水辺の遊歩道を歩いていた時、通路わきの草が綿のように覆われていた。
何じゃこれは、と思ったら、水辺の蒲(ガマ)が刈られて丘に上げてあったのだ。
穂が次第に形を失ってあたりを綿のように包んでいく。
それにしても、
自分はなんで「蒲の穂綿」という言葉が出てくるのか、
そのルーツを辿ってみたら、
たった一度、
子供の頃の童謡「大黒さま」なのです。
その歌もいきなり「ガマの穂綿」は出てきません。
大きなふくろを かたにかけ
大黒さまが 来かかると
ここにいなばの 白うさぎ
皮をむかれて あかはだか
ここが一番の歌詞
二番でようやく「蒲の穂綿」が出てきます。
落語の落ちではないが、
一番を歌い切り二番にならないとこの言葉が出ない。
なのに子供の頃の、ここでしか使っていない歌の体験が、
70過ぎても、「ガマの穂綿」という言葉を私に使わせている。