詩人PIKKIのひとこと日記&詩

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映画『家族を想うとき』は間違いなくケン ・ローチの最高傑作

2019年12月14日 | 犯罪
ケン・ローチ監督『家族を想うとき』、予定通り公開初日(12/13)に見てきました。涙もろくなっ
ているのは自覚するところですが、途中2度もこみ上げる涙を抑えきれなくなる映画はめ
ったにありません。私の左隣の女性は後半3分の1は終始すすり上げていましたし、一人
置いて右隣の席からは嗚咽といってもいい声がとめどなく聞かれました。間違いなくケン
・ローチの最高傑作といっていいと思います。
https://longride.jp/kazoku/

原題は『Sorry We Missed You』。宅配便の不在票の用語で、日本語に意訳すると「荷物
をお届けに参りましたが、ご不在でした」となるでしょうか。映画では2回、この言葉が
大きく映し出されます-最初は不在票そのものとして、2度目は別の用途で。この英語、
別のシチュエーション、別の文脈で使われれば、「あなたが(orきみが、おまえたちがet
c)いなくてさびしい」とか「あなたと(orきみと、おまえたちとetc)一緒にいられなく
てごめんね」といったニュアンスになるのかもしれません。2度目の不在票は、そのよう
に解釈することもできます(準ネタバレ、失礼)。

原題の持つ含意・暗喩の巧みさにはほど遠い邦題『家族を想うとき』から思い出すのは、
「家族」の語をタイトルに含む一連の山田洋次作品です-すばり『家族』(1970年)をは
じめ『東京家族』(2013年)、『家族はつらいよ』3部作(2016~18年)など。私は山田
洋次の映画をこよなく愛する者で、『男はつらいよ』シリーズの中期以降の作品は封切直
後に、初期の作品もTV録画・DVD等で、ほとんどすべて見ています。寅さん最新作も
封切日に見る予定です。

とはいえ、ケン・ローチ映画を見てしまうと、山田洋次の家族の描き方にはどこか現実離
れした甘さ、浅さを感じざるを得ません。意図してそのように描くのが山田洋次の山田洋
次たるゆえんなのでしょうが、資本と労働の対立、グローバル資本主義による酷薄な社会
破壊、人間の尊厳の蹂躪に正面から向き合わなければ、“昔はよかった”のノスタルジア
に終わってしまいます。

カタルシスかエンパワーメントか、(ブレイディみかこが近著『ぼくはイエローでホワイ
トで、ちょっとブルー』で用いた対語を拝借すれば)シンパシーかエンパシーか、の違い
とも言えるでしょう。

それにしても、サッチャー以降の新自由主義、規制緩和、緊縮、労働者いじめの非情さを
これほどものの見事に活写した映画が作られる国で、なぜ保守党が勝つのか。不思議でな
りません。しかし、もう少し詳しい出口調査の結果を待ちましょう。若い世代の間に社会
主義への共感が広がっていることが必ずや明らかになるはずです。

(浅井健治@週刊MDS編集部)


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