地震・噴火・気象災害への対応 文学・文化論攷

地震・噴火・気象災害への対応 文学・文化論攷、副題( 森鴎外と福沢諭吉、三田文学における その後 ・・・ )

新春恒例の「歌会始」

2018年01月13日 | 歌道
新春恒例の「歌会始」

1月12日 11時56分

新春恒例の「歌会始」が12日、皇居で行われました。

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ことしの「歌会始」のお題は「語」で、全国と海外から合わせて2万首余りの短歌が寄せられました。

皇居・宮殿の「松の間」では、はじめに入選した10人の歌が天皇皇后両陛下や皇族方の前で古式にのっとって披露されました。

このうち、戦後最年少での入選を果たした長崎県佐世保市の中学1年生、中島由優樹さん(12)は、小学生の時の授業で敬語を習った際疑問に感じた気持ちを、「文法の 尊敬丁寧 謙譲語 僕にはみんな 同じに見える」と詠みました。

福井市の会社役員、川田邦子さん(70)は、がんで亡くなった夫が最後の望みをかけた治療のため自宅を出る時の様子を振り返って、「突風に 語尾攫(さら)はれて それつきり あなたは何を 言ひたかつたの」と詠みました。

続いて皇族方の歌が披露され、療養中のため欠席した皇太子妃の雅子さまは、去年11月、宮城県名取市の閖上地区を訪れた際、災害公営住宅に入居する被災者と懇談した時の気持ちを、「あたらしき 住まひに入りて 閖上の 人ら語れる 希望のうれし」と詠んだ歌を寄せられました。

皇太子さまは、雅子さまとともに閖上地区を訪れた際、復興が進む様子に安どする一方で、被災者の苦労を思い幸せを願った時のことを、「復興の 住宅に移りし 人々の 語るを聞きつつ 幸を祈れり」と詠まれました。

皇后さまは、長年、象徴としてのあるべき姿を求め、多くを語らず重責を果たされてきた天皇陛下の歩みを思いながら、「語るなく 重きを負ひし 君が肩に 早春の日差し 静かにそそぐ」と詠まれました。

最後に天皇陛下の、「語りつつ あしたの苑を 歩み行けば 林の中に きんらんの咲く」という歌が詠み上げられました。この歌は、日曜日の早朝に皇后さまと皇居の東御苑を散策していて、珍しいキンランの花が咲いているのを見つけた時のことを詠まれたものです。

来年の歌会始のお題は「光」で、「光」の文字が詠み込まれていればよく、「光線」や「栄光」のような熟語にしてもかまいません。作品は、12日から9月30日まで受け付けられます。・・・ 平成30年1月12日 、NHK NEWS WEB11時56分 配信より

私のコメント : 平成30年1月12日、新春恒例の「歌会始」が、皇居で行われました。来年の歌会始のお題は「光」です。作品は、平成30年1月12日から9月30日まで受け付けられます。源氏巻き、津和野、こいの里、東京では、西武百貨店 銘菓売り場でも お買い求めをいただけます。



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皇室 歌会始 「語」に思いはせ

2018年01月13日 | 歌道
皇室 歌会始 「語」に思いはせ

毎日新聞2018年1月12日 11時46分(最終更新 1月12日 12時07分)

新年恒例の「歌会始の儀」が12日、皇居・宮殿で行われた。今年の題は「語」。天皇、皇后両陛下や皇族方が詠まれた歌のほか、入選者10人、天皇陛下に招かれた召人(めしうど)らの歌が、伝統にのっとった節回しで読み上げられた。

陛下は一般公開されている皇居・東御苑を皇后さまと散策した際、雑木林で絶滅危惧種に指定されているラン科の「キンラン」が花を咲かせているのを見つけたことを詠んだ。

皇后さまは、陛下が長い年月、多くを語ることなく象徴としてあるべき姿を求めてきたことを詠んだ。陛下の歩みを思いつつ、早春の穏やかな日差しの中で陛下を見上げた時の歌だという。【高島博之】

天皇陛下
語りつつあしたの苑(その)を歩み行けば林の中にきんらんの咲く

皇后さま
語るなく重きを負(お)ひし君が肩に早春の日差し静かにそそぐ

・・・2018年1月12日 毎日新聞11時46分(最終更新 1月12日 12時07分) 配信より

私のコメント : 平成30年1月12日、 新春恒例の宮中行事「歌会始の儀」が皇居・宮殿で行われた。島根県 近年にいたり、島根県 教育の現場で、学校 児童、生徒、学生へ対して、歌道教育への関心と普及、努める努力と配慮については、島根県知事をはじめとされ、関係 諸機関より、島根県より 宮中庁 行事へと、天皇陛下に招かれる召人方、また、その諸行事へと参加される方々における、さらなる、発展のために、今までにおける 山口県 山口市役所 収納課 櫨元香恵 職員から、 山口市役所において、私への意見があったという経緯があり、よって、それが、必要かと感じられる。

平成30年1月12日、島根県 総務課から、島根県 竹島問題、私へ、連絡が入った内容に関して、島根県議会議員 中村芳信先生の許へ、ご一報を入れた。また、その経緯に関する説明のため、私は、島根県立 石見美術館 南目美輝 学芸員の許へ、連絡文を送信した。

今までの経緯、佐藤栄作首相政権下、竹下登代議士が、島根県 竹島について対応された外交内容に関する公演、竹下登代議士が、首相退陣後、山口県山口市にて、竹下登代議士の公演をされ、当時の山口市長小林 兼年氏が、竹下登代議士の対応され、山口市長 在職中の1990年死去。その後、私は、山口市長 小林 兼年氏 奥様から、その対応に関し、山口家庭裁判所にて お受けし、その後、外務大臣 官房総務課より、私の勤務先へ、連絡が入り、当時の山本繁太郎氏の許へ、相談に行き、その後、山本繁太郎氏は、山口県知事に就任された後、2014年(平成26年)3月15日午前10時37分 死去。よって、その後、島根県 細田博之代議士 事務所 等からの対応も得て、私は、島根県 竹島資料室 大田様、並び、日本赤十字社 島根県支部 天野 課長へ私から、その作成した書面による連絡を入れた後 島根県から 島根県立石見美術館 南目美輝学芸員、文化勲章受章者 森英恵氏からの 私への対応もあり、よって、山口県 県民相談室へ、今までの経緯について、その説明を入れ、島根県 県民相談室に私は、連絡し、島根県 総務課から、島根県 竹島問題について、私へ、連絡が入った内容、平成30年1月12日、島根県議会議員 中村芳信先生の許へ、その連絡を入れた。

平成29年10月18日、山口県 総合企画部 中山間地域づくり推進課 との間にて、私は、10月17日に、山口県 山口市役所、山口市 総務部 情報管理課 統計調査 担当 主査も歴任された山口市 収納課 櫨元香恵 職員と 以下に関係し対談もおこない、山口市役所 収納課 櫨元香恵 職員からの、その内容に関する、私への意見があった件に関し、故 山本繁太郎前山口県知事と私との対応と対談の各内容もあるため、山口県 総合企画部 中山間地域づくり推進課 田辺賢清 主任主事へ、その説明を入れた。

平成29年10月17日、山口県 山口市役所において、山口市 総務部 情報管理課 統計調査 担当 主査も歴任された 山口市 収納課 櫨元香恵 職員と 以下の内容に関係し、その対談も 私は、おこない、島根県 津和野町日本遺産推進協議会、亀井氏入城400年記念事業実行委員会 発行の「津和野藩主亀井家入城四百年 記念事業のご案内」パンフレットをもとに、山口県 山口市 収納課 櫨元香恵 職員へ、その内容に関し、説明もし、島根県 津和野町教育委員会 教育長から 私宛 公文書開示決定通知書 「平成29年度 津和野藩主亀井家墓所の国史跡指定の意見具申について」、私には、その意見具申について、文化庁との対応がある旨も、具体的に、山口市役所 収納課において、山口市 収納課 櫨元香恵 職員へ説明を入れた。山口市役所 収納課 櫨元香恵 職員からは、それに対し、私への意見があった。山口市役所における対応は、今までの私への対応 経緯と経過もたどり、文化庁、宮内庁 等における国の各機関からの対応も 当該 山口市長へ、それが発生していく旨、山口市 総務部 情報管理課 統計調査 担当 主査も歴任された山口市 収納課 櫨元香恵 職員に対し、過去、萩市長 8代:菊屋嘉十郎(1959年~1983年) 9代:林秀宣(1983年~1987年) 10代:小池春光(1987年~1993年) 11代:野村興児(1993年~2005年) 各市長における、市役所 行政 話題も交え、私は、その説明をおこなった。

1989年に「平成」を選定した際は、(1)政府が委嘱した漢籍などの複数の専門家からそれぞれ事前に複数の元号案の提出を受けておく(2)首相の指示を受けて官房長官が数個に絞る(3)各界の有識者による懇談会で意見を求める(4)衆参正副議長の意見を聞く(5)閣議で最終決定--という手順を踏んだ。

湛山回想 (岩波文庫)
高松宮日記 (中央公論社)
『日本古文書学』 雄山閣 伊木寿一 著 1930年
『古文書学』 慶應通信 1949年
「 慶應義塾入社帳 第四索引 」 慶應義塾塾監局 塾史資料室
「 吉川重吉自叙伝 」
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以下の内容に関し、私は、島根県立石見美術館 南目美輝学芸員と面会し、連絡もありました。平成27年3月16日、私の留守電には、島根県立石見美術館 南目美輝学芸員から 森英恵氏が、島根県立石見美術館へ来訪日程の連絡が入る。
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Subject: Re(2): 森英恵氏関連図書の件について

購入した書籍は、先日こちらで見ていただいた以下のタイトルです。

「Hanae Mori 1960-1989」朝日新聞社
「ハナエモリスタイル」 講談社
「グッドバイ・バタフライ」文芸春秋
森英恵とパリ展 銀座松屋 展覧会図録 1998年

どうぞよろしくおねがいします。
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南目 美輝 様
島根県立石見美術館(島根県芸術文化センター「グラントワ」内)

いつもお世話になります。島根県立石見美術館における 森英恵氏の関連図書充実につきましては、私からの助言通り、島根県立石見美術 南目 美輝 様に対応していただきまして、ありがとうございます。今回、古書屋をあたって森英恵氏、関連書籍を集められ、島根県立石見美術 南目 美輝 様が、島根県立石見美術館において、新たに購入された、その関連図書について、私が、島根県立石見美術館を訪問、その閲覧する前に、事前にメール文にて、教えていただけましたなら助かります。よろしくお願い申し上げます。

平成26年8月14日(木)
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( 省 略 )
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----- Original Message -----
Date: 2014-08-14 09:28:00
Subject: 森英恵氏関連図書の件について

森田良直様

お世話になります。先日は貴重なご助言を頂戴しありがとうございました。ご来館されてから、古書屋をあたって森英恵氏関連書籍を集めました。それの書籍を美術館ロビーのライブラリーで公開しております。取り急ぎの、お礼とご報告までです。 どうぞよろしくお願いいたします。

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南目 美輝
島根県立石見美術館(島根県芸術文化センター「グラントワ」内)
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小林 兼年(こばやし かねとし、1927年6月7日 - 1990年3月27日)は、日本の政治家。山口市長(1期)。
来歴
山口県山口市出身。旧制山口中卒。1953年山口市役所に入る。市役所では納税、庶務の各課長、民生、総務の各部長などを経て、1981年山口市助役に就任する。1987年の山口市長選に立候補して当選した。在職中の1990年死去。 ・・・ウィキペディア フリー 百科事典より
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平成28年8月9日、ティム・ヒッチンズ駐日英国大使より、駐日英国大使館から 下関市へ、エリザベス女王陛下の肖像画を寄贈されました。 下関市長へのエリザベス女王陛下の肖像画贈呈式は、無事に、挙行された。 重要文化財 旧下関英国領事館 竣工110周年、また、英国のエリザベス女王陛下は生誕90年を迎えられ、互いを祝し 関係各位 皆様からのご協力についても、私は、「重要文化財 旧下関英国領事館 竣工110周年」 その関係者の一人として、感謝しています。また、国指定重要文化財「旧下関英国領事館」の竣工110周年とエリザベス女王の生誕90年を記念されて、英国大使館(東京)、ティム・ヒッチンズ駐日大使が「日英友好の証しとして、英国と縁の深い旧領事館に飾っていただきたい」と述べられ、女王の肖像画を、旧領事館を所有する同市に寄贈した。エリザベス女王の肖像画を手渡された中尾市長は「下関のシンボルの一つとして、末永く大切にしたい」と話されています。

平成28年8月16日、住友三井オートサービス株式会社 取締役 常務執行役員である 木山英城氏 (私の慶應義塾大学 西川ゼミ 同期生より)、私が、慶應義塾大学 在学 の当時、英国王室、皇室 服飾関係の話題を共有していた慶應義塾大学 ゼミ同期生における近況 その電話での連絡を受けた後、私からは、当時の英国王室における服飾 デザイン 等に関し、島根県立石見美術館 南目美輝 学芸員に、以下、そのブログ表示内容に関する説明を入れ、欧州王室と日本皇室との間における、その文化服飾 デザイン史 等 における 国際交流に関する 助言に関し、島根県立石見美術館 南目美輝 学芸員へ お願いの電話連絡を入れた。
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島根県芸術文化センター・グラント企画展 「HANAE MORI HAUTE COUTURE  森英恵 仕事とスタイル」トークショー「森英恵 仕事とスタイルを語る」を私は、島根県芸術文化センター・グラントワにて、拝聴した後、森英恵事務所 山崎憲夫様と面会し、私が、慶應義塾大学に、1975年学生時代、在学中より、森英恵氏 ・・・・の支援もしていた経緯 等の説明し、私の大叔母が、森英恵氏 配下の服飾デザイナーもしていたことを説明し、関係する、その協力も依頼をしています。

平成27年4月23日、島根県芸術文化センター・グラントワ「森英恵 仕事とスタイルを語る」 島根県芸術文化センター・グラントワにて、その拝聴をした後、私は、森英恵事務所 山崎憲夫様と面会でき、その話し合った各学事内容の件につき、駐日英国大使、英国大使館との当家における文化国際交流における関係 等、島根県立石見美術館 南目美輝 学芸員には、島根県立石見美術館において、事前に面談し、今までの経緯の説明を入れ、私からの連絡もすでに、入れてもいます。よろしく、その関係している国際文化の交流における各内容に関しても、ご配慮の程を、島根県立石見美術館から、私の許へ、よろしくお願い申し上げます。



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韓国の日韓合意新方針 安倍晋三首相「全く受け入れられない」 公式表明は初めて

2018年01月12日 | 歌道
韓国の日韓合意新方針 安倍晋三首相「全く受け入れられない」 公式表明は初めて

1/12(金) 10:55配信

安倍晋三首相は12日午前、首相官邸で記者団に対し、慰安婦問題をめぐる平成27年12月の日韓合意で、韓国政府が新たな措置を日本政府に要求する方針を発表した状況について「合意は国と国との約束で、これを守ることは国際的かつ普遍的な原則だ。韓国側が一方的にさらなる措置を求めることは、全く受け入れることはできない」と明言した。韓国が9日に新方針を発表後、首相が公式に受け止めを表明したのは初めて。首相はまた、「日本側は約束したことは全て誠意をもって実行している。韓国側に実行するよう強く求め続けていきたい」と述べ、重ねて韓国側に合意履行を促した。韓国政府は、日韓合意に基づいて日本が拠出した10億円を凍結して、その扱いを日本側と協議し、同額を韓国政府が負担すると表明していた。

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・・・ 2018/1/12(金)、産経新聞 10:55配信

私のコメント : 平成30年1月12日、島根県 総務課より、平成30年1月11日、連絡が入っている件について、島根県 県民相談室へ、確認の連絡を入れる。その島根県 総務課より、その内容に関係し、同日、島根県 吉賀町 産業課 大杉様との連絡対応を持つ。 島根県 吉賀町 総務課 佐々木様より、連絡いただく。 NHK TV にて「語るなく 重きを負ひし 君が肩に 早春の日差し 静かに そそぐ」御歌 拝聴する。  ・・・・・の時代ともなり、「 有栖川の流れ くみし身にし あれば たどる道のひとすじ 」の御歌を、山中鉄三先生、窪田空穂先生の両歌集とともに、そのご唱和もさせていただく。
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高橋一清・あの日あの人/76 山中鉄三 評価され文芸へ先導 /島根

毎日新聞 2016年11月16日 地方版

私は山口高校2年生の時、文藝部誌「無蓋車(むがいしゃ)」の編集に携わり、今日も松江文化情報誌「湖都松江」の編集を担当しているから、編集に係ること55年になる。掲載作品を求め、原稿をひたすら読んだ。その間、文藝春秋在社中は新人賞の応募原稿読み、芥川賞や直木賞の候補作品を探すため、同人誌も読み続けた。

私も小説を書いた。第一作は益田中学校の卒業前であった。関本大喜先生が、「義務教育9年間の国語の授業の成果を、小説を書き示してみないか」とおっしゃった。私は原稿用紙に向かった。関本先生は「15歳でこれが書けたら大したものだ」と言ってくださった。

高校2年の春、私は文藝部に入った。いきなり部長、編集長に推された。そして、2作目の小説を書き、自ら担当して部誌に掲げた。発行してほどなく、国語科の山中鉄三先生からはがきが届いた。作品をほめてくださり、「君はこの道を進んでみないか」とあった。

山中先生は早稲田大学で国文学を専修、大学の講師を務めた後、故郷の山口に戻り、高校の教諭になられた。その授業は、教科書に載っているいい文章を選び素読に終始する。生徒は耳と目で文章に集中する。先生は、「いい表現だなあ」「この言葉は覚えておくといい」などと所どころで感想を述べられる。これは理想の国語教育法と私は思う。

その山中先生に評価されたのである。私は、進む道を決めた。「小説を書くか、扱う編集の仕事をする」。17歳であった。以来、この道を歩んできた。

山中先生は歌人として、窪田空穂(うつぼ)に師事された。作られた歌を板書して詠まれることもあった。「しんしんと音うしなひしものの降るしんじつ雪の一途なるかな」。窓から雪景色を見て、口ずさまれた歌である。

休日にはお宅に伺い、教室での話をさらに尋ねた。文藝に「人生主義」を唱え、「作品に人生的なものが加わることで個性的な作品となる」と言われた。私は、いい作品を創るには、着実な生活が求められると受けとめた。

謦咳(けいがい)に接した方々が語られた。空穂の他に、会津八一、釈迢空(しゃくちょうくう)(折口信夫)、北原白秋、金田一京助、柳田国男、土岐善麿。さながら文学史をタイムトリップする思いであった。徳山大学に移られてからは、大和書房版「吉田松陰全集」の注釈をされ、生き急いだ青年が遺(のこ)した「詩藻」を伝えてくださるのだった。

私は山中先生と同じ大学の、同じ学科に学んだ。教わった先生のほとんどが、山中鉄三の名を覚えていて、「後にも先にも、あれほど多く本を読み、熱心に学んだ学生はいない」と語るのだった。

■人物略歴
高橋一清(たかはし・かずきよ)
1944年、益田市に生まれる。早稲田大卒業後、(株)文藝春秋に入社。各誌編集長を歴任し2005年3月に退社。同年4月から松江観光協会の観光文化プロデューサー。「松江文学学校」を主宰。著書に『編集者魂』『作家魂に触れた』『百册百話』『芥川賞・直木賞をとる!』、編著に『松江特集』『松江怪談』『松江発見』がある。 ・・・ 2016年11月16日 毎日新聞  地方版 配信より


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「冷泉家の遠祖」藤原俊成知って 京都で生誕900年記念展

2015年12月07日 | 歌道
「冷泉家の遠祖」藤原俊成知って 京都で生誕900年記念展

平安末期-鎌倉初期の歌人で冷泉家の遠祖、藤原俊成(1114~1204年)の生誕900年を記念した企画展示が、京都市中京区の京都文化博物館総合展示室で行われている。

 「歌聖 藤原俊成 冷泉家の至宝から」と題し、同家所蔵の書画6件を公開している。俊成が和歌の歴史的変遷を自筆した「古来風躰抄(ふうていしょう)」(国宝)では、鋭角が特徴的な筆致に来場者が見入っていた。

 朝廷の職員録にあたる「公卿補任(くぎょうぶにん)」(重文)、冷泉家代々の当主らが「御影」とあがめてきた肖像画なども並ぶ。13日まで(月曜休館)。有料。 ・・・ 平成27年12月5日(土)、 2015年12月05日、京都新聞  20時30分 配信より

私のコメント: 京都市中京区 京都文化博物館 総合展示室で 藤原俊成(1114~1204年)の生誕900年を記念され 「歌聖 藤原俊成 冷泉家の至宝から」と題し、冷泉家代々の当主らが「御影」とあがめてきた肖像画など、同家所蔵の書画6件を公開されている。



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