彩水のしずくー自分と向き合う

わたしは多発性硬化症です。体の症状などに対する自分の取り組みとその結果、自分と向き合うことで生まれるもの書いて行きます。

変わらずあるものに触れる

2018-10-17 19:05:01 | 日記
最近、わたしに問題が起きている。
それはブログが書けていないこと。

素直な気持ちで、その日にあったこととか、感じたことを記していく。
あれを感じた、これを感じたって書いていく。
自分の世界を辿るように一個いっこ

それをやればいいだけなのだが、最近のわたしは手が止まってしまう。

あのことを書こう!って思っても、文章にできない…
このことを書こう!と思っても、その時の自分とつなげられない…

つまづいている自分がいるのは、なんでなんだろう?
自分の中に「なんでなんで」って言葉がポツンポツン

自分を描いていくもの
自分の中で、いろんなものがたくさん感じられる
でも、それをどうやって言葉にすればいいのか、どういう表現をすればいいのか、、

頭の中がとにかくこんがらがっています。

気づくと、何も考えてない自分がいた。
何にもない空間
でも、そこにあるもの

焦る必要はないのに、なんで人間は焦るんだろう
感じていたら、自然と出ているような気がした

無理して出すものではない
もっていればいいもの
雰囲気から伝わるものがあるはず

何を伝えるかではなくて、自分がどういるかなんだって思った。
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命への語りかけ

2018-10-14 18:01:39 | 日記
しばらくして、、

さっきまで聞こえていなかった車内のアナウンスが、わたしの耳に入った。

次は○○○駅、○○○駅

○○○駅?
駅を聞いて、わたしの中には大学の記憶がポツンと出てきた。

今の車内の感覚と、自分の中に眠る大学に通っていた時の記憶
それがぐるぐるとわたしを回った。
出たり消えたりの繰り返し
だんだんとそれが重なってひとつになるようだった。

急に自分の中に声が聞こえた。

いやだ、いやだ
奥の方で、鳴り響く感覚のこえ

そのこえがどこから来ているのか、嫌な感覚がどうしたら軽くなるのか、
ずっと考えてた。

深い自分から、あなたの真実はどこにありますか?
あなたは今どこにいますか?
って問いかけられているようだった。

大学に通っていた時、わたしは自分が何なのかわかっていなかった。
でも、自分の人生を生きる主人公であるわたしを知りたかったから、何度も何度も、自分に問い続けていた。

自分ってなに?
自分の命を活かせている?って

そんなことを思い出した。
なんだか、過去の自分から今の自分に、語られているようだった。


○○○駅に着いた。
わたしは、いつもこの駅で降りて、友達と待ち合わせをして大学へ向かっていた。
手話を学びに、それを通して深いコミュニケーションをするために。

ガシャンって、ドアが開く音がした。
急に電車の中が騒がしくなったように感じた。
たくさんの人が乗って来て、混雑した。
乗って来たのは、予想通りの大学生。
わたしと歳が近い人ばかりだった。

楽器を持っている人、勉強をしている人、楽しそうに話している人、スマホをみている人、、、

いろんなことをしている人がいた。


ここにいる人たちは何を考えているんだろう?
あの時に感じていたのと同じ問いが浮かんだ。

この人たちはどう生きているの?
何を感じて考えているの?
あなたの世界はどんなリズム?

自分の中を問いだけが動き回っていた。
電車が走るように、問いがぐるぐるとまわっていた。

次の駅Cについた。
電車に乗る時と、違う自分がいた。

なんだか、問いと一緒に車椅子に乗っているようだった。
この駅は始めてきた駅。
車椅子でホームを進んでいく。
しばらく走ってから、あることに気づく。
あれ?
エレベーターがない?
あちこち探したけど、ないようだった。

なんで?って思いながら、しょうがないから階段で移動。
車椅子は、父に運んでもらって、わたしは手すりを伝いながら階段を上り下り。

初めての階段を降りるのは、苦手だ。
段差、手すりの位置、段の感覚、、
全てが慣れてないから、どこにどう体重をかけるか自分と相談しながら、上り下り。

今のわたしの中みたいって思った。
過去の記憶と、問いかけが、あっちこっちに行き来したり、山を上り下りしている。

変なのって思った。

途中で、エレベーターを探しに行くからちょっとここで待っててと、ある場所にいることになった。

わたしは、車椅子の視線で周りをグルーと見渡していた。

しばらくして、その場全体を感じていた。
自分がいるところから一周みるように、全てを感じた。

なんだか、自分の膜を広く遠くまでかけていくようだった。

それと同じように、わたしの中の問いがだんだん大きくなっていくようだった。

さっきまで、自分に向けていたことば。
自分自身の原点に届いたことで、全体に広がった。
奥に収縮した想いを、拡げていくようだった。
(図参照)

目の前は通行人の人で溢れていた。
いろんな人が次から次へと、歩いていく。

何も考えていないような顔をしているように感じた。

わたしは無意識に目で語りかけていた。

何を生きがいにしていますか?
奥の自分に気づいてますか?
その笑顔の奥にあるものをわたしにも教えてください。
人生を心のどこから楽しんでいますか?

目の前を足早に通り過ぎるひとたち
でも、その一人一人に語りかけていく
時を置くように命への語りかけをした

誰も言葉で答えてくれない問いの答えを知りたかった

どんな人生を送っているの?
あなたの命の色は何色ですか?
生きている意味は何?

その人のずっと先を見ていた
その人ではなく、存在に語りかけていた。
存在同士で語り合いたかった
空間に尋ねていた





(駅の中で障害物の話は、また後日書きます!)


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車いすから広がるわたし

2018-10-11 20:10:43 | 日記
先日、あるとこへ行く予定があった。
たまたま前日に用があって、東京にいたから東京の家に泊まることに。
朝、目が覚めて、東京の家の雰囲気を感じた。

なんだか、学校に行く日みたい^ ^

そんなことを感じながら支度を始めた。
お風呂に入って、身だしなみを整えて……

途中で、あれ?って思った。
何かいつもと違う自分がいる。
なんだろう?
自分をみていくと、、
丁寧に髪を溶かしていたり、お化粧をいつもよりもしてたり、、

無意識にも、いつも以上に自分の身だしなみが気になってたみたい。

で、支度ができた頃に、出発!

1.2年前の自分と今の自分。
その二つの感覚があるようだった。

家を出て、最寄りの駅まで行く。
車椅子を父に押してもらいながら、前に進む。
狭い道、段差のある道、、
いろんな道を通っていく。

わたしにとって、車椅子で移動する時間は、その場とコミュニケーションする時間。
走っていると、体の中をその道の振動が走っていく。
デコボコした感じ、
滑らかで振動が少ない感じ

いろんな道がある。
体の揺れとの話し合い。
なんだか、その時のその場とお話ししているみたい^ ^

体と場所が感じあって、通じ合う。

家から最寄り駅までの道の、久しぶりの感覚。

駅についた。
最寄り駅Aは慣れている駅。

車椅子でも、どっちに多動行くかは頭で描ける。
電車に乗った。

実家に帰る時に使う電車の方面とは、違う方面。
こっちの方面に乗るのは、久しぶりだなって思った。
自分の過去の記憶を探っていた。

いつ乗ったっけ?
どこに行くために使ったんだろう?

そんなことを考えながら、電車に乗った。

電車の揺れによって、揺れていく車椅子の車輪。
どこが軸かわからなくなり、自分の足の感覚がなくなることもある。

なんか、ふわふわする^ ^
雲の上にいるみたい。

この感覚になると、自分の心との対話がしやすくなる。


体の中が、電車の振動でいっぱいになっていた。
ガタンゴトン
体の中に響く音があった。

しばらくして、乗り換えをする駅Bに着いた。

電車から駅に車椅子で降ろしてもらう。
父など、介助に慣れている人の場合、スロープを駅委員さんに頼まない。

後ろ向きに降してもらう。
後ろの車輪がホームにつくと、一気に自分の体が地につく感覚になった。
ポワンとしていたのが硬い感覚になる感じ

駅Bに降りてから、周りを見渡した。
この駅降りたことあるって思った。

なんで降りた駅だっけ?どこにいく乗り換えで使った駅だろう?

来たことがあるけど、覚えていない。


自分の奥は、覚えている空間。
でも意識の中では覚えていない。

ここは、どこですか?
何しに来たことありますか?

そうやって何度もなんども、聞いていた。

過去の自分に尋ねるように
自分の記憶の中を探るように

だんだんと奥の自分に問いかけていく感じがした。

次の駅Cへ向かった。

電車に乗った。

なん駅くらいでつくのかな?
さっきの電車とはまた違う振動

なんか凄い揺れる
揺れと同時にわたしの体も傾く
前に傾いたり、左右に傾いたり

電車の揺れに体を任せているみたい
踊ってるみたいだなぁ

電車の揺れを、自分の体を通して感じる

自分という揺れを持ちながら、電車の揺れを感じる
電車のこえを聞いているみたい

人のこえを聞くってこういうことなのかなって思った。
電車の振動にのせられる体
人のこえ、人の振動に身を通してのることが、人間としての本当の関わりではないかな?

ここにのってる人みんな、この揺れを感じてるのかな?
あたりをグルーと見渡した。
円を描くようにお客さんをみた。

お客さんは、たくさんいた。
わたしと同い年くらいの人がたくさん。
大学生かな?

周りを見ていく
目でどんなお客さんがいるのかなって見ながら、だんだんと、その場の空間を感じていた。

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涙のひかり

2018-10-04 18:09:22 | 日記


何にもない時間
空気の気配がある
自分が気配の中に溶け込んでいる

奥の方で強くある光
空気と遊んでいる

自分の顔を流れるしずくがあった
自分の心のなみだ

ゆっくりと、じぶんが流れていく
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中国🇨🇳インド🇮🇳世界を感じて…

2018-10-03 19:34:38 | 日記
先日、久しぶりに気功の先生のお宅にお邪魔した。
気を流してもらったあと、お話しをした。

久しぶりだからか、話は弾んでいた。
先生は、少し前まで、中国に気功の研修に行っていたようだった。
どんなことしたのかな?

聞こうとしていたら、もう話していた。
先生の口から次々に出てくる、中国の話。

外国に行ったことがないから、知らない世界が、先生の口から出てくるようだった。
体験として感じられたことを話していく。
遠い世界に行って、感じた世界観。
先生の心、体の中ににあるその広い世界を、教えてもらうようだった。

いろんな写真を見せてくれた。
日本とはまた違った雰囲気のある写真だった。


わたしがここにいるように、こういう遠く知らない場で、今を生きている人たちがいるんだなぁ。
行ったことのないけど、心で感じられる世界だった。
写真の奥に、遠くてどこまでも続く世界を感じた。

帰る前に、中国からのお菓子、お茶があるんだけど、食べていかない?って誘ってくれた。

何が出てくるんだろう?
外国のものと言われるだけで何が出てくるのか、すごく気になった。

出てきたのは、ジャスミンティと、お皿にのったふ菓子のようなもの☕︎

食べてみると、、不思議な味がした。食べたことのない味。
お菓子を食べているのか、なんなのかわからなくなった。

でも、中国の人にとっては、これがおかしなんだよね?
日本とは違う、文化を感じた。

お茶を飲んで、わたしの体の中はすっかり中国人🇨🇳

中国の雰囲気を味わって、帰った。
玄関の扉を開けた。
いつもの見慣れた、日本の空気を感じた。
なんだか、中国から日本に帰るみたい。

数時間の旅行に行ったようだった。
実際に外国に行ったらもっと全体から感じるものがあるのかも^_^

帰りの車の中で、、
わたしの中は中国人の気分でうまっていた。
自分が中国人みたい

もっといろんな世界を感じてみたいな〜〜

そう思っていると、母からある提案をもらった。
「お昼ご飯なんだけど、せっかくだからどこか行かない?」って。

どこに行こうかな?
何が食べたいかな。

母は、インド料理屋さんに行くことを提案してくれた。
世間知らずのわたし。
インド料理は食べたことがない。
あるかもしれないけど、覚えていなかった。
それこそ、わたしにとっては未知の世界。

おいしいのかな?どんなレストランなの?

知らないところ、知らない料理だから、少し怖さもあった。
でも、いろんな世界を知りたい。
ならば行ってみよう!!

気功の先生のお宅からうちまでの帰り道にあるお店。
小さいお店だけど、外国の雰囲気のあるお店だった。

レストランの中に入ると、わたしの足は止まってしまった。
何ここ?
イメージしていた空間とかけ離れたものだったから、すごくびっくりした。
あそこもあそこも赤い
インド人はこういう雰囲気を出すのかな?

グルーと見渡した。
飾ってあるものは外国(たぶんインド)のもの。
狭くて、小さい空間だから、飾りの雰囲気が体の中に入ってくるようだった。

なにこれ?
象さんの模様?
すごく大きな象が描いてあった。
インド人にとっての神様のような存在、イメージのものかな。

自分の体がインド人の色で塗られていくみたい^ ^
初めて感じる雰囲気がわたしを包んでいた。

メニューを見た。
色々並んでいる料理。
カレー屋さんだったから、カレーを頼んだ。
いろんな種類のカレーがあった。
緑色のカレーと、薄い茶色から濃い色のものまであった。
15個くらいのカレー。
ぜんぶインドカレーだけど、どれも別の雰囲気のカレーだった。
インドって一つの世界にもいろんなセカイがあるんだって思った。
日本にもいろんな世界がある。
でも、その世界に住んでいる人は、その中にあるたくさんのセカイに気づいていないような気がした。
きっと自分の中にもいろんなセカイがある。それに、どれだけ自分として気付けるか。
それが、生きている間に感じられる、ひとつのことなのではないかな?

いろんなセカイを持つインドカレー。
数多くある中からすごい迷ったけど、直感で選んだ。

店員さんがきた。
店員さんもインドの方だった。
何語で話せばいいの?わたしの中はパニック状態。
とりあえず、言葉じゃなくて表情で話ししようかな?

そんなこと考えていると、ご注文は?って言われた。
日本語話せるんだ〜!

料理は、すごく大きかった。
これが一人分?
わたしの手のひらよりも大きくてあついナン。
あと、ナンに比べたら小さいスペースにあるカレーがあった。
これはカレー?えのぐみたい。

画用紙のように大きいナン
絵の具のように濃くて色んな色をしたカレー
スプーンは、筆みたい^ ^🖌

画家になったようだった。
なんの絵を描こうかな?
そうやって料理に言われているようだった。

食べ物が揃っていただきます!
味は、いつも家で食べるカレーとは別物だった。
こってりした味をしていた。
緑色のカレー
茶色のカレー
赤いカレー

どれも独特な味をしていた。
口に入れるごとに、わたしの体の中がインドの色で色づいていった。
カレー(絵の具)とナン(画用紙)と、スプーン(筆)で、お腹の中に絵を描かれていくようだった。
インドの雰囲気を感じた。

色んな世界があるんだなぁ。
日本人から、中国人、そしてインド人になったわたし。
色んな世界に行くようだった。
世界に行くというよりも、色んな国の人に自分がなっていくようだった。

実際には日本にいるけど、場所の雰囲気、頭のイメージで、どんな国の人にもなれるって思った。

小さい時に、家族ごっこを兄弟でして、お母さん役になりきっていたのもこの感覚と同じなのかな?
急に、幼い頃の自分が浮かんできた。

あの時のわたしは、自分ではなくその主人公になっていた。
男の子になったり、天使になったり、怪獣になったり、、、

小さい時は本当にそれになっている感覚だった。
その主人公になったのが前提で物語をつくっていく。

自分の人生も自分の意識次第で決まるものがあるのかも。
自分が中国人だと思えば、自分の中は中国の雰囲気で包まれる。
自分がお母さんだって思えば、自分が描いているお母さんになる。
自分が頭がいいと思えば、頭がいい人になっている。

自分の中の意識、設定がはっきりとできるほど、頭の中で思い込むだけでなく、自分で起こしていくのかも。

どういう人生を描いていきたいか、どういう自分になりたいか、
それができると、自分の中から変わっていく。




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