地球散歩

地球は広いようで狭い。言葉は違うようで似ている。人生は長いようで短い。一度しかない人生面白おかしく歩いてしまおう。

2008-05-04 03:34:55 | ペルシャ語

 گوسفند(グースファンド)

イスラーム世界で「羊」と言えば、巡礼月の10日目から行われる犠牲祭において、犠牲に供される羊の姿を思い出す人も少なくないだろう。犠牲祭はアラビア語ではイード・アル・アドハーだが、ペルシャ語ではエイデ・ゴルバーン。エイドは、アラビア語のイード同様、「祭り」。ゴルバーンが「犠牲」の意である。

『旧約聖書』において、アブラハムが神への忠誠心の証しとして自らの息子を犠牲に捧げようとしたが、神の贖いを受け、代わりに羊を捧げた話が出てくる。この話が、一神教に連なるイスラームの犠牲祭の精神的支柱となっているのは疑いない。クルアーンにおいても、預言者イブラーヒーム(アブラハム)は、神への忠誠を示すために息子の代わりに雄羊を犠牲に捧げたとされている。彼は、メッカのカーバ神殿を建設した人物ともされていて、イスラームにおいても重要な預言者である。この二つの記述が、メッカ巡礼と犠牲祭を結びつける根拠となっていると言えるだろう。

一方イランでは、同じイスラーム世界であっても犠牲祭が大々的に祝われることはない。よって、アラブ諸国のように街中で羊を屠る姿を目にすることも稀である。
しかし日常生活の中で、「羊のように犠牲になる」という表現を使用することは稀ではない。

例えば、イランでは羊が出てくる有名な諺のようなものがある。
「羊の首を、葬式や結婚式で切り落とす」、がそれだ。
イランでは、葬式や、逆に結婚式のような晴れの席で羊を屠る習慣がある。
その行為と犠牲になった羊の姿を、巧みに人間世界に置き換え表現しているのが、上記の諺となる。以下にその説明をしよう。

葬式のような哀しみに満ちた舞台はさることながら、結婚式のようなめでたい場であっても、その背後には必ず準備やお客の世話に明け暮れる、いわゆる「世話役」のような存在の人がいる。その人は、その催しにおいてはまさに「犠牲者」であるという感覚が、イラン人の間には存在するようだ。その人物のことを犠牲の羊に喩え、「彼(彼女)の首は切り落とされる(た)」と言っているのだ。
この表現は、一見何でもないもののように見えるものの、イラン人の「否定的」「後ろ向き」な性質を良く知る者にとっては、非常に納得の行くものである。

またイラン人の国民性として、「へりくだり」というものがある。ペルシャ語の中には、実際多くのお世辞やへりくだりの言葉が存在する。
そのひとつに「ゴルバーネ・ショマー」という表現があるのだが、「ゴルバーネ」は冒頭に書いた「犠牲」の意であり、ショマーは「あなた」。つまり直訳をすると、「あなたの犠牲になります」なのだが、「いいえ、とんでもありません」の意味合いであったり、あるいは暇を告げる時の「失礼します」といった表現になったりと、
自分を卑下する目的で使用されている。

犠牲の羊から話は随分逸れてしまったが、イラン人の精神性を理解するのに、「羊」は大きな鍵となる。「羊」に関連した表現が多く存在するのは、羊という動物が衣・食を始め、イラン人の生活に密接に関わっている所以でもある。(m)

シルクロード繋がりのエキゾチックな日本の伝統文化、袱紗の羊
エジプトでもギリシャでもかわいい羊ちゃんはやはり犠牲の動物。
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10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (miriyun)
2008-05-04 22:29:57
イラン人の「否定的」「後ろ向き」な性質,
そうだったんですか。日本人と似た細かい手作業ができるペルシア人、美しい文字とミニアチュールの国、性格的にも、いわゆる中東各国とは異なるのでしょうか。
 また、へりくだりの「ゴルバーネ・ショマー」という表現があるんですね。なるほど、勉強になりました♪
フシギ! (yuu)
2008-05-05 06:22:24
なんだか、mitraさんのイランの話を聞くたびに、日本人に似ていないかぁ~!?と思う部分が度々現れるような気がしています。フシギだニャ~!
情報も少ないし、全く訪れたこともない国なのに、こうしてレポしていただけると、本当に身近に感じるからフシギです^^いつも素敵なお話をありがとう☆
Unknown (メギー)
2008-05-05 12:19:18
こんにちは!

ここに書かれた「犠牲」は、日本語でいうところの所謂、‘縁の下の力持ち’的な表現で使われるのでしょうか、それとも、もっと否定的ない見合いのほうが込められているのでしょうか。

「へりくだり」の文化であるとすれば、かなり日本的な所作や物言いをすることも多いのですか?
ちょっと話が逸れるのですが、たとえば「本音と建前」みたいな部分はどうなのでしょう?

ごめんなさいね。質問攻めですが、これまで、なんとなく(これといって根拠があるわけではないですが、数人の方と話す機会があったりして)日本人に近いかな、というイメージがあったけれど、今日の記事を拝読して、もしかすると、日本的な体質とも一寸異なるのかも知れないと思ったものですから。。。

興味深く読ませていただきました。今日もありがとうございました!
miriyunさん (mitra)
2008-05-05 21:28:00
メギーさんへのお返事ともだぶってしまうことになりそうですが、イラン人と日本人の性質、ものすごく通じ合えるところと、似て非なる部分が(当然のことなのでしょうけれど)あります。基本的には、とても繊細で、人にどう見られているかを気にするという側面が多分にあります。一概に比べることはできませんが、アラブ人とは正反対だとさえ思えることも!
そして、日本以上に気遣いが必要とされるこの国は、果たして日本人にとって居心地はいいのだろうか、悪いのだろうか・・・と思うことも。そのうち何かの際に、他のお世辞表現もご紹介したいです。
yuuさん (mitra)
2008-05-05 21:34:55
基本的にはイラン人と日本人の感性って似てるな~って思いますよ。miriyunさんへのお返事にも書いたとおり、他人の目を非常に気にしたり、人を必ず持ち上げて(特に目上だと思われる人)から、自分のやりたい行動を起こすとか(笑)。また体面を気にする性質ゆえに、アラブ諸国に比べたら、しつこく「迫られる」ケースは少ないかも(笑)
良く言えば処世術に長けているのかもしれませんし、悪く言えば、実際に口に上る言葉が信用できないという面も。
イランでは「お世辞」が上手に使えるようになって、初めてペルシャ語が一人前になったと言われます。
メギーさん (mitra)
2008-05-05 21:45:37
イラン人に「縁の下の力もち」という感覚があるのかどうか・・・、今までこの点については考えてみたことがなかったので、ちょっと確認してみたいと思います。でも、私が生活する上で感じる限りでは、やはり文字通り「犠牲」の精神なのではないでしょうか。こう書くと、建て前のみで人の世話をしている人が殆どのように思えますが、実際には、とても世話好きで、親身になって面倒事を引き受けてくれる人が殆どだったりもしますので、この辺り謎の部分です。
ただ、「本音と建て前」については、日本人以上に極端です。過剰なほどに褒めたかと思うと、裏ではビックリしてしまうくらいにその人のことを悪く言ったり。概して噂話は男女共に大好きです。
メギーさんが今まで出会われたイラン人の方々が日本人に似ていると感じられたのは自然だと思います。宗教的な基盤をこれだけ異にするのに(日本とイラン)、お世辞・へりくだり・本音と建て前等、対人関係における性質がここまで似ているのは、本当に不思議なことだなあと日々感じています。ただ、イラン人は極端な人が多いですね(笑)。
イランの国民性って・・・ (マーク)
2008-05-07 13:13:27
日本なら「謙譲の美徳」とかになるんでしょうけど、イランの精神世界をちょっとだけ垣間見た感じがします。

東洋(極東?)のものとは異なる、ペルシャの独特な価値観なのでしょうね。これは、また欧米の方からはわかりにくい世界なような気がします
マークさん (mitra)
2008-05-07 16:37:52
あ、マークさんの言葉で思ったのですが、イランには本当の意味での「謙譲の美徳」がない気が!表面上はへりくだり、人を立てようとしますが、内心自信満々っていう人が多数派だと感じています。(コメント欄で私が書いていることだけ読むと、イラン人って相当「いけすかない」人種みたいに思えてきますね・・・。)
イランは東洋と西洋の狭間にある国なのだなあと、人々の性格的な面からも感じさせられる・・・かな?
贖い (gen-chan)
2008-05-08 00:17:19
アブラハムが息子(イサク)を捧げようとした際、神が「贖い」として・・・という表現はちょっと違うような気がします。
神は彼の信仰を受け入れて(嘉納して)許しを与えた、という感じかと。贖い=代償によって買い戻すっていう語彙かと思います。
gen-chanさん (mitra)
2008-05-08 02:58:19
ご指摘ありがとうございます。
あの後、辞書で「贖う」を引いてみたら、やはり
罪や穢れを免れるために金品を渡す。あるいは罪滅ぼしをするという意味が記されていました。なのでいずれにしろ、このコンテクストで使う日本語としては間違いですね。
旧約聖書を深く読んで来られたgen-chanさんならではのご指摘でした。どうもありがとう!!

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