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川越を歩く

2005年05月05日 | 旅日記,郷土の歴史
本日,川越の町を散策してきた。
自分は東村山の住人であり,川越は西武線で1本で行ける便利さから,意外と今まで訪れることがなかった町である。
今回は,西武線本川越駅から蔵造りの町並みを北上し,市立博物館経由で本丸御殿,三芳野神社,富士見櫓跡,成田山別院,歴史博物館,喜多院の順に散策した。
歴史好きの私にとっては,なかなか興味深い史料があちこちにあるのがおもしろかった。

川越の由来は,この地が,平安期の土豪,河越氏の本拠であったからとされる。
平安時代末期,河越太郎重頼は源頼朝の傘下に入ったが,頼朝は,河越太郎の娘(大河「義経」では「萌」とか名前が付いてました。)を源義経に嫁がせ,義経が逆賊とされるや否や,河越氏が義経の縁者であることを口実に,所領は没収されてしまう。娘を嫁がせて,河越氏が処分されるまで1年程度しかなかったことからも,頼朝のファシスト性を伺わせる。あるいは,最初から河越氏の所領を大義名分付きで手に入れんと,計算された政略だったのかもしれない。それだけ,この川越は魅力のある土地だったのだろう。
その後,河越氏一族は鎌倉幕府のために働くが,室町期に至り,平一揆に参加したことにより滅んでしまう。
川越歴史博物館には,河越太郎が日枝神社に奉納したとされる太刀が展示されていた。一族郎党の繁栄を願い,奉納されたであろうその太刀に,人間の悲しいドラマを見たような気がする。