昨日から少し微熱が出てきて大人しくしている土曜日。午後から雪がちらついたが、夕方は小休止?本格的な寒さにさきほどから今冬初めて床暖房を入れてしまった。明日は歌舞伎だし、2/3に観た「リア王」の感想を書いてしまおう。
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彩の国シェイクスピアシリーズ第19弾。蜷川幸雄にとっても平幹二朗にとってもラストの「リア王」になるということで、S席を奮発してメンバーズ先行でとったら前から2列目!3列目くらいまでは舞台に敷かれた土の埃がすごいと聞いていたので、入り口でスタッフからマスクをもらう。さらに持参した埃除けのウインドブレーカーをはおって観劇。松岡和子訳のちくま文庫を古本屋で買ってあったようだがやはり読んでいなかった。最初の方しか間に合わなかったが、予想以上の深刻なドラマだとわかる。気合を入れて観始める。
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今回の主な配役は以下の通り。
リア王:平幹二朗 コーディリア:内山理名
ゴネリル:銀粉蝶 リーガン:とよた真帆
ケント伯:瑳川哲朗 グロスター伯:吉田鋼太郎
エドガー:高橋洋 エドマンド:池内博之
道化:山崎一 フランス王:鈴木豊
オールバニー公:渕野俊太
コーンウォール公:廣田高志
オズワルド:手塚秀彰 紳士:横田栄司、妹尾正文
板状のパネルが開いて開幕。松羽目が描かれた板状のものが張りめぐらされている。板の色はくすみ、風雨にさらされて古びた屋外の能舞台のようなイメージ。玉座の両脇にある紅梅と白梅。そこにはブリテン国の貴族たちが毛皮の衣裳をまとって並んでいる。エドガーやオールバニー公などメタルフレームの眼鏡もかけていて、古風な感じと現代風の感じのバランスが面白い。
平幹二朗のリア王が登場の時から放つオーラに引きつけられる。家臣たちの前で突然の引退宣言。3人の娘たちに自分への愛情の言葉と引き換えに領地も権限も三分の一ずつ譲るという。王は末娘のコーディリアを最も寵愛しており、一番豊かな地を譲るつもりでいたのに、彼女の飾り気のない言葉に怒り、勘当してしまう。
リア王ってこんなに愚かだったのか?突然の奇行に驚きいさめるケント伯の言葉で、それまではどんなに勇猛果敢で賢い魅力にあふれる王だったことがしのばれるから、やはり老いからくる判断ミスだったのかという気もする。80歳を過ぎて王の威厳だけは保ちつつ、領地を譲ることで娘に優しくしてもらって暮らそうとした!これって先日の私の母親の姿に重なるではないか!!
コーディリアもただの口下手ではなく、こんなに鈍感ってことだったのか?私はコーディリア同様に思ったことをそのままズバっと言って母親を泣かせてきたのだ。年寄りがおかしなことを言い出す根底にある死への不安感をわかったといいながらも言い方があったはずなのに・・・・・・。
姉2人の会話で父の妹への偏愛に対するわだかまった気持ちもよくわかる。ここまでの思いを抱き父親譲りの激しい気性を持っている2人だったら、父王に対するこれからの仕打ちもさもありなんと思えてしまう。「リア王」がホームドラマという一面を持つことを深く納得。
コーディリアの内山理名は舞台が初めてだというが千穐楽近いこの日でもすごく硬い演技だ。その持参金もないコーディリアを愛ゆえに自国に后として迎えるフランス王の鈴木豊だけ金髪だったが、異国人という印象が強くなっていたように思う。ゴネリルの銀粉蝶もリーガンのとよた真帆も初めて観る女優だが、すごい存在感。ゴネリルは温厚な夫を見下し、リーガンは同様に激しい夫をもつというのも面白い。
自分の予想外の展開になり、ふたりの娘に一ヶ月交替で世話になることにしたリア王。家来とともに狩から戻った時の狩用の毛皮の衣裳は王宮でまとったものよりも軽装だが、それを着こなす平幹二朗がまた素敵!その前に変装してケントが奉公させてほしいと申し出て気に入られる。「オセロー」の時の吉田鋼太郎のように今度は瑳川哲朗がスキンヘッドにして顔に痣まで入れての変装がまたいい。
不機嫌に登場したゴネリルが100人の家臣を50人に減らせと言い出して決裂。リーガンの城に向かう。先回りしたゴネリルの使いがオズワルド。王を自分の城で迎えないようにするために家臣のグロスター伯の城にコーンウォール公夫妻で逗留。そこに王の使いのケントも到着するが、夫妻は姉の側についている。ケントのオズワルドへの挑発が公の勘気をこうむり、足枷をはめられて一晩を過ごすハメになる。
そこにやってきたリア王たちは、娘たち二人の共謀を知り、自分の愚かさを思い知る。一刻も娘たちと同じ所にいられないと城を飛び出す。このリア王の嘆きの場面にもう涙腺決壊。客席通路を通って城を飛び出していく平リア王も瑳川ケントも山崎道化も皆泣いている。
姉2人を呪い、コーディリアにしたことを後悔し、自らを罵る心の中の嵐が勝って、外の嵐には何も感じないようになってしまった。こんな苦しみと闘いつつも正気だけは保ちたいと願うリア王だが、少しずつ少しずつ狂気に犯されていく。この荒野のために土を凸凹にして敷いた舞台が効果的なんだと納得。
道化の山崎一は「ひばり」のシャルルがよかったので今回も期待していたが、それを上回る道化ぶり。リアルな雄鶏の装飾をこらしたとさか帽と大きな目玉、小柄で華奢な身体つきがマッチして大柄でガッシリした平リア王の傍で辛辣なことをいうのが目茶目茶に痛快。嵐の中を彷徨う王に付き従ってなだめる姿にも主人リア王への情がこもっていた。
グロスター伯の二人の息子のうち愛妾の生んだエドマンドは正妻の生んだエドガーを陥れて自分が伯爵になろうという野心を抱いている。海老蔵のような坊主頭にした池内博之が目玉をむいて毒気たっぷりに本心の独白をする場面はなかなか見ごたえあり。舞台で観たのは初めてだがなかなかいい。
気のいい嫡子エドガーの高橋洋は父の命をねらったという濡れ衣を着せられて逃げ隠れする身になる。爪先立ちで腰にボロを巻いて身体中に泥をつけた気違い乞食トムの姿がまたいいというのがさすが高橋洋である。
グロスター伯が敬愛する王を主人に隠れて落ち延びさせようとするのをエドマンドに密告され、コーンウォール公夫妻に目を抉られる場面が凄かった。コーンウォール公の廣田高志もリーガンのとよた真帆も長身なので、その二人が残虐性を帯びて襲い掛かるところの恐ろしさ!リーガンのキャスティングに納得だ。公のあまりの愚行を剣を抜いて止めようとした家来との斬りあいになり、公は刺される。その傷が元で死ぬのだが自業自得。
そのグロスター伯は崖から飛び降りて自殺しようとドーバーをめざす。その道案内を身をやつしたエドガーに頼んだことで、この二人の道行が始まる。その願いをかなえたふりをして別人が奇跡的に助かったグロスターを見つけたと思わせて同行を続けるエドガー。盲人の手をひいて土が敷き詰められた舞台を行く場面もリア王の彷徨との類似した繰り返しの相乗効果あり。「オセロー」では騙す側と騙される側だった二人が騙される二人になっているのを観るというのも、蜷川シェイクスピアを連続して観ていく楽しみだ。
ドーバーで陣を構えていたフランス軍を王妃コーディリアが率いている。甲冑姿で白い馬上にいる内山理名。まぁこのカッコよさをねらったキャスティングかなぁと推測。
フランス軍とブリテン軍との戦いと未亡人になったリーガンに愛を誓ったエドマンドをとられまいとする不倫愛のゴネリルの女の戦いが同時並行にすすむ。フランス軍はあっけなく負けてコーディリアは父とともに捕虜となる。ようやく父娘二人で一緒にいられることを楽しみにして牢獄へと向かうが、エドマンドが刺客を放つ。オールバニー公が戦後の収拾にあたるが、姉は妹を毒殺し、姉もその不倫を証明する手紙を夫に読まれて追い詰められる。その手紙をオズワルドから奪って公に届けたのはエドガー。正体を明かしたところで父の命はつきたという。兄弟は決闘になる。若い二人の決闘シーンは二列目のせいもありすごい迫力だった。負けたエドマンドは最後に改心して刺客の件を告白。イアーゴーと違って救いがあるけれど・・・・・・。
しかし間に合わなかったのだ。首吊り縄での自殺に見せかけて絞殺されたコーディリアの遺骸を抱いてリア王が登場。刺客は王が殺したがコーディリアは二度と戻らない。それを嘆き悲しみながら命の糸が切れるリア王。この悲嘆の場面でも涙があふれる。埃除けのマスクが濡れないように下げて涙を拭くので気ぜわしい。
平幹二朗ラストのリア王は本当に素晴らしかった。蜷川さんより2歳年上の74歳にして激情みなぎる怒りの爆発、全身での悲嘆、嘆きの末の狂気の軽さまで、この演技はすごすぎる。今が老いたリア王の苦悩をその肉体で演じられるピークだろう。まさに平幹二朗一世一代のリア王だったと思う。
それと従来のいろいろな舞台の写真でイメージが固定していた長い白髪ではなく短い白髪にしていたのもよかった。髪が薄くなっちゃってという台詞がどこかにあったが、短いボサボサの白髪頭の老いた惨めさが胸をうつ。そして前半にまとう毛皮の衣裳が権威を象徴した拵えになっているのがよかった。それが軽装になり、ついには脱いでしまい、その薄衣でさえボタンをはずしてくれと脱ぎたがるという変転がはっきりとわかった。今回の演出はまさに蜷川「リア王」もラストにふさわしいものだった。
リア王一家とグロスター家の父子関係のもつれの悲劇は不幸な結末を迎えた。しかしこの不幸の中で見えなかった真実が見えたということもある。真実が見えるようになるために払った代償が大きすぎる。人間や人間社会は同じようなことを繰り返す存在なのかもしれない。なんと愚かな人間というもの。人間社会というもの。それでも真実を求める気持ちを押さえ込むことはできないだろう。
「知恵がつく前に年取っちゃいけないんだよ」という道化の言葉が耳に痛い。
カーテンコールが何回も繰り返される。観ているこちらはまだ「リア王」の世界に引きづりこまれたままだ。高橋洋もまだその世界にいる感じだった。ところが平幹二朗は会心の笑顔を見せている。自身ラストのリア王をやりおおせたという座頭役者の笑顔だ。この笑顔にやられてしまい、それだけでまた涙がじわっと湧いてしまう。しばらく要チェックな役者にすることを決定。
シェイクスピア4大悲劇作品の中でも「リア王」の格別の重量感にぼーっとしながら劇場を出る。雨に変わった道を歩き、サイゼリアのオフ会でしゃべる中で現実に戻ってくる。いい舞台を観る幸せ、語り合う仲間がいる幸せも噛み締めた。
そうそう土埃マスクの効果の件。いくら有機培養土とはいえ、健康なひとでないとちょっと影響あり。幕間に触りに言ってスタッフさんに注意されたがちゃんと湿らせてあった。それが終演時には乾いていたし、毛皮の衣裳を翻す度にもうもうと上がる埃がライトでしっかり見えていた。隣の友人は不要だとはずし、私は喘息的な胸の奥からこみあげるような咳が出そうになったのでしっかり装着し直した。やはりマスクがないとやばかったと思う。
写真は公式サイトより今回公演のチラシ等に使われていた画像。
観劇後に松岡和子訳のちくま文庫を読了。国立劇場の山崎努リア王の時に出版されている時の初版本だった。脳内再現して溜息をついている。解説文は河合祥一郎でそちらもとても参考になった。
(追記)
当日の速報の記事はこちら
ほんとに素晴らしい舞台でしたね。
私的には最初にして最高の「リア王」に出会ってしまった気分です(「オセロー」もそうでした)。平さんのカーテンコールの笑顔には、私も何故か泣けてしまいました。
そうそう、埃、ほんとに凄かったですよね。マスク情報、お役にたってよかったですv
私は最近蜷川さんは節約して、安い席にしているてのですが、
リア王は失敗しました!良い席で見たかったです。
余りにも決定版リア王という感じで、当分他のリア王は見なくて良いです。
マスク情報にはホントに感謝ですm(_ _)m
>最初にして最高の「リア王」......私も同様です。平幹二朗一世一代のリア王だったと思うし、蜷川さんもこの作品はラストというにふさわしい舞台だったと思います。
観劇後に松岡さんの翻訳本も読みながら脳内再現もしましたが、ホントによくできた芝居をキャスト・スタッフも揃えて見せてくれたんだなぁとあらためて思いました。あまりの重量感もあり、またこんなにいい舞台はしばらくないだろうから、「リア王」は私的にしばらく封印でいいなぁという気がしてるくらいです。次の彩の国シェイクスピアシリーズは喜劇なのでお気楽に観たいです。
★「酒と芝居の日々」の花梨さま
2列目の土埃直撃は、春の喘息期に入っている私はさすがに途中で一回苦しくなって、よけいにしっかりと装着して頑張りました。近くすぎて床に広げた地図とか見えませんでしたが、キャストの皆さんの迫力に押されっぱなし。感想を書き始めたら入れ込みすぎて長くなってしまいました。
>余りにも決定版リア王......私も同様で、しばらく「リア王」は封印だなぁという気持ちです。
2列目とはいかないけど、今回は1階席にて(最近は予算削減してお安い席に座るので)。
平幹のリア王、もう一回、今度は自身の会で演じてくれないかな~。
もう散々やっているから終わりかな。
違う演出で彼のリアをもう一度観たいと思いました。
TBしますのでよろしくお願いします♪
一人だったらいつもの安い席にしたのですが、友人と並んで観たのでリクエストに応えて奮発した席でメンバーズの先行予約申込みをしたのです。それで2列目のかぶりつき、もとい埃まみれ席になったという次第。
幹の会のシェイクスピアの舞台はまだ一度も拝見していません。職場に近いサザンシアターとか東京グローブ座あたりでやってくれることもあるようなのでこれからはしっかりマークしていこうと思ってます。
http://lyric-aki.com/p3.htm
↑で舞台写真を見たら、リア王も今回の短い白髪の方が素敵だと思いました。鳳蘭との共演の「オイディプス王」のポスターでぐらついたことも思い出しましたよ。次は何をやってくれるのかなぁ。私の観た日には息子さんもいらしていたし、父子共演も観てみたいです。
ご無沙汰しています。
なんだか泣いてばかりで,終わったら何を見たのかわからなくなってしまいました。
ただ,蜷川さんと平さんの凄まじい戦いは感じました。勇気の出る舞台でした。
私も泣いてばかりおりました。しばらく「リア王」は封印します!
私が抱いていたコーディリア像とずいぶん違ったのはとまどいましたが、蜷川さんの演出意図が今のお年になって変わったということに納得できてしまいました。自分自身の親の老後の不安感と対峙したショックと重なってしまいました。尊敬していた親も信じられないことを言い出しました。自分が死ぬまで優しくしてもらうためにどんなことをしようかなどと考え出すんですね。長生きするようになっての悩みですね。
その愚かしさに気づくために払った代償の大きかったこと!凄いドラマですねぇ。重たいです。シェイクスピア偉大です。それをここまでにして見せてくれた平幹二朗×蜷川幸雄コンビに感謝、感謝、ただ感謝です!!!
大阪公演を観ましたので、遅ればせながらぴかちゅうさんのレポを拝読いたしました。
平幹二朗さんのリア王は、ほんとうに筆舌に尽くし難いすばらしさでしたが、ぴかちゅうさんのこの力の入ったレポも、感動がビシビシと伝わり、また「リア王」というドラマの持つ多面性を見事に描いてらして読み応えたっぷりです。
カーテンコールの平さんの笑顔には私もヤラレました。自信と充足感に満ち溢れた笑顔でしたね。
>池内博之のエドマンドが強烈な印象。以前テレビドラマでゲイの役をやっていたときも上手いな、と思いましたが、こんな色悪もぴったり......私のそのTVドラマ観ていて感心していました。好きな人に思いを伝えない選択をしている切なさがにじんでました。紅白で初めてしっかり聞いた中村中さんの曲も同様な想いを唄ってて、こういう切ない片想いに弱い私ですって、話が脇道にそれすぎました(^^ゞ
初リアにしてあまりの素晴らしい舞台を観てしまって、しばらく封印したい感じです。私はこんなに重たい芝居はリピートできないです。日常世界に帰ってこれなくなってしまいます(T-T)
蜷川さんの芝居も要チェックですが、幹の会の舞台もこれからは要チェック決定。どうして70過ぎてこんなにお元気なんでしょうか。井上ひさしさんも同世代。コクーンの原作「道元の冒険」もようやくGETしました。戯曲を観劇の前か後に読む楽しみは無類ですねぇ。