先日NHK BSプレミアムシアターでダニール・トリフォノフを特集した番組を見た。
「音楽は生きる喜び」というフランス制作(だったと思う)のドキュメンタリーだ。とても興味深かった。普段着でインタビューに答える素顔のトリフォノフを見ることができた。
森の中を思索に耽りながら歩く姿も撮られていて、彼は何やらやたら腕や指を動かしながら急な坂をずんずん登って行くのだ。それは散策などと言う感じでは全く無くてすごく集中している様子なのだ。
絶対に頭の中で演奏しているに違いない。ひょっとしたらこうして暗譜をものにしているのか?ある種のピアニストは超人的な記憶力を持っている。トリフォノフは確実にこのタイプの人間だ。
こうした自然の中での思索が不可欠らしく、周りにそのような自然環境が無いところでは住めないと言っていた。
トリフォノフの音もまた独特である。魅力的なピアニストは皆、独自の音色を持っている。自宅ピアノでチャイコフスキーの子供のための小品を弾く場面があった。難易度はおそらく最も低いものだが、これを真剣かつ、ものすごい集中力で弾くのだ。どんな曲にも彼の哲学が溢れる。
番組最後エンドロールに幼い日のトリフォノフの発表会だか演奏会だかの古い映像が現れた。5、6歳くらいだろうか?
日本のような親切な子ども向けの補助ペダルなど無い。大人用の椅子で座るとペダルが踏めないから、ほとんど寄りかかって弾くようだ。それでも自分にとってもっとも弾きやすい姿勢を探しバランスをとる。最後は着ている服の袖が気になるのか腕まくりするような仕草。
そうして演奏されたグリンカの小品に私は度肝を抜かれた。これはもはや子供の演奏ではない。一つ一つの音に魂がこもっているような深く悲しい音色。数秒で心を奪われる。才能ある子供たちがテンポの速いハイドンとかのソナタを見事に弾くのはよく見る。しかし、これはゆっくりとしみじみ歌う曲なのだ。本当に素晴らしいと同時に恐ろしくなるような演奏だ。
それゆえに私は何度も録画を巻き戻しては見てしまうのだ。