地球散歩

地球は広いようで狭い。言葉は違うようで似ている。人生は長いようで短い。一度しかない人生面白おかしく歩いてしまおう。

マスク

2020-06-09 19:51:08 | アラビア語(エジプト)

كمامة (キマーマ)

毎日コロナコロナで、世界が疲弊している。
毎日の感染者数が1000を下回らない(2020/6/8)エジプトでは、夜間外出禁止令や、公官庁や大型の店舗、銀行などではマスクの着用が義務づけられている。
長年エジプト人を見ていて、人々がマスクをしているのを見るのは、実に2011年の革命以来だ。

2011年の革命から2013年の軍が政権を取り戻すまでの間は、催涙弾がデモ隊に投げられたりして、
この時はマスクに縁のなかった人々がマスクをした。
とはいえ、それはカイロの地下鉄利用者が主であった。
このたびはエジプト全土でマスクをしている。
当時マスクは1ポンド(約20円)で、「マスク1ポンド!」と、行き交う人の間で物売りが売っていた。
それまで、日本人観光客が、エジプトの砂埃や排気ガスに閉口してマスクをしているのを見ると、
クスクス笑いながら「やーね!あの中国人テロリストみたい!」などと通りすがりにこちらが判らないと思って、
アラビア語で言うのをよく耳にした。
そんなエジプト人がマスクをしているのを見て仰天したものだ。
そして、このマスクはいったいどこからやってきたのだ?と不思議に思った。

このたびのコロナ騒ぎで、エジプトもマスク必須になった。
エジプトらしいマスクエピソードが日々耳に入る。
政府の商業用布マスク製造にあたり、厳しいガイドラインが設けられている。
コットニールというエジプトコットンブランドも第一弾は政府の検品ではねられたために店頭販売はできなかった。
町中の物売りが「コットニールのマスク安く売るよ」と声をかけてくる。
まさかとは思うが、この不良品が闇で売られていてもおかしくはあるまい。
ゾッとする話は、裁判所の前で「貸しマスク屋」が出ているという。
裁判所に入るためにはマスクが必須だが、忘れてきた人に入り口でマスクを有料で貸し、回収する。
また忘れてきた人がいると貸すのを繰り返しているという。
日本人にとって家族がつけたマスクは、コロナ云々にかかわらず身につけたくないものだ。
もともとエジプトでは、誰が飲んだか判らないコップに口をつけて水を飲むのも抵抗がない人が多い。
タクシーに乗って運転手に「水を飲ませてくれ」と言われることがる。
持っているペットボトルの水を一口飲ませてくれと言うのである。
いっそペットボトルをあげるならともかく、どこの誰とも知れない運転手が口をつけた水など、おぞましくて飲めないのが日本人である。
こういう環境ではコロナ様が猛威を振るってもおかしくない。

家族、同性の友だちに会ったらハグして、両方の頬に接吻するのがご挨拶の国で、
人に触れてはいけないというのは強烈なストレスとなっている。
「あなたはコロナ持ってない!」と盲目的な信じる心で愛しい人の頬に接吻するエジプト人たち。
そしてその結果は毎日「本日の感染者数1500」などという数字となって表れている。
さすがのエジプト人もこれはえらいこっちゃと、マスクをするようになった。
貸しマスクが現れる国である。
自分のマスクはいったい何日使って洗っていないのかが気になるところである。
不織布のマスクはゴムが切れるまで使っていると思われる。
布マスクやいかに…
不織布のマスクは2ポンドから5ポンドが相場で、庶民には高い。
一番良く見る黒い布マスクは10ポンドで売られている。
かわいい生地のマスクもときどき見かける。
さて気温40℃越えの日もあるエジプトで、マスク生活にどこまで耐えられるだろうか。
湾岸の女性たちがしている目だけ出して、顔の前に布を垂らしている二カーブが
マスクよりも楽なのではないかと思った。
エジプト人の友だちに話したところ、同じことを考えたという。
コロナの間だけやって、終わったらやめると宗教的にどうなんだろうと考えてしまったという。
教義的に問題なくても近所の人にいい加減な信仰心の持ち主だと思われる気がするとのことだった。
日本の冷感マスクを恨めしく思うカイロの夏になりそうである。[a]





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