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知事への対応 文学・文化論攷、副題( 森鴎外と福沢諭吉、三田文学における その後 ・・・ )

1590~1620年頃の石垣混在

2021年11月26日 | 慶應義塾大学

1590~1620年頃の石垣混在

 
1590~1620年頃の石垣混在 : 知っトクひょうごmini : 企画・連載 : 兵庫 : 地域 : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)
配信より

Q.出石城築城 通説は1604年頃だけど?

「鏡石」が存在する本丸東隅櫓の石垣について説明する谷本さん(豊岡市の出石城跡で)
「鏡石」が存在する本丸東隅櫓の石垣について説明する谷本さん(豊岡市の出石城跡で)

 

藩主就任年 根拠に

 出石城のルーツは、1570年代までさかのぼる。背後にそびえる有子山(標高321メートル)に但馬の戦国大名・山名祐豊が、山城の有子山城を築いたのが始まりとされる。山麓に居館を置き、山城と居館がそろって存在していたと考えられている。

 この居館を城として整備したのが現在の出石城だが、観光パンフレットなどに記される1604年の築城を裏付ける同時代の資料は確認されておらず、築城したと伝わる出石藩主の小出吉英よしひさがこの年に就いたというのが根拠になっているらしい。ただ、城跡に残る石垣を調べると、<通説>とは異なる様子が浮かび上がってくる。

 なぜ、石垣が時期特定の手がかりになるのか。安土桃山時代から江戸時代初期にかけ、石垣を持つ城が各地で相次いで築かれた。石垣を積む技術も短期間で急速に発達し、年代によって積み方や石材の加工に違いがみられるためだ。時期が下るにつれ、石垣は高くなり、規格化されていく。

 これらに基づいて出石城跡を調べると、文禄期(1590年代前半)から元和期(1620年前後)までの石垣が確認されるという。但馬考古学研究会の谷本進さん(63)(養父市)は「文禄期に石垣を大規模に積んだ城が造られはじめ、元和期に今の姿になったのだろう」と話す。

合戦に備え強化

 参道沿いにある本丸東隅やぐらの石垣には、周りよりひときわ大きな石材「鏡石」が積まれている。1590年代後半に整備された竹田城跡(朝来市)と共通する技術で、ほぼ同時期に築かれたことを示す特徴だという。同じ本丸でも西隅櫓は石材の形などが規格化した約20年後の元和期のものと考えられる。発掘調査では、「二の丸」地中から、1590年代前半にさかのぼる石垣も発見されている。

 新旧の石垣が混在する理由について、谷本さんは、複数の狭い「曲輪くるわ」(城の平地)を拡張する再整備が行われたためとみる。「徳川家康によって豊臣家が滅ぼされるまでは、大規模な合戦に備えて城の機能を絶えず拡大、強化する必要があった」と説明する。

 有子山城とセットで使われた時代から、山麓の機能を強化し、城として発達していった出石城跡。同じ城跡でも場所によって変化を見せる石垣を眺めながら歩いてみる。これまでとは違う、城跡の魅力に出会えるかもしれない。

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既に自民・馳氏が立候補を表明…山野金沢市長が石川県知事選に出馬の意向固める「意欲はあります」

11/19(金) 20:10配信

石川テレビ

 来年春の石川県知事選に急展開です。  

金沢市の山野市長が石川テレビの直撃取材に「知事選に意欲はある」と明言しました。

山野市長: 「(Q.知事選に出られますか?)今は時間がないから…。

(Q.意欲は?)意欲はあります。

(Q.関係者に相談して?)まだ誰にも相談していない。でも意欲はあると申し上げた」  

金沢市の山野市長は石川テレビの取材に「知事選に意欲はある」と初めて明言しました。  

山野市長は現在59歳。金沢市議を4期務めたのち2010年の金沢市長選で初当選し現在3期目です。  

関係者の話によりますと山野市長は知事選に出る意向はすでに固めていて、後援会や支援者などの理解が得られれば金沢市の12月議会で正式に表明する見込みです。  

来年春の知事選を巡っては自民党馳浩文部科学大臣が立候補を表明しています。

石川テレビ

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最終更新:11/19(金) 20:10

石川テレビ

私のコメント :   令和3年11月25日、山口県 観光スポーツ文化部 国際課 高松薫副課長から私のもとに連絡が入り、山口県 観光スポーツ文化部 国際課 高松薫副課長と私は対談した。

みんなの投稿を見てみよう

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林外相「厳しい日韓関係 このまま放置できない」

 林外務大臣は25日、就任後初めて報道各社とのインタビューに応じ、日韓関係について「このまま放置する事はできない」と語りました。
 
林芳正外相  「日韓関係は旧朝鮮半島出身労働者問題、また慰安婦問題などにより、非常に厳しい状況にあるわけですが、このまま放置することはできないと」  
 
先週行われた日米韓の次官協議では、日韓の対立の末、共同記者会見が中止となり、北朝鮮をにらんだ連携に影を落とす形となりました。  
 
これについて、25日、林大臣は、協議の直前に韓国の警察トップが竹島を訪問した事が「到底受け入れられなかった」と述べ、韓国側を非難しました。
 
その上で、林大臣は「日韓関係は非常に厳しい状況だが、このまま放置する事はできない」と語りました。
 
さらに韓国側に対して「健全な関係に戻すべく、適切な対応を求めたい」との考えを明らかにしました。
 
また、岸田総理との外交面での役割分担について、「まさに政府一体であり、総理とともに、しっかりとやっていきたい」と意欲を示しました。(25日20:25)
 
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