地震・噴火・気象災害への対応 文学・文化論攷

地震・噴火・気象災害への対応 文学・文化論攷、副題( 森鴎外と福沢諭吉、三田文学における その後 ・・・ )

秋田で酒類展示会 ご当地酎ハイや熟成古酒など1500点超PR /秋田

2018年09月15日 | 日本酒
秋田で酒類展示会 ご当地酎ハイや熟成古酒など1500点超PR /秋田

9/13(木) 19:16配信、 最終更新:9/13(木) 19:16 みんなの経済新聞ネットワーク 配信より

飲食店や酒販店向け酒類展示会「こだわり逸品展示会」が9月13日、秋田県立武道館(秋田市新屋)で開かれた。(秋田経済新聞)

ご当地酎ハイ「秋田サワー」PRブース(関連画像)

秋田県酒類卸(秋田市卸町3)が例年開く同展は13回目。今年は、県内の日本酒の蔵元25社や地ビール醸造所、ワイナリーなどのほか、焼酎や果実酒などを出品する九州や沖縄の蔵元30社など県内外の約120社が、フード類を含め1500点超の商品を出品した。

限定酒を用意する地酒ブースや燗(かん)酒ブースを設けるなどし、各社の担当者は飲食店や酒販店の関係者らに試飲を勧めるなどしながら、熱心に商品を売り込んだ。

ご当地酎ハイの普及に取り組む秋田県発酵工業(湯沢市)の担当者は「県産果実などと自由に組み合わせられる『秋田サワー』は、好みや季節でさまざまな味を作ることができる。飲食店のみならず、家庭でも楽しんで」とオリジナルレシピと合わせてPR。

熟成古酒の新商品などをラインアップする金紋秋田酒造(大仙市)の佐々木孝社長は「国内では吟醸酒が人気だが、ワイン文化のフランスなどヨーロッパでは古酒への評価も高い。日本酒の幅広い楽しみ方を提案できれば」と話す。

秋田県酒類卸の担当者は「今年は酒類のテーマパークをイメージして体験型ブースを多く用意した。ご当地酎ハイなど新たなお酒の楽しみ方も提案できたのでは」と話す。

みんなの経済新聞ネットワーク

【関連記事】
• 高級古酒を出品した金紋秋田酒造(関連画像)
• 酒類展示会「こだわり逸品展示会」会場の様子(関連画像)
• 秋田「NEXT5」が共同醸造酒の第8弾 ボトルデザインは建築士・田根剛さん(秋田経済新聞)
• 秋田県内18酒蔵が一般開放 工程見学、来場者5000人超の酒蔵も(秋田経済新聞)
• 秋田・川反に地酒立ち飲み店 県内全蔵元の100銘柄以上そろえ(秋田経済新聞)

私のコメント : 平成30年9月13日、飲食店や酒販店向け酒類展示会「こだわり逸品展示会」が9月13日、秋田県立武道館(秋田市新屋)で開かれた。 秋田県酒類卸(秋田市卸町3)が例年開く同展は13回目。

今年は、秋田県内 蔵元25社や地ビール醸造、ワイナリーなどのほか、焼酎や果実酒などを出品する九州や沖縄の蔵元30社など、秋田県内外の約120社が、フード類を含め1500点超の商品を出品した。






コメント

豪雨被害を乗り越え 日本酒「獺祭」出荷再開

2018年09月13日 | 日本酒
豪雨被害を乗り越え 日本酒「獺祭」出荷再開

9/13(木) 19:50配信 最終更新:9/13(木) 19:50 yab山口朝日放送 配信より

続いては、全国の人が待ち望んだ復活です。豪雨被害に見舞われた山口県岩国市の旭酒造が、日本酒・獺祭の出荷を再開しました。旭酒造・桜井一宏社長「『お待たせしました』ということと、『ありがとうございました』ということをお伝えしたいですね。」7月6日の豪雨から2カ月余り、人気の日本酒・「獺祭」の出荷が、ついに、再開されました。初日のきょうは、720ミリリットル瓶、1200箱分が、全国の取扱店に向けて工場を出発しました。「獺祭」を製造する旭酒造がある岩国市周東町は、7月の豪雨で大きな被害に見舞われました。本社工場には土砂や水が流入して電気系統が使えなくなり、旭酒造は獺祭の生産中止を余儀なくされました。復旧作業に向けて桜井社長は朝礼で社員を鼓舞し続けました。「結構ショックかもしれんが、ただ壊れたもんは直しゃええし、ダメになったもんもどうにかすればいいし、もとにみんなで戻していきたいと思いますし」社員一丸となって急ピッチで復旧作業を進めました。旭酒造の社員も「時間はかかるかもしれないが、早く復活して待ってくださっているお客さんに少しでも早くお酒を届けられるようにできればと思う」と士気を高めていました。復旧作業と合わせて、被害のあった他の地域の復興支援にも乗り出しました。品質保持という観点から「獺祭」としては売り出せない日本酒を、「島耕作」ラベルで発売。全国的に話題を呼びました。島耕作シリーズの作者・弘兼憲史さんは「本当に我々心痛めておりまして、何とか協力できないかということで」「味は相当獺祭を飲んでますけど、変わりないですよね」と協力を惜しみません。売上金の一部、1億1600万円を山口県のほか、岡山・広島・愛媛の被災3県に義援金として寄付しました。多くの人の支えを受けるのと同時に、被災地の力になろうと奮闘したこの2カ月あまり。感謝とうれしさを胸に再出発です。旭酒造の桜井一宏社長は「すごくお客さんから『待ってるよ』ってお声、期待が大きかったんですね。そこに対して”一刻も早く”と集中していけましたんでその意味では結構あっという間という部分も感じています」「今回ようやく出荷が再開できたというのはすごい嬉しいですね。」出荷を再開させた旭酒造生産体制も1週間ほどで被災前と同じレベルに戻るということです。

私のコメント : 平成30年9月13日、豪雨被害に見舞われた山口県岩国市の旭酒造が、日本酒・獺祭の出荷を再開。

旭酒造・桜井一宏社長「『お待たせしました』ということと、『ありがとうございました』ということをお伝えしたいですね。」

平成30年7月6日の豪雨から2カ月余り、日本酒・「獺祭」の出荷が、再開されました。初日のきょうは、720ミリリットル瓶、1200箱分が、全国の取扱店に向けて工場を出発しました。



コメント

秋田)県産ウイスキー開発 県と民間、協力し挑戦へ

2018年06月11日 | 日本酒
秋田)県産ウイスキー開発 県と民間、協力し挑戦へ

村山恵二 2018年5月24日03時00分 朝日新聞デジタル 配信より

飲食店を全国展開するドリームリンク(本社・秋田市)とかづの銘酒(鹿角市)の村上雅彦社長(55)が22日、県庁で会見し、秋田市のバーテンダーや県総合食品研究センターと協力して、「県産のモルトウイスキーを開発する」と発表した。将来は男鹿半島に醸造所を建設したいという。

村上さんは「佐竹敬久知事と会食した際、『秋田には清酒もビールも焼酎もワインもあるが、ウイスキーがない』と言われ、いつか、ウイスキーを造りたいと考えていた」という。

県総合食品研究センターの杉本勇人さんによると、県内では1945年には二カ所でウイスキーが造られていたが、52年には生産が終わっていた。同センター酒類グループリーダーの進藤昌さんは、「ウイスキーに使う二条大麦は大潟村で生産されている。酵母も県オリジナル酵母を使いたい」と話す。

発酵技術と蒸留技術がある県は…

私のコメント : 平成30年6月10日、秋田県総合食品研究センター 杉本勇人さんによると、秋田県、1945年には、秋田県内の二カ所でウイスキーが造られていたが、52年に、生産が終わっていた。「ウイスキーに使う二条大麦は大潟村で生産されている。」
......................................................................
小坂鉱山再建に500万円の成功報酬 鉱山王、日立の礎築く 久原房之助(上)

2017.05.12 15:40 © 2018 Wordleaf Corporation. 配信より

実業家であり、のちに政治家にもなった久原房之助(くはらふさのすけ)は数々の鉱山経営に成功したことから、「鉱山王」との異名を持ちます。現在、日本を代表する企業、日立製作所やJXホールディングなどの礎を築いたのも、久原であることはよく知られています。数々の偉業のはじまりは、500万円の成功報酬で依頼された、小坂鉱山の再建事業でした。先の見える男の投資家人生のスタート地点を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

稀にみる先の見える男
直木賞作家の古川薫が『惑星が行く-久原房之助』で郷土の大先輩について書いている。「久原は空想家であり、理想家であり、夢を追う青年の魂を情熱的に持ち続けた。たまたま鉱山のオーナーとなって、巨万の富を握ったが、蓄財せず手にした大金を夢のおもむくままに惜し気なく遣い果たしてしまった」久原房之助といえば「怪物」と相場が決まっているが、稀にみる先の見える男であった。1917(大正6)年、欧州大戦下で久原の名が日本国中にとどろいていた当時、経済誌『実業之日本』が久原を俎上に乗せた。久原の好敵手、金子直吉率いる鈴木商店が猛然と追い上げ、「三井、三菱と天下を三分する」と豪語していたとき、久原はそうはさせないぞ、天下を四分割すると、名乗り出たのである。「彼の出現は真に彗星のごとく、今や大臣の名を知らぬ者でも久原房之助の名前だけは忘れることはあるまい。わずか10年の短い歴史で天下の富豪たる三菱、三井と角力がとれれば、もって男子の本懐とすべきではないか。彼の事業に処するに常に疾風迅雷の勢い、をもってし、逡巡と躊躇(ちゅうちょ)は、彼の辞書にはない」マスコミは「“ためらい”を意味する言葉はない」と持ち上げるが、3年後にバブル崩壊とともにあえなく破綻する。だが、瞬く間に再起を果たし、またしても破産する。

藤田組で小坂鉱山を再建 成功報酬は500万円
久原は慶應義塾を出ると一時、森村市左衛門の森村組に籍を置くが、1年半で藤田組に転じた。当時、藤田組のドル箱といわれた小坂鉱山だが、銀価の低迷で苦境にあえいでいた。再建か、閉鎖か、岐路に立たされていた。秋田県小坂の現場に乗り込んだ久原は若い社員たちと激論を交わすうち、再建に確かな手応えを感じ取った。後の史家はこう記している。「藤田組に入り小坂鉱山に赴き最下級の事務員となり、精励ことに当たり、歴進して事務長となる。明治31(1898)年より同38(1905)年に至る8年間は専心一意、その効果は顕著で初め敗残の観を呈していた同鉱山を一躍東洋屈指の銅山たらしめた」(大正人名辞典)銀価は世界的に低迷しているのに対し、銅価は軍需で高水準を保っている点に着目し、銀分には目もくれず銅分を取り出すことに専念する。成功報酬として叔父藤田伝三郎から500万円が約束されていたことも久原を馬車馬のように走らせた。当時米国で盛んになっていた自熔法という精錬法を採用、生産コストの引き下げに成功した。小坂鉱山を生き返らせた久原は東京に戻る。約束の520万円をもらうと独立する。腹心の部下を全国の鉱山に派遣して調査の結果、茨城県日立の赤沢鉱山に白羽の矢を立てる。だが、富豪への道は厳しかった。『日立鉱山史』にはこう記されている。「思えば明治末年の数カ年こそ、鉱毒の山、凶徒の山、利権屋の山、赤沢鉱山をその名と共に希望の山、富源の山、幸せの山、日立鉱山に転ずる苦しみと悩みと、喜びと悲しみの交錯した黎明の時、生誕の朝であった」久原の個人経営で始まった日立鉱山は1912(大正元)年10月、資本金1000万円の久原鉱業に生まれ変わる。久原の資金を支えたのは三井銀行であった。三井の池田成彬は浮沈の激しい鉱山業への融資に大胆であった。というより久原という人間に賭けたように思える。池田が後年久原との出合いを語っている。「久原君が初めて私のところへ来たのは明治36、37(1903、1904)年でした。久原君の説明というのは、何でも世界における銅相場は波のように浮沈がある。高くなるかと思うと下がるが、やがてまた高くなる。5年に一度くらいの割で、この波が動く。したがって波の静かな下向きの時に金をかけて設備を強化する。波が高くなりかけた時に掘り出す。そしてまた金を入れて施設をよくする。……この説明を聞いて感心したものです」古河財閥の基軸となる足尾銅山が鉱毒問題で世論の厳しい指弾を浴びている折から、久原は鉱害対策には一番神経を使った。その結果が当時世界一高い煙突の出現となる。1914(大正3)年12月、高さ510尺(155.7メートル)の巨大煙突が日立に完成する。そして2年後大分県佐賀関では550尺の煙突をぶっ立てる。高い煙突は鉱害を拡散するとの懸念もあったが、「世界一」の好きな久原は構わず巨大煙突に踏み切った。

【連載】投資家の美学<市場経済研究所・代表取締役 鍋島高明(なべしま・たかはる)>

久原房之助(1869-1965)の横顔
1869(明治2)年山口県萩出身、1889(同22)年慶応義塾卒、森村組に勤務、1890(同23)年藤田組に入り、業績不振の小坂鉱山に赴任、同鉱山を再建して成功、1905(同38)年独立して赤沢銅山を買収して日立鉱山と称し、1912(大正元)年久原鉱業と改める。1917(同5)年株を公開、「国宝株」と呼ばれる。1919(同7)年久原商事を設立、貿易業に進出、同9年のパニックで久原商事は破綻、久原鉱業も大きな痛手をこうむる。1927(昭和2)年事業を義兄の鮎川義介に譲り、政界に転じ、1939(同14)年政友会総裁、第2次大戦後は日ソ、日中国交回復に尽力した。

私のコメント : 実業家であり、のちに政治家にもなった久原房之助は数々の鉱山経営に成功したことから、「鉱山王」との異名を持ちます。現在、日本を代表する企業、日立製作所やJXホールディングなどの礎を築いたのも、久原であることはよく知られています。数々の偉業のはじまりは、500万円の成功報酬で依頼された、小坂鉱山の再建事業でした。 久原房之助は小坂鉱山に赴き最下級の事務員となり、精励ことに当たり、歴進して事務長となる。明治31(1898)年より同38(1905)年に至る8年間は専心一意、その効果は顕著で初め敗残の観を呈していた 小坂鉱山を一躍東洋屈指の銅山たらしめた。
......................................................................
以下は、Wikipedia フリー百科事典より

小坂鉱山(こさかこうざん)は、秋田県鹿角郡小坂町にあった鉱山である。

歴史[編集]

1816年(文化13年)に金、銀の鉱山として開発が始まる。1869年(明治2年)、盛岡(南部)藩直営から官営になり、1884年には藤田組(当時)に払い下げられた。

1901年(明治34年)には銀の生産高が日本一の鉱山となる。やがて製錬技術が向上すると黒鉱から採れる銅や亜鉛、鉛の生産が主体となった。労働者を集めるために、山の中にアパート、劇場、病院、鉄道等の近代的なインフラストラクチャー整備が進められたのもこの頃である。

1905年(明治38年)には旧小坂鉱山事務所、1910年(明治43年)には芝居小屋の康楽館(いずれも国の重要文化財に指定)が竣工する。

第二次世界大戦直後には資源の枯渇等を理由に採掘が中断されたが、1960年代に入り新鉱脈が発見されると採掘が再開。1990年(平成2年)まで存続した。

現況[編集]

元々、精錬施設の一部で亜鉛精錬の残渣をリサイクルしていたが、2000年代以降、都市鉱山が注目を浴びるようになると120億円を投じてリサイクル施設を整備。金(年間6トン)、銀(年間400トン)、銅のほかレアメタルを含む20種類以上の金属を再生利用できるようになった[1]。

明治末期に洋風建築で造られた小坂鉱山事務所は、国の重要文化財として町が管理、公開している。

福島第一原発事故に関連するトラブル[編集]

鉱山跡地はDOWAエコシステム及び関連会社のグリーンフィル小坂が首都圏のゴミの焼却灰の最終処分場に活用しているが、2011年(平成23年)3月11日に起きた福島第一原子力発電所事故により拡散した放射性セシウムを含んだ焼却灰が埋め立て処分されているのが7月になって判明した。[2][3][4][5]。

とくに松戸市から搬入されグリーンフィル小坂が埋め立て処分した箇所[6]からの放流水と排水汚泥から放射性セシウムが長期にわたって検出されている。[7]

「花岡鉱山#福島第一原発事故に関連するトラブル」も参照

脚注[編集]
[ヘルプ]
1.^ 都市鉱山にレアメタル 時事ドットコム特集(時事通信社)
2.^ 千葉県流山市のごみ焼却施設から排出された溶融飛灰について〜 第1報 〜 - 秋田県
3.^ 千葉県流山市のごみ焼却施設から排出された溶融飛灰について〜 第2報 〜 - 秋田県
4.^ 県外のごみ焼却施設から排出された焼却灰について〜 第3報 〜 - 秋田県
5.^ 県外のごみ焼却施設から排出された焼却灰について〜 第4報 〜 - 秋田県
6.^ “グリーンフィル小坂 松戸市焼却灰対策の概略図 (PDF)”. DOWA エコシステム (2011年9月2日). 2014年6月9日閲覧。
7.^ “焼却灰処理施設の立入調査結果等について(第30報)”. 秋田県 (2014年6月4日). 2014年6月9日閲覧。

関連文献[編集]
•「国内鉛製錬所の概要」、『日本鉱業会誌』第78巻第894号、日本鉱業会、1962年、 966-976頁、 doi:10.2473/shigentosozai1953.78.894_966。

関連項目[編集]
•小坂製錬小坂線
•クルト・ネットー
•日本の鉱山の一覧

外部リンク[編集]
•小坂鉱山事務所
........................................
県産ウイスキー 共同開発へ

06月06日 10時29分 秋田 NEWS WEB より

「酒どころ」秋田で、ウイスキーを新たな特産品として売り出そうと秋田市の飲食チェーン会社や秋田県などが共同で県産ウイスキーの開発を始めることになりました。県産ウイスキーの共同開発を手がけるのは秋田市の飲食チェーン「ドリームリンク」や県の総合食品研究センターなど4つの事業者です。事業者側によりますと、県産ウイスキーの開発は県の醸造試験場で行われ、当初は輸入原料を使う計画ですが、将来は秋田県産の大麦や泥炭を原料として使うことを検討するということです。製造したウイスキーは本場イギリス・スコットランドの基準に合わせて、3年程度熟成させ、早ければ2023年度にも商品化することを目指しています。商品化が実現すれば、ウイスキーの製造とは販売は鹿角市の酒蔵「かづの銘酒」が行うということで日本酒醸造で培ったノウハウや良質な水源を生かすとともに、酒造りの作業が少ない時期にウイスキーを製造し、雇用を生み出したい考えです。

私のコメント : 酒どころ 秋田県で、ウイスキーを新たな特産品として売り出そうと秋田市の飲食チェーン会社や秋田県などが共同で 秋田県産ウイスキーの開発を始めることになりました。 商品化が実現すれば、ウイスキーの製造とは販売は鹿角市の酒蔵「かづの銘酒」が行うということで、今までの日本酒醸造で培ったノウハウや良質な水源を生かすとともに、酒造りの作業が少ない時期にウイスキーを製造し、雇用を生み出したい考えです。
.......................................
「北限」のフグ広めたい!秋田県や地元飲食店、地道にPR活動 うま味成分は最大25倍

2018年06月02日土曜日 河北新報社 配信より

秋田県男鹿沖が日本最北の産卵場所といわれるトラフグ「北限のふぐ」の魅力をより広めようと、県や地元飲食店が地道な活動を続けている。上質な味が評価されてほとんどが県外消費だが、地域の食文化としても確立しようと、生育環境の整備やメニュー開発に力を入れる。秋田県内ではトラフグを含め約10種類のフグが水揚げされている。2017年は全体で約162トンが揚がり、うち5トンをトラフグが占めた。県内でトラフグ漁が盛んになった契機は、1992~95年に行われた県魚のハタハタの全面禁漁。資源回復までの代替漁法としてフグのはえ縄漁が導入されて以降、漁師の収入源の一部として定着したという。男鹿沖で取れるトラフグは、西日本など主に県外で高値で取引され、地元での消費機会は限られる。高い需要と売値が見込める首都圏に目を向ける卸業者が多く「地元での消費や販路構築などで完全に出遅れた感がある」(漁業関係者)という。県水産振興センター(男鹿市)はトラフグの種苗生産を試験的に実施し、稚魚の放流活動を展開。安定した漁場環境の整備に向け、試行を重ねている。男鹿半島に近い秋田市土崎地区の飲食店有志は2009年、トラフグを含めたさまざまなフグを生かした定食や鍋料理を提供する「土崎みなと ふくまつり」を始めた。漁の盛期を迎える毎年6、10月に開き、新メニューの開発にも取り組んでいる。日本食品分析センター(東京)の調査では、秋田産のトラフグは他県産に比べ、うま味成分を示すリジンが最大25倍も多く含むことが解明された。海水温が低い日本海はフグの発育が遅くなる一方、水揚げの目安である1キロ大に育つまでに多くの餌を必要とすることなどが要因という。土崎飲食業組合連合会ふぐ産直部会の畑中蘭子部長は「秋田産は歯ごたえが良く、味も濃い。刺し身や鍋など幅広いメニューで魅力を発信できる」と話す。今年の第1回の「ふくまつり」は6月4~10日。刺し身や唐揚げが味わえる「ふく福御膳」(税込み2980円)や「とらふく鍋」(同1580円)などを手頃な価格で提供する。連絡先は秋田市土崎の飲食店「白帆」018(847)0189。

私のコメント : 秋田県産のトラフグは、西日本など主に県外で高値で取引される。日本食品分析センター(東京)の調査では、秋田県産のトラフグは他県産に比べ、うま味成分を示すリジンが最大25倍も多く含むことが解明された。海水温が低い日本海はフグの発育が遅くなる一方、水揚げの目安である1キロ大に育つまでに多くの餌を必要とすることなどが要因という。
.......................................
売上ナンバーワンの大吟醸を造る秋田県・北鹿の酒造り。高品質の秘訣は、手作業と機械化の融合にあった!

2018.05.16 プロジェクト SAKETIMES_PR 配信より

華やかな吟醸香に、なめらかで軽快な飲み口。キリッと引き締まった後味で、日常の食卓でも気軽に楽しめる大吟醸酒。全国のスーパーで売上ナンバーワン(※)を誇る「大吟醸 北秋田」は、秋田県の老舗蔵・北鹿で造られています。

連載第1回では、「大吟醸 北秋田」が約20年前に誕生してから、売上ナンバーワンを獲得するまでの軌跡を紹介しました。"リーズナブルで手に取りやすい大吟醸酒"という新しい市場を開拓した秘訣は、なんといっても、その高い品質にあります。

今回は、そんな高品質の商品を安定して届けてきた北鹿の酒造りに迫ります。シーズン真っ只中の3月上旬、北鹿のある秋田県大館市を訪れました。

※ KSP-POSの清酒カテゴリーにおける720ml瓶商品の2017年データより

地元に愛される、大館市の銘酒

2018年は、例年にない大雪に見舞われた秋田県。大館市も例外ではありません。取材当日は風雪が強く吹きつけ、厳しい寒さでした。

秋田県の北部に位置する大館市は、名物・きりたんぽ鍋に欠かせない比内地鶏の発祥で、秋田杉を使った"曲げわっぱ"など、伝統工芸も盛んです。かつては、尾去沢鉱山をはじめとする日本有数の鉱山があったため、大勢の鉱夫が集まっていたようで、昔から日本酒の消費量が多かったのだとか。

昭和19年(1944年)、国の企業整備令によって、造り酒屋21業者8工場が合併し、北鹿が誕生しました。その後、昭和46年(1971年)に製造場がひとつに統合され、それぞれの酒蔵から結集した技術の粋が、今の酒造りに引き継がれています。

北国の寒冷な気候を活かして、10月から6月まで、三季醸造を行なっています。当面は2万石を目標に、毎年増石しているそうです。蔵人として製造に従事しているのは約30人。秋田流の生酛仕込みで造る普通酒から、鑑評会に出品するための大吟醸酒まで、バラエティ豊かな商品を造っています。

市内の居酒屋を訪れると、必ずと言っていいほど、北鹿のラインアップが並んでいます。地元にしっかりと根を張って、地域の人から愛されている様子でした。

機械化できること、できないこと

蔵の中へ入ると、ひんやりと澄んだ空気が漂っています。室温は約マイナス2℃。製造部門の責任者である小松原智昭さんに案内していただきました。

昔ながらの酒蔵ではなく、最新の機器が並ぶ、清潔感のある醸造場というイメージです。高い品質の商品を大型の仕込みで造ることができるように、5年前に設備を一新したのだそう。

「製麹はすべて手作業だったので、かなりの重労働でした。回転円盤式の製麹機を6台導入したので、蔵人の負担はかなり軽減されましたね。また、麹造りにおいては温度管理が大事です。以前は泊まり込みの作業でしたが、品温を自動で管理できるシステムに切り替えました」

機械化や自動化を進めることで、酒質への影響はないのでしょうか。小松原さんは、むしろ良い方向に改善されていると話します。

「人の手が入らなくなったことで、雑菌による汚染の心配が少なくなりました。麹室では、室温がおよそ35℃というサウナ状態で作業しているため、蔵人は汗ダラダラ。それは、いくら注意をしていたとしても、不衛生と感じられてしまう場合もあります。酒造りにおいて、一番雑菌を持ち込むのは人間なんです。

また、大型の仕込みになると、人の手だけではどうしても負担が大きくなってしまい、品質にもバラつきが出やすくなってしまいます。だからこそ、誰が作業しても一定の品質を維持できる状態にすることは、北鹿全体の品質向上に必要だと思っています」

しかし、どれだけ機械化しても、人間の感覚によるチェックだけは省略できないのだそう。

「たとえば、酒造りにおいては、米の浸漬がとても重要です。ここが上手くいかないと、以降の工程に大きな影響が出てしまいます。米が水を吸うと、中心だけが透明でまわりが白くなっていきます。その中心部分を"目玉"と呼んでいて、白い部分が輪になって、真ん中だけが透明になったところで浸漬をやめます。わずかな変化を直接目で見ながら、タイマーを使って浸漬の時間を決めていくんです。次の日、蒸しあがった米を触ったり噛んだりしながら硬さを判断して、その結果をまた次の日にフィードバックします。感覚を頼りに、最適な状態にしていきます」

長年積み重ねてきた職人としての確かな感覚がなければ、ただやみくもに機械化を進めても、意味がないのかもしれません。

「大吟醸 北秋田」のこだわり

北鹿へ入社して23年目という小松原さん。「大吟醸 北秋田」の造りが始まったのは、入社5年目の時でした。それまで少量ずつ仕込んでいた大吟醸酒を大型の仕込みでやろうという話に、最初は不安があったそうです。

「最初の1,2年目は、個人的に満足できるものが造れませんでした。他のメーカーさんの造りを勉強したり、新しい設備を取り入れたりしながら、品質を上げていきました」

小松原さんは、現在はマネージャーとして製造部門を統括する立場ですが、長い間、現場で「大吟醸 北秋田」を造り続けてきた人物。そのこだわりを伺いました。

「基本的なコンセプトとして、"大吟醸酒だけど、晩酌でも飲みやすい"、"リーズナブルで手に取りやすい"ことを目指しています。意識しているのは、麹造りです。北鹿で造っている他の大吟醸酒は、スッキリとしたきれいな味わいを目指して、突き破精(つきはぜ)型で麹米を目指します。一方で、普通酒などは、味をどっしりとさせるために総破精(そうはぜ)型で造るんです。『大吟醸 北秋田』は、突き破精と総破精のちょうど中間くらいを目指しています」

香りが華やかでスッキリとした飲み口でありながら、旨味のある味わいを目指すための麹造り。麹米の破精具合を見定めるときにも、人間の感覚が活かされているのだそう。

「うちは完全な機械化でもないし、完全な手造りでもありません。まかせられる部分は機械を入れて効率化を図り、人の手が必要な工程は手作業。人間の感覚も大事にしているんです」

鑑評会に出品するための大吟醸酒などは、完全に手造りで行なうそうで、機械に頼っていては養えない感覚や技術を継承し、磨き続けることも怠りません。手造りで培った感覚を機械化した酒造りに活かしていくという、良い循環ができていました。

常識にとらわれず進化する「大吟醸 北秋田」

いつも変わらない美味しさを提供してくれる「大吟醸 北秋田」。スッキリと飲みやすく、かつ旨味があるお酒を追い求めて、毎年少しずつ進化を遂げています。

たとえば、誕生当時はすべて山田錦を使っていましたが、数年前からは山田錦だけでなく、秋田の酒米「秋田酒こまち」なども取り入れています。

米の配合を変えたことで飲み口がより良くなり、白ワインのような味わいと評されることもあるほど酒質がアップしました。それからさらにファンが増えて、売上も伸びていったそうです。

36本のタンクが並ぶ仕込み室には、リンゴやバナナなどのフルーツに例えられるような、新酒の心地良い香りが漂っています。この香りのベースとなる酵母も、毎年異なるものを試しながら、より良い組み合わせを試行錯誤しているのだとか。

「同じ『北秋田』でも、毎年3〜4種類の酵母を使っています。最近の日本酒をみていると、香りはそこまで強くなく、やや甘味のあるタイプが好まれています。たとえば、従来から使っている協会9号酵母だけでは、どうしても辛口になってしまうんです。他の酵母と9号酵母で造ったものをタンク単位でブレンドして、理想の味に調整していきます」

マーケットのニーズに合わせて、香りや味わいを細かいレベルで変化させる「大吟醸 北秋田」。"リーズナブルで手に取りやすい大吟醸酒"というコンセプトを大事にしつつも、高い柔軟性をもっていることが、売上ナンバーワンを誇る秘訣なのでしょう。

「『こういう酒にしなきゃいけない』という強い縛りはないですね。固定観念にとらわれず、こだわりすぎないところが、『大吟醸 北秋田』なのかもしれません」

多くの人に愛される"リーズナブルで美味い酒"を造ることは、決して簡単なことではありません。北鹿は、長年の経験で洗練された感覚をベースとしながら、最新の設備によって効率化を図ることで、新しい市場を切り拓いてきました。それでも現状に満足せず、時代に合わせた品質向上を目指し、日々の酒造りに取り組んでいます。

これからさらに、どのような進化を見せてくれるのか。酒処・秋田の看板を背負う北鹿の飽くなき探究は続きます。(取材・文/橋村望)

sponsored by 株式会社北鹿

私のコメント : 平成30年6月10日、マーケットのニーズに合わせて、香りや味わいを細かいレベルで変化させる「大吟醸 北秋田」。秋田県産 日本酒、その"リーズナブルで手に取りやすい大吟醸酒"というコンセプトを大事にしつつ、高い柔軟性をもっていることも、その売上ナンバーワンを誇る秘訣となっています。


コメント

焼酎の金龍、鳥海山麓にウイスキー蒸留所

2018年06月11日 | 日本酒
焼酎の金龍、鳥海山麓にウイスキー蒸留所

2017/5/25 7:00、日本経済新聞 配信より

焼酎メーカーの金龍(山形県酒田市)は24日、鳥海山麓にウイスキー蒸留所を新設し、ウイスキー事業に乗り出すと発表した。小規模蒸留所で個性的な高級ウイスキーを製造する「クラフト・ディスティラリー」に参入するもので、2018年秋~冬の蒸留開始、21年末の初出荷をめざす。山形県で初、東北では3番目のウイスキー蒸留所となる。

参入に向け18年6月に製造免許を申請する予定。蒸留所は鳥海山の伏流水が豊富な山形県遊佐町に建設する。敷地4570平方メートルに事務所兼製造棟1棟と熟成庫1棟を設ける。17年10月に着工、18年5月末に建物完成、同7月末に設備の設置を終える計画。投資額は5億円。

ポットスチル(単式蒸留器)などの製造設備は英スコットランドのメーカーに特注し、原料の麦芽や熟成用の樽(たる)もスコットランドから輸入する。

金龍がウイスキー事業を始めるのは、焼酎に次ぐ経営の柱をつくるため。県内売り上げが95%を占めるため、人口減少に伴いこの先市場が縮小する懸念がある。一方、ハイボールのブームや高級ウイスキー人気に支えられて、ウイスキーの市場は拡大している。海外で日本産ウイスキーの評価が高まっていることに加え、中国などの需要増で世界的にウイスキーが不足しており、市場の拡大が見込めると判断した。

生産するのは単一蒸留所の原酒だけでつくられたシングルモルト・ウイスキー。年間9万リットルの原酒を製造する計画で、全国、海外販売をめざす。

同社では、設備や原料輸入に酒田港を活用したい考えで、日本酒、ワインにウイスキーが加わることで酒どころ山形県のブランド向上などにもつながると期待している。

金龍は1950年、酒田市の酒蔵10社で設立した県内唯一の焼酎専門メーカー。東北のウイスキー蒸留所としては、ニッカウヰスキー仙台工場宮城峡蒸留所(仙台市)、笹の川酒造(福島県郡山市)に続く3番目となる。

私のコメント : 平成29年5月25日、焼酎メーカーの金龍(山形県酒田市)は5月24日、鳥海山麓にウイスキー蒸留所を新設し、ウイスキー事業に乗り出すと発表した。小規模蒸留所で個性的な高級ウイスキーを製造する「クラフト・ディスティラリー」に参入するもので、2018年秋~冬の蒸留開始、21年末の初出荷をめざす。山形県で初、東北では3番目のウイスキー蒸留所となる。


鳥海山 (1974年) 森 敦 / 河出書房新社
.
食料・農業・農村白書〈平成29年版〉 日経印刷
.
Set of 2 Dewars 12 Year Old Scotch Whisky Round Lowball Rocks Tumbler Glasses by Dewars Scotch Whisk   Dewars Scotch Whisky



コメント

<英王室>キャサリン妃、第3子となる男児出産

2018年04月23日 | 日本酒
<英王室>キャサリン妃、第3子となる男児出産

4/23(月) 21:16配信

【ロンドン矢野純一】 英王室は23日午後、ウィリアム王子(35)の妻キャサリン妃(36)が、ロンドン市内のセント・メアリー病院で第3子となる男児を出産したと発表した。王位継承順位は2015年5月に生まれたシャーロット王女(2)に次ぐ5位となる。母子共に健康という。キャサリン妃は23日午前、陣痛が始まったため入院。キャサリン妃は3月中旬以降、出産のため公務を控えていた。長男ジョージ王子(4)、長女シャーロット王女も同じ病院で生まれている。名前の公表は後日になる。エリザベス女王(92)にとって6人目のひ孫となる。同病院前には、キャサリン妃の入院の一報を聞いて、誕生を心待ちにする人たちが集まっていた。

【関連記事】
• <ブックメーカーが予想>ロイヤルベビーの名前は?
• <長女>シャーロット王女が初登園、キャサリン妃撮影の写真を公開
• <長男>ジョージ王子が初登校、緊張の面持ちで教室へ
•<キャサリン妃の叔父>妻殴打、社会奉仕命令や罰金処分に
•<英王室お墨付き「ナニー」に学ぶ英国流子育てのコツ>

・・・2018/4/23(月) 毎日新聞 21:16配信より

私のコメント : 平成30年4月23日、英王室は23日午後、ウィリアム王子(35)の妻キャサリン妃(36)が、ロンドン市内のセント・メアリー病院で第3子となる男児を出産したと発表した。母子共に健康という。キャサリン妃は23日午前、陣痛が始まったため入院。出産のため公務を控えていた。長男ジョージ王子(4)、長女シャーロット王女も同じ病院で生まれている。名前の公表は後日になる。エリザベス女王(92)にとって6人目のひ孫となる。

平成30年4月23日、今までの経過における、石橋湛山先生による私への教えのもとに、私は、山口県萩市 日蓮宗 法華寺 本堂へ参拝にあがり、本堂にて焼香し、日英王室における弥栄についても、祈祷を行った。

同日、明治維新150年、英国王室 関係者と当家との友好親善における、今までの萩市における対応もあり、萩市 市民活動推進課 市民活動推進係長 兼 消費生活センター 兼 市民相談室 角屋祐一郎係長と面談し、その相談内容に関しては、萩市 総務部 総務課 秘書室 秘書係 高杉保江主査のもとへ私は、面談にあがり、その報告を入れておいた。

同日、萩市 明木 瀧口酒造株式会社 日本酒 「長陽 旭鶴」の酒造元へ私は、行き、私の曾祖父 以前における時代から 瀧口酒造 経営者 社長と、永年にわたり親交が私どもに、あり、当家が、日英交流の際 儀式の品と利用していた、日本酒 「長陽 旭鶴」 入手のため、また、今までの、その経緯の説明するため、私は、明木 瀧口酒造株式会社 酒造元 社長夫人と対談した。その後、「道の駅あさひ」 萩市大字佐々並に行って、瀧口酒造株式会社 日本酒 「長陽 旭鶴」にごり酒 等 入手し、お供え品として、当家の祭祀場へ、瀧口酒造株式会社 日本酒 「長陽 旭鶴」 お供えすることができた。

平成30年4月23日、衆議院議員 宮川典子事務所 政策秘書より、文部科学大臣政務官としての立場で、宮川典子代議士が、手作りされた活動報告書の送付いただき、宮川典子代議士の活動報告書をもとに、山梨県 身延町 等に関する話題の内容も含め、宮川典子代議士の寺西政策秘書と私は、対談することができた。


コメント

「わかば」「エコー」など旧3級品のたばこ6銘柄を1箱30円値上げ JTが4月から

2017年01月28日 | 日本酒
「わかば」「エコー」など旧3級品のたばこ6銘柄を1箱30円値上げ JTが4月から

日本たばこ産業(JT)は27日、紙巻きたばこの「わかば」や「エコー」など旧3級品と呼ばれる国産6銘柄を、4月1日から1箱(20本入り)30円値上げすると発表した。旧3級品に設けられているたばこ税の軽減措置が段階的に縮小・廃止され、増税となるため。同日、財務大臣に価格改定を認可申請した。

 4月1日からの新しい価格は「わかば」が1箱320円。以下「エコー」310円、「ウルマ」320円、「バイオレット」310円、「しんせい」310円、「ゴールデンバット」290円となる。・・・2017/1/27、産経新聞 16:31配信より

私のコメント : 日本たばこ産業(JT)は 4月1日からの新しい価格「わかば」が1箱320円。以下「エコー」310円、「ウルマ」320円、「バイオレット」310円、「しんせい」310円、「ゴールデンバット」290円となるように、麻生太郎財務大臣へ、たばこ 6銘柄、価格改定を認可申請した。



コメント

旭酒造会長「申し訳ない」 「獺祭」虫混入問題で陳謝

2016年12月27日 | 日本酒
旭酒造会長「申し訳ない」 「獺祭」虫混入問題で陳謝

日本酒の人気銘柄「獺祭(だっさい)」に虫が混入していた問題で、蔵元の旭酒造(山口県岩国市)の桜井博志会長が27日、記者会見を開いて陳謝した。

問題の商品は「純米大吟醸 獺祭三割九分」(720ミリリットル)。同社によると、混入したのはショウジョウバエの一種とみられ、瓶に酒を入れてキャップをかぶせるまでの間に入ったらしい。桜井会長は「(作業室内は)気圧を高くし、風が外に出て行く仕組みで虫が入りにくい。偶発的な混入が考えられる」と説明し、「ご心配をおかけして申しわけありません」と謝罪した。

この日、県岩国環境保健所の立ち入り検査を受けた。瓶詰めの直後にキャップをかぶせるように作業の流れを改善したという。(二宮俊彦)・・・ 平成28年12月27日(火)、朝日新聞デジタル 18時42分配信より

私のコメント : 酒造メーカー皆様からのご配慮についても、お祈り申し上げる。平成28年12月27日、山口県 柳井市役所 弘津多美恵 秘書課長へ 私から 簡易書留便にて、平成28年9月6日付け 連絡・通知文における、その返事がないため、島根県 益田市政策企画局 監査委員会・公平委員会事務局 職員へ、今までにおける柳井市役所 弘津多美恵 秘書課長に対して、その柳井市役所 行政事務 等に関する、私からの説明・連絡文も送り、柳井市役所 弘津多美恵秘書課長へ対し、今後、私が取るベき、その対応に関する島根県 益田市政策企画局 監査委員会・公平委員会事務局 職員からの助言 等を私は、得ることができた。






コメント

「日本酒」表示、純国産に限定 財務省が年内にも方針

2015年06月09日 | 日本酒
純国産でなければ「日本酒」とは呼ばせません――。政府のクールジャパン戦略の一環で、財務省がそんな方針を年内にも決める。今後増えるとみられる外国産の清酒と差別化し、日本食ブームに乗って本家本元の日本酒を、世界で味わってもらうのが狙いだ。

 これまで、日本酒のはっきりした定義はなかった。国税庁長官は年内にも、「日本酒」について、地名を商品名に使う知的財産権である「地理的表示」に指定。日本酒や英語の「ジャパニーズ・サケ」を名乗れる清酒を、国産米や国内の水を使って国内でつくられた清酒に限る方針だ。

 日本など世界貿易機関(WTO)の加盟国は、地理的表示に指定した商品を保護し、その地名を産地以外の商品に使わないよう取り決めている。英スコットランドの「スコッチ・ウイスキー」、仏シャンパーニュ地方の「シャンパン」が代表例だ。 ・・・ 平成27年6月9日(火)、朝日新聞 8時52分配信より


私のコメント: 山陰地方で寿蔵された日本酒も、おいしい。












コメント

日本酒・獺祭:「広がる純米大吟醸」新酒蔵で生産能力3倍

2015年05月23日 | 日本酒
日本酒・獺祭:「広がる純米大吟醸」新酒蔵で生産能力3倍

純米大吟醸「獺祭(だっさい)」を製造する山口県岩国市周東町の旭酒造(桜井博志社長)が本社蔵を建て替え21日、公開した。

 新しい本社蔵は鉄骨地上12階、地下1階建て。12階に「獺祭ホール」を置き、11階から下が製造部門になり▽米を洗い、釜で蒸す原料処理室▽1800リットルタンクが100本並ぶ発酵室▽麹室▽酒粕処理室▽貯酒室−−と、上から原料を投入し、下に向かって酒が造られる仕組みにした。2、3階に社員食堂、1階に事務所を構えた。従業員入り口にエアシャワーを設置して、衛生面も強化した。また、隣接して製造部門のほか瓶詰め室もある第2蔵(鉄骨地上4階、地下1階建て)も新設した。

 新しい本社蔵と第2蔵で、従来の約3倍、一升瓶500万本の製造能力となる。6月8日に本格稼働し、一升瓶で今年9月期160万本▽2016年9月期240万本の製造を見込む。【古賀亮至】 ・・・毎日新聞 2015年05月21日 17時34分(最終更新 05月21日 21時44分) 配信より


私のコメント: 2015年05月21日、私は、純米大吟醸 「 獺 祭 」を製造する山口県岩国市周東町の旭酒造(桜井博志社長)が本社蔵を建て替えられて、今回、その公開された新しい 蔵・鉄骨地上12階、地下1階建ての社屋を私は、訪問した。岩国市周東町 旭酒造 桜井博志社長による、今までにおける、その本社蔵を建て替えに関わる、その調整をしていた関係者への御礼 等について、今後、なりゆきを見守っていきたい。







コメント