流れ弾通信 ~地図~

2012-03-14 19:28:44 | 日記
昨日は福島/南相馬 でライブでした。

朝、ぐんぐんのお母さんに朝食をごちそうになり、南相馬を目掛けてバカ正直にナビのいう通り大平洋に出て、バカ正直に海沿いの道を進んで行ったら、“警戒区域”の看板。そのまま突っ込んで警察に止められました。
そりゃそうだ、バカ過ぎた。と、下道による迂回を始めましたが、今までテレビの中でしか見たことがなかった、“警戒区域”という文字を、初めて実際にこの目で見た衝撃に、心がどんより曇りました。

どの道をどこまで迂回すればよいのかわからないままのドライブでしたから、それからもう一度、別の道で引き返しました。

こりゃあ埒があかん、ということで、案内所、のようなところを訪ねたら、地元のおじちゃん、おばちゃんが今はこの行き方しかない、と地図をくれました。これで一安心です。

飯館村に入りました。道があるのに進めない。街があるのに人がいない。という状況が胸にこんなにも絶望的な違和感を生じさせるのか、と、ただただ衝撃的でした。人が一人も歩いていない。車もほとんど走っていない。パトカーだけがのろのろとあたりを巡回している。。
嫌な嫌な光景でした。

結局大遅刻して、出番14:30のところ、14:25に到着しました。大変迷惑をかけましたが、ぐんぐんのお陰で速やかにセッティングができて、すぐ歌い始め、無事ライブを終えました。

夜の部までの時間の間に、津波に飲み込まれてしまったという高齢者福祉施設に連れていってもらいました。丸飲みにされていました。屋根のあたりまで、津波の爪痕が残っていました。あんな遥かの海からここまで、この高さまで。。と、これはもはや想像がつきませんでした。
施設の中にはいくつかカレンダーがかかっていましたが、やはり、2011年の3月、のままでした。

その後は海に連れていってもらいました。震災前はサーファー達で賑わっていたそうです。
日は沈みかけ、やや曇天。モノクロに映る浜辺に、母親とその娘が手に持った花束だけが唯一、赤でした。
あの後ろ姿は一生忘れないと思います。

そして夜の部のライブが始まりました。たくさんの皆さんが集まって下さいました。大したトークはしていないけれど、ヨタ話を飛ばして、クスクス笑いをいただくと、どうにもこうにもとても嬉しい気持ちになりました。ちびっこ達のの姿も見え、元気にぐずっていて、やはり嬉しい気持ちになりました。
一年が経ち、もうなのかまだなのかはわからないけれど、確実に一年が経ち、例えば今日の皆さんは、確実に一年分前に進んでいるのだ。と、そう思いながら、信じながら、歌いました。


ライブを終え、郡山に向かって走り出しました。


案内所のおじちゃん、おばちゃんにいただいた地図は大切に持っておこうと思います。
どの道からでも、どの街にでも辿り着けるようになる、その時まで、その地図を頼りに、また何度でも歌いに行かせて下さい。



車を止めて、ライトを消し、飯館村の満天の星空を見上げました。
隣にいるのがぐんぐんじゃなかったらな。。と強く思いました。口にも出しました。

旅だったなぁ。
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