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Voigtlander Brillant 6×6

2008-08-28 21:52:46 | つちのこカメラ

つちのこカメラ21

Voigtlander Brillant、フォクトレンダー・ブリラント。1930年代のカメラです。

これは私のものではなく、知人のつちのこカメラで、軍人であった爺様の形見だそうです。軍人が持ち主だったら、もしかして戦局たけなわの頃に、世界を旅していたかもしれない。

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実に小さく、4×4カメラかと思ったほどで、裏蓋を開けたら6×6のフレームがありビックリ!

1930年代の製品なんで、塗装はボロボロですがレンズは意外にキレイだった。

可愛らしい皮ケースつき。

高さ12cm×幅7.5cm×厚み8cm、(出っ張りを含む)

レンズ75mm、開放f7,7

絞りf7.7、11、22(3つの穴があいた円盤)

シャッターはB、25、50

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原始的な2眼レフカメラで、上のビューレンズにはピント送りがない。ただフレームを見れるだけです。

下の撮影レンズのピント調節は前玉繰り出しのよう。目盛りがフィートかメートルかわからなかったが、テスト撮影の結果フィートと判明。

リコーフレックスも小さかったが、ソレより一回り小さい感じ。前板が動かないし、レンズのピントリングは撮影レンズしかついていないからだ。

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ピントフードの真ん中にフォクトレンダーのマークが。

レンズは比較的キレイだが、内面反射もフレイヤーも多そう。

しかし、じつにシンプルに設計されている。

少ない加工で最大限の精度を出そうとしているようだ。

戦前のドイツ工業製品の粋なんだろう。

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シャッターと絞り以外の動きはしぶい。

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コチラの面にあるサイドにある楕円形の小さな窓はフィルムカウンター。スタートマークがどこなのかわからなかったので、うまくカウンターをあわせられなかった。やり方を覚えればカウンターの数字を見ながらフィルムを巻き上げます。 

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後ろの蓋にも赤窓があり、フィルムの後ろの紙に印字してあるカウンター数字を見ながら巻き上げると、駒の間隔が広すぎる。おそらく6×9の間隔。今のフィルムと昔のフィルムでは印字位置が違うのでは?

あとからわかったことだが、裏蓋の赤窓で6×9のフィルム印字①を出したら、フィルムのいちコマ目が出たことになるそうだ。それからサイドのカウンターでコマ数を見ていく。①コマ目まではカウンターが進まないようギアを下げておく。

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マミヤC330と大きさを比べると、大砲と短銃ぐらい違う。重さも倍は違いますね。

かたやレンズ交換できるし、そのレンズはビューレンズと撮影レンズが同じ物を使用しているし、至れり尽くせりの豪華カメラだったから、、、。

マミヤはそういうところがあります。だからRZにしてもデッカク重くなるんです。しかしプロには、あんなに頼りになるカメラはない!

このフォクトレンダーブリラントは全てを省略して、必要最小限の機能しか持たないカメラです。省略したというより、カメラの形態が出来つつある時代の製品です。

可動部分が少ない! 

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上のビューレンズはピント送りがない。つまりフレームを見るだけのレンズ。一般的な言葉で言えば、目測式ピント調節カメラ

下の撮影レンズは前玉回転で距離目盛はフィート(テストしてわかった)。

ランドスケープ(風景)からポートレイトと刻印してある。最短距離が3フィートだとアップじゃないか?前玉の枠から距離表示の矢印が続いている。

左の手のような取っ手がシャッターチャージを兼ねたシャッターレバー。下に押すとチャージをしつつシャッターがおりる。 

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左の窓がシャッター表示。

といってもバルブ(B)と1/25、1/50しかない。

右の小窓が絞り表示。

開放がf7,7なので次が11、22とたったの3つしか数字がない。

しかも、絞りは中間が無く、丸い小さな穴が開いた円盤がターレットのように交換するだけ。簡素な造りというか原始的です(今となってはアイディアもの)。 

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ファインダーは明るいがマットがなく素通し。 

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そこ蓋を開けると、裏蓋が開けられます。 

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この順番で開きます。

フイルムを後ろから押さえる厚板が湾曲していてレンズの褶曲にあわせているのかもしれない。

むろんフィルムは下から上へ巻き取ります。 

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後ろのレンズは固定。

内面反射が多そうだ。カビはさほどじゃないがホコリの混入が多い。 

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フィルム入れの全てがうまくいくと、カウンター表示が自動で進みます。

このあたりの操作は、説明書がないので私にも理解不能。 

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フィルムのパッケージと大きさを比べると、いかに小さいかわかるでしょー。カメラボディーがフィルム幅ぎりぎりしかないから、フィルム送りが固かった。わずかな凹みや錆に影響されます。

フォクトレンダーはドイツのブランドでしたが、今ではコシナがその名前で製品を作っています。コシナはツアイス・イコンも作っています。

URLは

http://www.cosina.co.jp/v.html

機械を見ると作った人の意図や気持が良くわかります。当時の機械工作の精度や知識を屈指しています、面白いですね。

さてテスト撮影してプリントしてみました。80年前のカメラとは思えないほどです。仕事に使えます(冗談)!

本音を言えば、、、デジタルで精密な写真が簡単に撮れるようになっても、写真の価値が数十倍上がるわけじゃない。ある時ある場所の記憶ということで、精度を上げても人類にとっての価値はそれほどだなー。デジタルになって、ひとつの産業革命だとは思います。誰でも何処でも何処からでも写真を発信できるようになった。これは凄いことです。庶民がペンだけじゃなく映像を簡単に発信できるようになったから。それはカメラの発達だけじゃなく通信と組み合わさったものですが。写真は昔は写真でしかなかったが、いまでは写真は情報の重要なひとつのパートになった。

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/d/20080903

撮影はフィルム巻上げが難しかった。

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/d/20080901

ローライフレックス 3.5F 220の記事

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/d/20081024

ハッセルブラッド500Cの記事

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/d/20071002

マミヤC330Sの記事

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/d/20070923

アサヒペンタックス67の記事

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/d/20100421

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ワンジルは

2008-08-28 00:08:10 | 日記・エッセイ・コラム

オリンピックのマラソンで優勝したワンジル選手が、これからケニアを拠点に練習するという記事を読んだ。

仙台の高校を出てから、実業団のトヨタに属して今まで練習してきたが、それがワンジル選手にとって良い練習(効果的)だったと、オリンピックで証明されたわけだ。

しかし、これからはケニアに戻り、地元では同じぐらいのレベルの走者がいるから、それを相手に練習すると言うことなんだろう。

それは、故郷に帰って、同じ人種の仲間と切磋琢磨するというから、当たり前と言うか、それはそれでいいことだと思った。

しかし、オリンピックが始る前、7月にトヨタへ退部届けを郵送で出したあたりから、何やらきな臭い、、、。それも以後連絡がつかなく確かめようがなかったと言う。真意を確かめられたのがオリンピックのフルマラソンで優勝したあとというのが、、、、!

それほど、日本のトヨタでの練習がいやだったのか?

その退部理由には、日本の実業団は駅伝に向いていて、フルマラソンを走る環境にないと書いてあったそうだ。7月の段階でそうじゃないかなと危惧していたことだが、若干22歳のランナーが考えることじゃないから。だって今までの練習では、きっちり結果を出してきたわけだから(ハーフの世界記録など)、退部のやり方その後の身のおき方、誰か大きなバック、エージェントがいるような気がします。

スポーツ選手はエージェントを使うようになるのはいいけど、しかもそういう流れになってきているのは結構だが、今回はトヨタが足蹴りにされた気がするから、何かあるんだと思う。つまり、、、トヨタに煮え湯飲ましたのは何か理由でもあるのか??

そんなことから、、、、ワンジルの成長と優勝の陰で、何やら大きなお金が動いている気配を感じるのは私だけだろうか?

オリンピック・マラソン優勝がすばらしいことだけに、、、。

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