはどのようにしてなされるのでしょうか。子供の時から神に目を留めた生き方
  をすることが勧められています。その方法は、二つのことを取り除くことだと言います。
   一つ目は、心から悲しみを取り除くことです。「悲しみ」と訳された語は、他に、心配
  怒りなどの意味も有ります。私たちは神に信頼し、神に感謝して、そのような否定的な心
  を取り除いていかなければなりません。
   二つ目は、肉体から痛みを取り去ることです。「痛み」と訳された語は、悪意、邪悪、
  不道徳、無慈悲などの意味も有ります。また、「肉体」と訳された語は、人間を表すこと
  もある語です。人間の究極の邪悪さは、神を認めず人を愛さないことだと考えられます。
  私たちは、神の教えと戒めを守り、神に背いた入り人に無慈悲になることを取り除いてい
  かなければなりません。

(まとめ)
 「むなしい」という言葉が伝道者の書では頻繁に出てきます。しかし、それは絶望の言葉で
はありません。伝道者の書は神の存在を前提として書かれています。「むなしい」という言葉
は、神だけが人生の答えであり解決であることを示すために用いられているのです。言い換え
れば、神とともに歩む人生こそが最も満ち足りた報いの有る人生だと述べていることになりま
す。この箇所から見出すことのできる、そのような人生の歩み方、霊的投資の基本原則は何で
しょうか。

1)人を愛し助けることによって神に従順することです
   そのような行為は1節にあるように、水の上にパンを投げるような無駄なことに思える
  ことがあるかもしれません。しかし、多くの日の後にそれを見出すということが神の約束
  なのです。この世において、いずれは天国において、その報いは必ず受けるのです。

2)神が私たちに委ねたものを用いることです
   1節には「あなたのパン」6節には「あなたの種」とあります。神に委ねられた才能や
  立場を用いて、できるだけ多くの人を助け(2節)様々な方法で備えるのです(6節)。
  新約聖書でもガラテヤ6章10節に同様な勧めが記されています。

3)否定的で邪悪な心を取り除いて神に目を留め続けることです
   生まれつきの邪悪な心は神をも人をも愛せません。神抜きで良い存在になろうとします。
  私たちは、その心を、罪の負債をイエスキリストに支払っていただきました。その恵みを
  心に留め、神に感謝をし続けることによって、否定的な思いや神や人を愛さない邪悪で無  
  慈悲な思いを心から取り除きつつ歩むのです。

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