地震・噴火・気象災害への対応 文学・文化論攷

地震・噴火・気象災害への対応 文学・文化論攷、副題( 森鴎外と福沢諭吉、三田文学における その後 ・・・ )

加計学園・安倍首相…政争の“愚”にするな 愛媛大の阿部教授「四国は空白…風評、食の安全も悪影響」

2017年04月06日 | 教育
【岡山理科大に獣医学部(上)】 加計学園・安倍首相…政争の“愚”にするな 愛媛大の阿部教授「四国は空白…風評、食の安全も悪影響」

「獣医学部は公的な色彩が強く、長年の地元の悲願だ。政治利用して思いを踏みにじらないでほしい」。愛媛県の農林水産分野での遺伝子研究の第一人者として、産業振興にも携わってきた愛媛大学農学部の阿部俊之助・教授(64)は、同県今治市に新設される岡山理科大学獣医学部について、同大を運営する学校法人「加計学園」(岡山市)と安倍晋三首相との関係を民進党などが追及する姿勢を見せている問題に関し、懸念を表した。

■「国会議員は地方現実を知らぬ。教員集めに支障が出る恐れ」

 獣医学部は国家戦略特区制度によって今治市に新設される。今年1月に特区認定を受け、同市は「市いこいの丘」の所有地を建設予定地として加計学園に無償譲渡し、開発に要する経費として96億円を上限に助成することを決めている。敷地面積約16万8千平方メートルで、既に起工式を終えた。開学は来年4月で、学生の入学定員は獣医学科160人、獣医保健看護学科60人、専任の教員約70人を予定している。

 阿部教授が一番心配しているのは開学前の風評被害だ。「このままでは教員集めに支障が出るのではないか。安倍首相を攻撃するため、獣医学部を政争の道具とする国会議員は地方のことを分かっていない。教員が集まらなかったらどうするのか。ものすごく無責任だと思う」と憤る。

新設される獣医学部は愛媛県のバックアップを受ける。同県の農水産関係の公的部門がカリキュラムに組み込まれるほか、愛媛大学も施設の共同利用、学生の教育・研究に全面的に協力または参画する方向で進んでいると指摘。「一部の国会議員やマスコミがこうした公的側面にふれないまま、あたかも疑わしい設立だとするように報じている。風評被害、印象操作で文部科学省から愛媛大学との連携にストップがかかるようなことがあれば、地域への経済的、情緒的悪影響は計り知れない。ゆゆしきこと」と断じる。

■獣医学部は関東・北海道に集中

 今日、獣医学部の扱う分野は幅広い。獣医師の人材育成とその派遣などによる国際社会への貢献、家畜の感染病予防・診断のほか、医薬品の開発、食の安全性確保などの面でも重要な役割を担うようになっている。今治市に新設される獣医学部では、愛媛大学と連携して生命科学分野の研究を進める計画という。四国における水産・養殖漁業に大きく寄与するのみならず、動物や食品産業、新薬、医療機器といった関連企業の周辺への集積も視野に入る。

現在、獣医学部があるのは全国で国公立大学11校、私立大学5校で、多くは関東と北海道に集中している。西日本は大阪府立と鳥取、山口、宮崎、鹿児島の国公立大学5校だけ。四国は完全な空白区となっている。   =(下)に続く  ・・・ 2017.4.6、産経新聞 15:30更新 配信より

私のコメント : 獣医学部があるのは全国で国公立大学11校、私立大学5校で、多くは関東と北海道に集中している。西日本は大阪府立と鳥取、山口、宮崎、鹿児島の国公立大学5校だけ。今日、獣医学部の扱う分野は幅広い。獣医師の人材育成とその派遣などによる国際社会への貢献、家畜の感染病予防・診断のほか、医薬品の開発、食の安全性確保などの面でも重要な役割を担うようになっている。


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第二の森友問題で毎日新聞が「忖度報道」―― 加計学園との抜き差しならない関係(選択出版)

2017年04月06日 | 教育
第二の森友問題で毎日新聞が「忖度報道」―― 加計学園との抜き差しならない関係(選択出版)

「安倍晋三首相の関与具合は森友学園よりも濃厚」(全国紙政治部記者)といわれる加計学園問題について、毎日新聞のペンが振るわない。毎日は「加計と抜き差しならない関係がある」(同社関係者)のが原因だ。

毎日と加計の関係は古く、一九九〇年代に毎日大阪本社の某経済部記者が、当時学園のトップだった加計勉氏(故人)に食い込んだことからスタートした。その後、加計学園グループの運営する吉備国際大学や岡山理科大学などに毎日記者OBが教授として迎え入れられるようになった。また、同学園グループの運営する学校の多くが所在する「岡山や広島の支局長は、学園側から接待漬けにされる」(同前)という。一方で、毎日新聞は「同学園の記事を積極的に掲載してきた」(別の毎日関係者)。二〇〇四年に加計学園が千葉県銚子市に開設した千葉科学大学について、「開学前後に大々的に社会面で提灯記事を掲載した」(同)という。安倍首相が参列した一四年の設立十周年記念式典には多くの毎日関係者も出席して祝っている。この大学にもご多分に漏れず毎日OBの教授がいるほか、同大学の大学院「東京サテライト教室」なるものが、毎日新聞本社ビルの一階に入居しているのだ。森友問題では朝日と同様に積極的に報じた同紙が、加計学園については「国会質問を記事にする程度」(同紙政治部記者)でお茶を濁している。社長など上層部から「小さく扱え」などの明確な指示はなかったといわれるが、様々な「忖度」が働いているのかもしれない。      選択出版(株) 最終更新:4/5(水) 9:30 ・・・ 平成29年4月5日、選択  9:30配信より

私のコメント : 「安倍晋三首相の関与具合は森友学園よりも濃厚」(全国紙政治部記者)といわれる加計学園問題について、毎日新聞のペンが振るわない。毎日は「加計と抜き差しならない関係がある」のが原因だ。森友問題では朝日新聞と同様に積極的に報じた毎日新聞が、加計学園については「国会質問を記事にする程度」でお茶を濁している。



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【森友学園問題】 民進党、加計学園も本格追及 調査PT発足

2017年04月06日 | 教育
【森友学園問題】 民進党、加計学園も本格追及 調査PT発足

民進党の小川勝也参院幹事長は4日の記者会見で、岡山市の学校法人「加計学園」が、政府の国家戦略特区制度を使って大学獣医学部を新設することに関し、経緯を調査するプロジェクトチーム(PT)を発足させると発表した。森友学園問題と合わせて、首相の関与を追及するのが狙い。名称は「戦略特区調査PT」で、桜井充参院議員が座長を務める。小川氏は「今回の申請で選に漏れた大学がある。なぜその大学が加計学園にコンペで敗れたのかなどの調査をする」と述べた。加計学園は愛媛県今治市に、運営する岡山理科大の獣医学部の新設を計画し、政府は今年1月に認定した。・・・2017.4.4、産経新聞 16:13更新  配信より

私のコメント : 岡山市 学校法人「加計学園」が、大学 獣医学部を新設することに関し、民進党の小川勝也参院幹事長は4日の記者会見で、経緯を調査するプロジェクトチーム(PT)を発足させると発表した。森友学園問題と合わせて、首相の関与を追及するのが狙い。小川氏は「今回の申請で選に漏れた大学がある。なぜその大学が加計学園にコンペで敗れたのかなどの調査をする」と述べた。



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大統領代行と日本大使の面会「ひとまず保留」 欠礼に不快感=韓国

2017年04月06日 | 慶應義塾大学
大統領代行と日本大使の面会「ひとまず保留」 欠礼に不快感=韓国

【ソウル聯合ニュース】韓国政府は約3か月ぶりに帰任した長嶺安政・駐韓日本大使が要請した黄教安(ファン・ギョアン)大統領権限代行首相らとの面会について、「ひとまず保留」の方針を決めた。

長嶺大使が帰任直後、両国の間で調整ができていない黄首相との面会を発表した「外交的欠礼」に対し、不快感を示したものとみられる。日本政府は釜山の日本総領事館前に旧日本軍の慰安婦被害者を象徴する少女像が設置されたことへの対抗措置として、1月9日に長嶺大使を一時帰国させたが、今月4日に帰任させた。韓国外交部の趙俊赫(チョ・ジュンヒョク)報道官はこの日の定例会見で、「(長嶺大使から)黄首相との面会要請が外交部にあった」として、「外交慣例、面会の必要性などを総合的に検討し、わが政府が自主的に判断する」との方針を明らかにした。その上で、長嶺大使が黄首相と面会する方針を一方的に公表したことについて、「外交首脳との面会と関連した事項を双方の調整ができていない状況で対外的に言及したのは適切ではないと思う」と述べた。韓国政府は旧日本軍の慰安婦問題を巡り、加害者である日本の高圧的な態度を勘案し、日本大使の面会要請に直ちに応じるのは国民感情から適切ではないと判断し、検討を進めた上で首相らとの面会を受け入れるかどうかを決める方針だ。首相ではなく、尹炳世(ユン・ビョンセ)外交部長官が面会に応じる方向でまとめる可能性もある。一方、長嶺大使が洪容杓(ホン・ヨンピョ)統一部長官と韓民求(ハン・ミング)国防部長官との面会も要請したことについて、両部は直ちには応じない方針だ。統一部当局者は6日の会見で、「在韓日本大使館がきのう午前、長嶺大使と洪長官の面会を要請した」とし、「日程などいろいろな事項のため、面会は難しいという立場をきのう午後(日本大使館側に)伝えた」と述べた。国防部も長嶺大使の面会要請について、「きょう午前、面会は難しいとの立場を日本側に伝えた」と明らかにした。統一部長官、国防部長官との面会も韓国政府の総合的な判断によって、実現の可否や時期が決まるとみられる。長嶺大使は帰任のためソウルの金浦空港に到着後、記者団に対し、「早速にも黄教安大統領職務代行らの要人に直接会い、(慰安婦問題を巡る)日韓合意の実施について強く求めていく考え」と表明していた。

・・・ 2017/4/6(木)、 聯合ニュース 16:22配信 より

私のコメント : 平成29年4月6日、 韓国外交部の趙俊赫 報道官はこの日の定例会見で、「(長嶺大使から)黄首相との面会要請が外交部にあった」として、「外交慣例、面会の必要性などを総合的に検討し、わが政府が自主的に判断する」との方針を明らかにした。長嶺大使は帰任のためソウルの金浦空港に到着後、記者団に対し、「早速にも黄教安大統領職務代行らの要人に直接会い、日韓合意の実施について強く求めていく考え」と表明していた。
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米で発見の短刀、やはり吉田松陰の形見 前橋市が確認

前橋市は、吉田松陰の形見として伝わり、市に寄託された短刀が、「総合的に判断して松陰のものと確認した」と発表した。日本で初めて生糸の直輸出を実現した群馬県出身の実業家新井領一郎が、販路の開拓で1876年に渡米する際、松陰の妹の寿(ひさ)(初代県令の楫取素彦の妻)が新井に贈ったものだという。短刀は5月7日まで前橋文学館で一般公開されている。

市によると、短刀は柄(つか)と鞘(さや)を合わせて全長42センチ、刀身が31センチ。もともとは室町時代に作られた槍(やり)で、後に短刀に改造されたとみられる。新井のひ孫で、米カリフォルニア州在住のティム新井さん(57)が受け継いでいた。

短刀の存在は、新井の孫でティムさんのおばのハル・ライシャワー松方さん(元駐日米国大使夫人・故人)が1987年に出版した著書「絹と武士」の中に記述があったが、どこにあるのかはっきりとせず、市が関係者にあたるなどして調べていた。

2015年、著書に出てくる短刀に似たものが、ティムさん宅の地下室で見つかり、昨年8月、市に寄託された。市が専門家らの協力をもとに調べたところ、著書に「15、16世紀に作られたもの」「長さ35センチくらい」などと記された部分がこの短刀とほぼ合致した。

ただ、刀には「□州住人国○作…

上田学・・・ 2017年4月2日、 朝日新聞デジタル  記事 05時36分 配信より

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「吉田松陰の短刀」140年経て米国から帰還 新井家が寄託、前橋市が「本物」と認定 前橋文学館で公開

明治9年、群馬産生糸の直輸出ルート開拓のため渡米する新井領一郎に初代県令・楫取素彦の妻、寿(ひさ)が贈った吉田松陰形見の短刀。「渡米を果たせなかった兄・松陰と思い一緒に」と告げた有名なエピソードの証拠の品が、子孫から前橋市に寄託され、市が鑑定し「松陰の短刀」と認定した。米国で4世代にわたって受け継がれた“松陰の魂”は140年を経て日本に戻り、31日から前橋文学館(前橋市千代田町)で一般公開される。(住谷早紀)

■知られていなかったエピソード

水沼村(現・群馬県桐生市黒保根町)出身の領一郎は、東京商法講習所(現一橋大学)で学び、水沼製糸場創始者の実兄・星野長太郎の命で群馬の生糸を海外商社を介さず直輸出するために渡米した。その後、生糸貿易で成功し、日米貿易の基礎を築き、生涯で90回太平洋を渡ったとされる。「松陰の短刀」は最初の旅立ちの際に受け取った記念の品だが、実は渡した楫取家でも、受け取った新井家でも、このエピソードは詳しく語り継がれておらず、知らない子孫の方が多かった。

■松陰の妹・寿が贈った短刀

世に発表したのが領一郎の孫、ハル・ライシャワー(1915~98)。駐日米大使エドウィン・ライシャワーの妻としても知られるハルが、1986年に家族史として出版した「絹と武士」の中で、学生時代、米国留学中にコネティカット州の祖母(領一郎の妻、田鶴)から聞いた話として紹介している。田鶴はハルに短刀を見せ、寿の語った「この品には兄の魂が込められ、その魂は兄の夢だった太平洋を越えることによってのみ安らかに眠ることができる」との言葉を伝えた。その後、このエピソードは広まり、楫取素彦の子孫・楫取能彦氏は「20年前に初めて知った。非常に感動的な話だ」と語った。

■ハルの記述とほぼ一致

「絹と武士」で紹介された短刀は、約35センチ、15~16世紀のもので鞘(さや)は金細工を施された漆塗り。刀身には「国富(くにとみ)」の銘があり、「現在は私の従兄(いとこ)、新井領に受け継がれている」とハルは記している。昨年8月、短刀を前橋市に寄託したのは、新井領の息子で米カリフォルニア州在住のティム新井氏。領一郎の曾孫にあたる。市は昨年12月から、寄託された短刀とハルが記述した短刀を照合し、長さや鞘の細工、黒漆塗りの特徴などが一致し、「松陰の短刀」と認定した。一部専門家は短刀の銘がハルの伝える「国富」ではなく室町時代、九州・四国にいた刀工「国益(くにます)」ではないかと指摘したが、ハルが短刀を見たのは執筆の約50年前であることから、市は銘は「国益」の可能性が高いとしている。銘の考証を行った籾木(もみき)郁郎・宮崎県総合博物館学芸課長は、「銘の鑑定がなかなか難しく、確定とまではいかないが『国益』と読めた。室町時代の日向国(現宮崎県)に同名の刀工がいたと確認されている。短刀は吉田松陰の遺品ということで、歴史的、希少価値が相当高いと思う」と語った。

■宮部鼎蔵と交換か

松陰は「回顧録」の中で黒船に乗り込む直前、勤王の志士、宮部鼎蔵(ていぞう)と刀を交換していたことを書き残している。形状や銘など詳細は不明だが、前橋市文化スポーツ観光部の手島仁参事は「短刀が宮部と交換した刀と断定はできない。だが、可能性を否定することもできない」と語った。寄託された短刀は室町時代の槍(やり)を改造したもので、柄に獅子を施しているが質素な造り。ティム氏は「宮部は槍の名産地・熊本の出身。短刀が宮部と交換した刀というのは十分あり得ると思う。祖父や父からは元が槍なので、女性用と聞いていた。短刀は代々保管しており、1度も持ち出しはしていません」と語った。

■4年にわたる捜索

前橋市は、楫取素彦没後100年に当たる平成24年、記念の目玉にと「絹と武士」に登場する短刀の捜索を始めた。米国の新井家に保管されていた4振りのうち3振りを鑑定したが、銘が無く、1度は諦めた。最後の1振りとなったのが寄託された短刀だった。ただ、当初は槍を改造し一見短刀に見えなかったため除外していた。一昨年、調べたところ「国益」の銘があらわれ、日の目を見ることになった。鑑定で時代考証を担当した三宅紹宣(つぐのぶ)広島大名誉教授(専門は幕末期長州藩)は「蟄居(ちっきょ)中だった松陰は上級武士でもなく、手紙を書くときは安い紙の裏にも文字をびっしりと書き詰めるような質素倹約の人で、華美を好まなかった。寄託された短刀が質素で素朴なのは大きなポイントで、松陰の形見にふさわしく、市の判断には納得がいく」と語った。また、短刀の来歴のにも触れ、「来歴は正しく由緒もあり、手渡された経緯もはっきりしている。140年にわたって新井家という然るべき場所にも保管されていた。その点も市が短刀を松陰の形見と認定したポイントになったのではないか」と指摘した。

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前橋市は3月下旬、松陰の墓がある松陰神社(東京都世田谷区)で短刀の奉告式を行った。前橋文学館での一般公開は、5月7日まで。松陰ゆかりの地・山口県萩市などでも展示を予定している。・・・2017.3.31、産経新聞  07:23更新 配信より

私のコメント : 山口県 萩市 国重要文化財 民家 森田家 (吉田松陰 養母の実家) においては、ハル・ライシャワー松方さんの夫 ライシャワー駐日米国大使との間においても、学術、文化、歴史における国際交流があり、その当時より、森田家の当家よりは、群馬産生糸の直輸出ルート開拓のため渡米する新井領一郎に初代県令・楫取素彦の妻、寿が 贈った吉田松陰形見の短刀、その「吉田松陰の短刀」のゆくえについて、ライシャワー駐日米国大使へお尋ねを入れていた。


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出光興産徳山事業所  「還暦」を祝う 操業60周年で記念植樹 /山口

出光興産徳山事業所は17日、1957年の徳山製油所操業開始から60周年を迎え、周南市新宮町の事業所本館前にソメイヨシノの若木を植樹して「還暦」を祝った。

  「還暦」を祝う 操業60周年で記念植樹 /山口

月岡隆社長と八山光秀事業所長らが、社員や地元自治会の代表らが見守る中、記念の植樹。八山所長は、徳山製油所が約10カ月で完成したエピソードなどを引き「国内に石油を安定供給しようとした創業者の出光佐三の使命感、努力する社員の姿が地元の人々の共感を得て難事業が達成できた」と述べ「今後も地域社会に貢献できる事業を見いだして果敢に挑戦しましょう」とあいさつ。月岡社長は「ベトナムで手掛ける製油所が今年、運転を始める。我々が60年間、この地で培った知見を生かしアジアの国々に貢献していきましょう」と呼びかけた。 事業所は、出光興産初の製油所として57年3月17日、操業を開始。64年には徳山工場を建設し、エチレンなどの石油化学製品の製造も始めた。2014年に製油所は原油処理を停止して石油化学製品製造と燃料油物流を担う徳山事業所となったが、主力のエチレンの累計生産量が今年1月に2000万トンに達するなど、周南コンビナートの中核を担っている。【大山典男】  〔山口東版〕 ・・・ 2017年3月18日、毎日新聞 地方版より

私のコメント : 平成29年3月17日、出光興産徳山事業所は、1957年の徳山製油所操業開始から60周年を迎えた。平成28年7月11日、出光経営側と創業家、平行線。平成28年4月5日 表千家 同門会 全国大会 萩市 国重要文化財 民家 熊谷家 茶室 茶会ヘ 代議士 来席、花燃ゆ、・・・

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「四代」襲名 色彩で新風 <石川>

県在住の九谷焼作家の徳田八十吉さん(53)。2010年に人間国宝だった父の跡を継ぎ、四代徳田八十吉を襲名した。英国の大英博物館に作品が常設展示されるなど、活躍の舞台を海外へ広げている。エキゾチックな色合いは国外にも根強いファンを生み出しつつある。明治期から続く九谷焼の名門の長女として生まれた。父は独自色のグラデーションを生み出して新たな境地を開拓した三代徳田八十吉。幼い頃から父の背中を見て育ったが、「九谷焼作家になるとは思っていなかった」。普通に結婚し、家庭に入ることが漠然とした将来像だった。しかし、20歳代半ばで旅をした米国の美術館で中国・景徳鎮のつぼに出会い、自身のルーツを再確認。1990年に能美市の九谷焼技術研修所を卒業し、作家として歩み始めた。転機は2007年頃だった。脳梗塞で入退院を繰り返す父が、初代から受け継いだ釉薬の調合について教え始めた。2009年、日本伝統工芸展に入選。父は病床で「おめでとう、おめでとう、すごいね」と繰り返し、亡くなった。翌年、四代目を襲名し、戸籍名も順子から八十吉に改めた。しかし、父亡き陶房では、経営者としての力も求められ、「出品作が落選することもあり、落ち込みました。経営者の資質もなく、職人のみんなに、『辞めようと思う』と伝えたこともあった」と振り返る。2011年3月、東日本大震災が発生。世相が暗くなる中、落ち込んだ気分を引きずりながら、陶房の前に広がる田んぼで雨にぬれた稲穂を眺めていた。震災で苦しむ人たちのことを考えると、「悲しいことや苦しいことがあっても、この稲の1粒のように頑張らなければいけないんだ」と不思議と気持ちが前向きになった。改めて作陶に向き合い、目にした稲の実りを表現しようと、深い緑と輝く黄のグラデーションを壺(つぼ)に施した。(2015/1/3 石川県版の記事より。年齢・肩書きは、新聞掲載日のものです)・・・読売新聞 配信 北陸新幹線 沿線の景色より

私のコメント : 石川県 九谷焼作家 徳田八十吉さんが、四代目を襲名、順子から、その八十吉に改められたおりの襲名記念 個展、山口県内の百貨店 美術ギャラリーにおいても、開催されて、石川県 九谷焼 講演をされ、そのおり、私は、四代目 徳田八十吉さんと面談もした。  花燃ゆ、・・・・・
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慶應義塾大学 在学時に、私は、石川県出身 黒田 昌裕助教授から 当時における、慶應義塾大学 統計学講義 授けられている、その間、黒田 昌裕助教授との面識も持ち、私は、黒田 昌裕助教授と会話を交わす機会もあり、その後、功績、認められ、黒田 昌裕助教授は、1978年 - ハーバード大学客員研究員(フルブライト研究員)、同日本研究所研究員(1980年まで)をつとめられた。
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黒田 昌裕(くろだ まさひろ、1941年(昭和16年)1月17日[1] - )は、日本の経済学者。博士(商学)、元慶應義塾大学商学部長、元慶應義塾常任理事、元東北公益文科大学学長。

目次
[非表示] •1 略歴
•2 著作物 ◦2.1 著書
◦2.2 共著
◦2.3 共訳著
•3 脚注
•4 外部リンク

略歴[編集]
•1941年 - 石川県に生まれる。
•1964年 - 慶應義塾大学経済学部卒業
•1966年 - 同大学大学院商学研究科修士課程修了
•1969年 - 同大学大学院商学研究科博士後期課程満期取得退学、同大学商学部助手。
•1972年 - 慶應義塾大学商学部助教授に就任
•1978年 - ハーバード大学客員研究員(フルブライト研究員)、同日本研究所研究員(1980年まで)
•1982年 - 慶應義塾大学教授に就任
•1983年 - 福澤賞受賞
•1991年 - 慶應義塾大学産業研究所所長(1993年9月まで)
•1992年 - 博士(商学)(慶應義塾大学)"Economic Growth and Structural Change in Japan"
•1993年 - 同大学商学部長(1997年9月まで)
•1997年 - 国際産業連関学会会長に就任
•1998年 - 総合資源・エネルギー調査会需給部会部会長に就任
•2001年 - 慶應義塾常任理事に就任、環太平洋産業連関学会会長に就任
•2005年3月 - 慶應義塾大学退職
•2005年6月 - 内閣府経済社会総合研究所着任。所長に就任
•2008年5月 - 同所退所
•2008年6月2日 - 東北公益文科大学学長に就任
•2012年3月31日 - 同学長を退任
•2016年11月 - 瑞宝中綬章を受章

著作物[編集]

著書[編集]
•『実証経済学入門』 日本評論社、1984年
•『一般均衡の数量分析』 岩波書店、1989年 ISBN 4-00-004339-0

共著[編集]
•(辻村江太郎)『日本経済の一般均衡分析』筑摩書房、1974年
•(玉置紀夫)『実学日本の銀行』 慶應義塾大学出版会、1996年 ISBN 4-7664-0645-1
•(木地孝之、吉岡完治、早見均、和田義和)『中国のエネルギー消費と環境問題』 通商産業調査会、1996年
•(中島隆信)『テキストブック入門経済学』 東洋経済新報社、2001年 ISBN 4-492-31290-0

共訳著[編集]
•(西川俊作、辻村江太郎)『消費需要の予測―1929-70年のアメリカ経済』 勁草書房、1968年

脚注[編集]
1.^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.314

外部リンク[編集]
•フェロー紹介ページ - 経済産業研究所

・・・ウィキペディア フリー 百科事典より
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慶應義塾大学 在学時代、私は、岩田暁一教授と西川俊作教授 御前において、「経済分析のための統計的方法」 岩田暁一教授から、あるとき、「経済分析のための統計的方法」 面授直説もしていただき、統計的解釈の方法についても教わった。西川俊作教授の論文を読まれる前に、必ず、「経済分析のための統計的方法」岩田暁一著 精読されることを皆様方におすすめします。私が、西川俊作教授から計量経済史関係の問題について、答えを出せない時、岩田暁一教授は、やさしく、私が、わからない理由についてを「経済分析のための統計的方法」内容に沿って、私と西川俊作教授に、わかりやすく、説明もして下さった。国際金融や国際経済、国際外交、政治 等を身近に感じ、各事象に接している方々にとっては、「経済分析のための統計的方法」岩田暁一著 読むこと、その心の一服ともなります。

「  いかなる事象の確率 P(A) は非負である  P(A)≧0 

   確実な事象の確率は 1 である

   事象 A、B が排反である場合 ( の公式は、)  ・・・・・ 」





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落下の北ミサイル、「北極星2型」か…米韓両軍

2017年04月06日 | 外務省
落下の北ミサイル、「北極星2型」か…米韓両軍

【ソウル=中島健太郎】韓国軍によると、北朝鮮は5日午前6時42分頃、咸鏡南道(ハムギョンナムド)・新浦(シンポ)付近から日本海に向け、弾道ミサイル1発を発射、ミサイルは約60キロ・メートル離れた日本海に落下した。

米韓両軍は、2月12日に北朝鮮が初めて発射した新型の中距離弾道ミサイル「北極星2型」とみている。米国で6日から行われる米中首脳会談で北朝鮮の核・ミサイル開発阻止に向けた対策が集中論議されることをけん制した可能性がある。

ミサイルの最高高度は189キロ・メートルで、約9分間飛行した。「北極星2型」の射程は約2000キロ・メートル以上とされる。探知が難しい移動式の発射台が使われた可能性が高い。今回の発射は、弾道ミサイルの飛距離としては短いため、発射角度などを調整して飛距離を抑えたとみられる。一方で、日本政府内には、失敗との見方もある。 ・・・平成29年4月5(水) 、読売新聞  10:45配信より

私のコメント : 日本外務省 北東アジア課から 自助努力より、私と外務省 北東アジア課 大村久美様との間に交された連絡文、その外交上における分析が、さらに、急がれる状況となってきていると感じる。



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北朝鮮  弾道ミサイル、日本海に1発…米中会談けん制か

2017年04月06日 | 外務省
北朝鮮  弾道ミサイル、日本海に1発…米中会談けん制か

【ソウル米村耕一、ワシントン会川晴之】韓国軍合同参謀本部によると、北朝鮮は韓国時間の5日午前6時42分(日本時間同)、東部咸鏡南道(ハムギョンナムド)新浦(シンポ)付近の陸上から日本海に向けて弾道ミサイル1発を発射した。韓国軍は飛距離は約60キロで到達高度は189キロと見ており、発射が成功したかは分析中としている。米太平洋軍は新型中距離弾道ミサイル「KN15」と推定している。

北朝鮮は2月にも「北極星2号」と呼ぶ潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)技術を適用した固体燃料式の新型中距離弾道ミサイルを発射。聯合ニュースによると米韓軍は「北極星2号」に「KN15」というコードネームを付けている。2月の発射時の飛距離は約500キロだった。

今回のミサイル発射は6~7日に米国で開かれる米中首脳会談直前のタイミングだった。会談では北朝鮮の核・ミサイル問題が主要議題の一つとなることは確実で、北朝鮮が会談を念頭にけん制する意図で発射した可能性もある。

新型ミサイルの開発には複数回の発射実験が必要で、そうした技術面の要求による背景もあったとみられる。新技術を使った「KN15」の進展は、発射実験が確認されていない新型長距離弾道ミサイル「KN08」や「KN14」の開発加速、あるいはさらなる新型ミサイルの開発につながりかねないため、米国などは強く警戒している。

韓国政府は午前8時半から国家安全保障会議(NSC)常任委員会を開き、対応を協議した。また韓国軍合同参謀本部は「さらなる挑発の動きを注視し、万全の態勢を取っている」とコメントした。

ティラーソン米国務長官は、北朝鮮の中距離弾道ミサイル発射について「米国は北朝鮮の問題について、これまで何度も指摘してきた。それ以上のコメントはない」との声明を発表した。核・弾道ミサイル実験の中止を強く求めてきたことを指していると見られる。トランプ政権は北朝鮮政策の見直しを進めており、ホワイトハウス高官は4日、改めて「すべての選択肢がテーブルにある」と述べ、北朝鮮を強くけん制した。 ・・・ 2017年4月5日、毎日新聞 11時22分(最終更新 4月5日 13時21分)  配信より

私のコメント : 2017年4月5日 韓国軍合同参謀本部によると、北朝鮮は韓国時間の5日午前6時42分(日本時間同)、東部咸鏡南道(ハムギョンナムド)新浦(シンポ)付近の陸上から日本海に向けて弾道ミサイル1発を発射した。
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長嶺大使が大統領代行との面会要請 韓国政府は当面応じず

2017年04月06日 | 社会 経済
長嶺大使が大統領代行との面会要請 韓国政府は当面応じず

【ソウル聯合ニュース】長嶺安政・駐韓大使が4日夜、85日ぶりにソウルへ帰任したことと関連し、在韓日本大使館が黄教安(ファン・ギョアン)大統領権限代行首相、洪容杓(ホン・ヨンピョ)統一部長官、韓民求(ハン・ミング)国防部長官と長嶺氏の面会を韓国側に要請したことが5日、分かった。外交消息筋が明らかにした。

韓国政府は、外交上の慣例や国民の情緒などを勘案し、当面は面会の要請に応じない方針だ。

長嶺氏は、釜山の日本総領事館前に旧日本軍の慰安婦被害者を象徴する少女像が設置されたことへの対抗措置として一時帰国していた。4日に金浦空港到着後、記者団に対し、すぐにでも黄氏ら要人に会い、慰安婦問題を巡る韓日合意の実施について強く求めていくと述べた。

黄氏には釜山の日本総領事館前とソウルの日本大使館前に設置された少女像の移転を要求し、統一部と国防部の長官とは北朝鮮核問題などと関連した対応について話し合うために面会を申し入れたものとみられる。

複数の政府消息筋によると、政府は長嶺氏の面談要請には当面応じない方針だ。

駐韓日本大使が韓国側と協議を行う際は通常、外交部次官や次官補が担当してきたため、長嶺氏が現時点で韓国のトップである黄氏との面会を申し入れたのは異例といえる。少女像の設置に反発し、長嶺氏を一時帰国させた日本政府の措置に対し、韓国内では過剰対応だったとの指摘もある。こうした状況の中、黄氏が長嶺氏と面会した場合、「低姿勢外交」という批判を避けられないことも政府は考慮したのではないかとみられる。

また、面会の日程が決まっていない状況で長嶺氏が記者団に対し、黄氏と面会すると発言したのは外交的に礼を欠いているとの指摘も出ている。・・・ 2017/ 4/5(水)、聯合ニュース 19:52 配信より

私のコメント : 長嶺安政・駐韓大使が4日夜、85日ぶりにソウルへ帰任したことと関連し、在韓日本大使館が黄教安大統領権限代行首相と長嶺氏の面会を韓国側に要請したことが5日、分かった。外交消息筋が明らかにした。駐韓日本大使が韓国側と協議を行う際は通常、外交部次官や次官補が担当してきたため、長嶺氏が現時点で韓国のトップである黄氏との面会を申し入れたのは異例といえる。 面会の日程が決まっていない状況で長嶺氏が記者団に対し、黄氏と面会すると発言したのは外交的に礼を欠いているとの指摘も出ている。
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金沢港に英国の客船 乗客が観光楽しむ

2017年04月06日 | 旅行
金沢港に英国の客船 乗客が観光楽しむ

金沢港に5日、英国の客船「カレドニアン・スカイ」(4200トン)が寄港し、乗客89人が金沢観光などを楽しんだ。 ミス加賀友禅と加賀友禅大使8人が着物姿で乗客を出迎え、歓迎式で大霜祥栄石川県港湾活用推進室長があいさつ、ミス加賀友禅大使らがハカン・グスタブソン船長に花束を手渡した。カレドニアン・スカイは3月28日に神戸から出港し、広島、長崎などを巡った。7日に乗客を入れ替えて金沢を出港する。北國新聞社 最終更新:4/5(水) 17:18 ・・・ 2017/4/5(水)  北國新聞社 17:18 配信より

私のコメント : 金沢港に英国の客船「カレドニアン・スカイ」(4200トン)が寄港し、乗客89人が金沢観光などを楽しんだ。 ミス加賀友禅と加賀友禅大使8人が着物姿で乗客を出迎え、歓迎式で大霜祥栄石川県港湾活用推進室長があいさつ、ミス加賀友禅大使らがハカン・グスタブソン船長に花束を手渡した。カレドニアン・スカイは3月28日に神戸から出港し、7日に乗客を入れ替えて金沢を出港する。


昨年 12月、山口県 AIR SEOUL 空港 職員と連絡を持ち、山口県 環境生活部 環境政策課との間にて 私は、面談をした。その内容は、「 外務省 いわゆる 密約書 不在の問題 」に関係している。

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「何も得られないなら一時帰国させないほうがまし」「外務省は外交する資格ない」 駐韓大使帰任に自民党会議で批判噴出

2017年04月06日 | 国際金融
「何も得られないなら一時帰国させないほうがまし」「外務省は外交する資格ない」 駐韓大使帰任に自民党会議で批判噴出

自民党は5日、外交部会などの合同会議を党本部で開き、韓国・釜山(プサン)の日本総領事館前に慰安婦像が設置されたことへの対抗措置として一時帰国させていた長嶺安政駐韓大使らの帰任について政府から報告を受けた。出席議員からは「はったりをかましておいて後で腰砕けで何も得られないなら、やらないほうがましだった」などと批判が相次いだ。会議では、山田宏参院議員が、慰安婦像が撤去されないままの大使帰任について「非常に残念だ」と述べた。宇都隆史参院議員は、政府が帰任の理由として邦人保護などを挙げていることに「全く説明が成り立っていない。外務省は外交をする資格がまったくない」と強調した。また、青山繁晴参院議員はトランプ米政権が先制攻撃を含む対北朝鮮政策の見直しを進めていることを念頭に「万一戦争になった場合に大使がいないわけにはいかないという国としての判断だ」と一定の理解を示した。ただ、大使帰任後も慰安婦像が撤去される見通しが立たなければ、再び長嶺氏らを一時帰国させるよう求めた。一方、会議では、1月6日に大使らの一時帰国と同時に政府が発表した、日韓通貨交換(スワップ)の取り決め協議の中断▽日韓ハイレベル経済協議の延期▽在釜山総領事館職員による釜山市関連行事への参加見合わせ-の3つの対抗措置について継続を求める声が相次いだ。会議に出席した外務省関係者は「3つの措置を撤回することは特段考えていない。今のところ、維持するということだ」と説明した。・・・平成29年4月5日、産経新聞 配信より

私のコメント ; 平成29年4月5日、自民党は、外交部会などの合同会議を党本部で開き、出席議員からは「はったりをかましておいて後で腰砕けで何も得られないなら、やらないほうがましだった」などと批判が相次いだ。 一方、会議では、1月6日に大使らの一時帰国と同時に政府が発表した、日韓通貨交換の取り決め協議の中断▽日韓ハイレベル経済協議の延期▽在釜山総領事館職員による釜山市関連行事への参加見合わせ-の3つの対抗措置について継続を求める声が相次いだ。外交部会 自民党本部 会議に出席した外務省関係者は「3つの措置を撤回することは特段考えていない。今のところ、維持するということだ」と説明。プラザ合意後の 日韓通貨交換の取り決め協議 対応、及、島根県 竹島問題への 各対応については、・・・・・



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