ウィトゲンシュタイン的日々

日常生活での出来事、登山・本などについての雑感。

白馬鑓温泉に行っただけ(後編)

2018-08-27 23:53:21 | 登山(信越)

やっとの思いで鑓温泉小屋に到着した我々は
宿泊受付・食堂とは別棟の、1号館の上段を寝床として割り振られた。
いったん雨がやみ、鑓温泉下でレインウェアの上着を着たものの
暑さと荷物の重さ、鑓温泉下からの直登がボディブローのように効いて
寝床で荷物整理をしつつも、しばらくそこから動けずに過ごした。
すると、屋根を叩くような音を立てて雨が降ってきた。

雨が一段落したら、お風呂に入ってこようかな

ダーリンがそんなことを言いながら、次に発した言葉は驚くべきものだった。

さっき靴を仕舞う時、ソールの踵が剥がれていたんだよね

・・・

見つめあう2人

な~んてものではない


ダーリン、明日は下りよう
 上には行けないよ
 小屋の人に相談すれば応急処置は可能かもしれないけれど、それで歩いちゃいけないよ。
 明日は下山だ。
 私が小屋番だったら、上には行かせない
 下りよう

ダーリンのことになると冷静に判断できるのに
自分が熱中症気味で、猛烈にバテていた時は「下りよう」と言えないのは愚かですな
とはいえ、一縷の望みも捨てることができないダーリンは、小屋の人に相談しに行った。
小屋の人からは、長野県夏山常駐パトロール隊の隊員が戻ってきたら
改めて相談してほしいと言われたとのこと。
この時まだダーリンは、応急処置さえすれば稜線に上がれると思っていたようだ。


今回の山行の荷物が猛烈に重くなったのには、訳がある。
我々はこれまでの山行形態として、1箇所滞在型で各地域を歩く場合以外
つまり、縦走登山の場合は常に食料と寝床を山小屋に依存してきた。
ところが、今年の5月から動物性食品を摂らない生活スタイルになり
山小屋の食事を食べることができなくなってしまったのである。
直前まで食料を担ぎ上げることに対して、体力と暑さを天秤にかけ
ぴすけは迷いに迷った(ダーリンは担ぎ上げる自信があった模様)。
しかし、山小屋で提供される食事を調べてみると、動物性食品がメインで
山小屋の裏事情を知っている我々としては、山小屋で食べ残しを出すことはできず
さらに、自分たちだけメインなし、という個別対応をしてもらうことも気が引けた。
結果、2泊3日分の食料とガス・ストーブは担がねばならず、これが荷物を重くした。
この日の暑さと2泊3日分の食料担ぎ上げは、ぴすけの体力では土台無理だったことを痛感
今後の山行として、連泊の縦走はかなりの難題になった。



断続的な降雨はあったが、その間隙を縫って、二人ともお風呂に入った
ぬるめのお湯が好きな我々にとってはとても熱いお湯で、予想温度は43℃。
露天は基本的に混浴で、19時30分から20時30分の1時間のみ女性専用になる。
女性用の風呂は壁に囲まれた更衣室つきの、8畳くらいの露店で
19時30分から20時30分の1時間は男性専用になる。
女性用風呂の湯は、白濁していて湯量豊富である。
夕飯は、テラスの軒から滴り落ちる雨を避けながら、ベンチに座って済ませた。
鑓温泉小屋に到着した時は、ぐったりしていたが
夕食時にはぴすけの食欲はすっかり回復し、1.5人前を平らげてダーリンを驚かせた。
夕食後、常駐パトロール隊員に登山靴のソール剥がれを相談したところ
これ以上剥がれないような応急処置はするが、その代わり、必ず下山するように
登ると言うのなら処置はしない、と告げられ、ダーリンはすっかりしょげて帰ってきた。
そりゃそうだ
私が吾妻小舎の小屋番をしていた時、1人だけだったがソール剥がれのお客がいて
応急処置をした後そのまま解放してしまうと山に入ってしまう恐れがあったので
特別にその登山者のみ、温泉のあるバス停まで車で強制送還したことがあった。
修理をしてもらって山に登ったら、それこそ恩を仇で返すことになる。

明日は下山だ。
 山は逃げないよ。
 また来よう

肩を落とすダーリンと夜空を見上げながら歯磨きをし、20時前に就寝


8月15日(水)

白馬鑓温泉小屋→鑓温泉下→杓子沢→三白沢→小日向のコル→猿倉

15日の朝は、4時に鳴った誰かの目覚ましだか小屋のブザーだかとともに電気が灯り
否応なく目が覚めた。
我々にご来光信仰はないが、することもないので外に出た。

真っ暗だった空が次第に明るくなり、刻々と変化する色彩に目を奪われた。

左手、雲海に浮かぶ島のような山頂部は、高妻山である。
夜明けの空を堪能した後は、テラスのベンチで朝食。
下山となればのんびりしたもので、毎年小屋の解体と建設に携わっている大工さんから
建設時のことや、近年は建物部分の地面の崩落と沈下が著しい、というお話を伺ったりした。

ダーリンの登山靴のソール剥がれは、踵部分のビブラムソールが剥がれていた。
ぴすけが応急処置用のダクトテープを携行していたが、グリップが利かなくなり滑るため
常駐パトロール隊員に、これ以上剥がれないように針金で固定してもらった。
針金なら、ビブラムソールの凹凸を覆わないので、滑ることはほぼないのだ。
ぴすけが処置の最中にカメラを構えて近づいて行ったところ、隊員が

奥さんですか?
 いやー、昨日は旦那さんのこと、なだめるのに苦労しましたよ
 ソール剥がれで修理したら、上に行こうとする人はほとんどいないんですけど
 旦那さんは血気盛んで、食い下がってきましたから

と言うではないか。

いやー、お恥ずかしい。
 下りるしかないよ、とは言ったのですが、食い下がりましたか。

はい。
 そういう人、滅多にいませんよ

ダーリン曰く

お兄さん、盛ってるよ~

ということらしいが、ぴすけとしてはそんなことだろうと、容易に想像がつくのである

応急処置が終わって、ダーリンは登ることをすっかりあきらめたようで
修理してくれた隊員のお兄さんと記念撮影。

7時30分、すでに蒸し暑くなっている。
猿倉に正午着を想定し、のんびりと鑓温泉小屋を後にする。

テン場の皆さんは既に出発したと見えて、ほとんどテントは残っていない。
雲海の向こうに、火打山・妙高山・高妻山・戸隠山が見渡せる。

鑓温泉から鑓温泉下を経て杓子沢までは、シシウドやミヤマキンポウゲのお花畑が広がっている。

7時50分、杓子沢に到着。

杓子沢に架けられた橋を渡る。
杓子沢を渡る時、既に霧が出始めていて、樹林帯の下りはほぼ霧の中。
登山道脇に咲く花々に慰められはしつつも、単調な下りは飽きてつらい。

樹間から、一瞬霧が晴れ、美しい稜線が現れた。
こういうご褒美のような景色が見られると、少しは元気が出るというものだ。

鑓温泉小屋を出て2時間、9時30分に小日向のコルに到着。
蒸し暑さで汗べっとりにもかかわらず、休憩する気すら起きずひたすら下る。

11時10分、鑓温泉と大雪渓の分岐まで戻ってきた。
思ったより早く猿倉に到着したので、猿倉でのんびりと休憩をとった。
母とともに白馬を訪れた時、疎開先のお嬢さんとお目にかかれるよう
仲立ちをしてくださったT氏が、昼過ぎに迎えに来てくれることになっていた。


我々が休んでいると、昨夜鑓温泉小屋で親しくなった京都のご夫婦や
大阪からいらした星見の王子様ご一行も下りてきて
バスやタクシーなどで帰っていくのを見送った。
ソール剥がれで仕方なく、鑓温泉小屋に行っただけになってしまったが
常駐パトロール隊員から伺った話だと、1日5件のソール剥がれに遭遇したこともあり
つい先日は、不帰嶮を登山中に登山靴が破損して行動不能となった登山者の救助要請があり
遭難対策協議会隊員などが山小屋から登山靴3足を運び、救助されたとのこと。
救助要請と登山靴の値段で、約10万円ほどかかり、高い登山靴になったそうだ。
それを考えれば、無事に下山できてなによりである。
山は、無事に帰るまでが山行なのだ。



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5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Blume)
2018-09-14 12:06:49
こんにちは~
白馬三山、いいですね。まだ白馬岳で、未踏です。
ソールが剥がれて、残念でしたね。私も一度ソールが剥がれたことあります。 下山途中だったのですが、焦りました。 歩きにくかったです(;'∀')泊まった小屋が麓だったので、そこで応急処置をしていもらい、ガムテープを貼ったままの靴で家に帰りました(電車で行ったので) 登山で靴は本当に重要ですよね。小屋の方の 登るのなら直さないという言葉、もっともです。

白馬三山、縦走、してみたいです(#^^#)
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まさかのソール剥がれ (ぴすけ)
2018-09-20 11:58:40
Blumeさん、私は山でほかの方のソール剥がれに立ち合って、自分が持っていた応急処置用のテープを差し上げたことはありますが、まさか夫の登山靴のソールが剥がれるとは、思ってもみませんでした。
Blumeさんもご経験者だったとは!
テープだと滑りやすくなかったですか?

夫の話によれば、今年1月に登山靴を履いてから日が経っているので、出掛ける前にソールに触って点検してみたそうです。
でも、そこではわからなかったようで、歩いている時も全く気がつかず(私の後ろを歩いているので)、小屋に着いて驚きました。
無事に帰ってこられたことに感謝です。
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Unknown (Blume)
2018-09-20 16:30:07
私の場合、テープを貼ってからは、山道は歩かなかったので、なんとか、帰れましたが、ソールが剥がれかかったのを知ってから、かなり慎重に歩きました(;'∀')
前もって点検してても駄目なんですね…
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針金必携です (芝刈り爺さん)
2018-09-21 17:59:58
私も,何回かこのハガレを経験、以来針金を2,30センチにして持っています。これでぐるぐる。つま先からにハガレには大丈夫です。かかとの場合もなんとかなりそうですね。針金を持つようになって,針金が必要なハガレには出会っていませんが。。ただし靴紐に絡めておかないとすっぽり抜けてしまうんですが。針金意外にいいです。
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針金が装備に追加 (ぴすけ)
2018-09-24 14:46:00
>Blumeさん、事前に点検してもわからず、前兆もなく剥がれたようです。
登山用具店では、登山靴購入後3年程度を経過したら、買い替えるか、ソール交換を勧めているようですね。

>芝刈り爺さん、この教訓を生かし、装備に針金を追加しようと考えています。
ダクトテープを巻くと、ソールの溝がなくなってしまうので、滑って危険だと常駐パトロールの方が教えてくださいました。
稜線に上がれなかったことは残念でしたが、山は逃げないので再挑戦します。
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