Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

記憶を呼び起こすために

2019-08-12 | 雑感
ミュンヘンの「パルシファル」のストリーミング録画を鳴らした。先ず眠たくて仕方がない。朝起きして一走りしてきたからだ。夜中の最低気温は摂氏16度ほどで起床後窓を開けても涼しい。だから森の中も15.5度だった。しかし陽射しに当たって走ると直ぐに暑く感じた。夕方には27度にまで上がる予報だ。なんとか峠まで上がって下りてきた。体調はあまり良くない。下りに脇腹のぜい肉を感じた。先日摘まめるのを確認した贅肉である。どうも夏場は無暗に筋力を使わないようにしているので、脂肪が離れるらしい。離れると脂落としは容易である。今までの経験上この脂が運動で邪魔になると感じれば、落ちるのは時間の問題である。漸く夏太りからシェープアップへの季節となって来た。今夏は冷たい食事をして胃腸を弱らすことも無く過ごしやすい夏となった。

帰宅、シャワー後にニューヨークフィルの放送を聞くと、新曲をヤーパァン・ズヴェーデンが振っていて、いい音を出していた。なるほど力のある楽団だと思った。観客も沸いていて、これは来年の欧州ツアーが楽しみになって来た。昨年九月の演奏の一部であるから、直前の準備の中継録音放送は大分先になりそうだ。

2018年7月8日のストリーミングの録画を流してみた。前奏曲が始まって「あれこれは」と思って流していると一挙にこっくりと居眠りして、アンフォルタスの声で目が覚めた。急いで楽譜のページを捲ると、やはり気が付くことがあった。初日の演奏の記憶をもとにあれほどダイナミックスや表情記号を丁寧に演奏してと考えていたのが、いつものペトレンコのこれでもかと言う細かな拘りが、次から次へと抑えられているのを確認。

気になって、自身の当時の記事を読むと、フランクフルターアルゲマイネの批評に「特に一幕において、独自の控え目さが目立った」とあるではないか。初日とはまた違う筈だが、ここではまさにその通りの所に気が付いた。更に先日のミュンヘンのティール氏ではないが、「続く」と書きながら筆を留めている。実は当夜の記憶を呼び戻そうとしている。最終的にはもう一度初日の留守録音を聴き直したいが、それ以前に自分自身の不満がどこにあって、続きを掛けなかった理由と、初日のカーテンコールの情景を思い浮かべたい。

不満の一つに座席の音響が今一つよくなかったことがあるのだが、当夜のメモを再び解読してみないといけない。留守録音自体もじっくり聴いていない。記憶を上書きしたくはないのもあるのだが、それだけでは無かったかもしれない。勿論素晴らしい演奏だったが、引っかかりはどこにあるのか?

帰宅後に、「サクサクと進んだが車庫出しで21時20分」書いた。始まり16時で予定終了時刻が21時15分であったから可成り淡白に出てきたことになる。確か帰りに下の階で拍手をしたぐらいの程度だったのだろう。やはり満足度は低かったのか?

しかし一幕以上に二幕、三幕と満足度は上がっていたようで、必ずしも音響の問題では無かったという事なのだろう。同時に、ストリーミングを聴くとここはベルリナーフィルハーモニカーなら更なる表現になるだろうという個所は直ぐに出てくる。そもそも蓋付のバイロイトの祝祭劇場の為に創作された舞台神聖劇であり、思うように響かせるためのファクターは幾つもある。

バーデンバーデンの復活祭の残券状況をチェックした。何よりも驚いたのは、ハルトマン作曲の室内オペラ「阿呆物語」三公演が完売していることだ。歴史的な小劇場の座席数は500席なので、延べ1500席が売れたことになる。延べニ割強は出演者の家族や関係者としても千席以上は通常に売れたことになる。なるほど入場料は一律25ユーロと格安なので地元の人が多く買ったかもしれない。少し出遅れたが初日だけでもいい席を押さえておいてよかった。



参照:
見所をストリーミング 2018-07-09 | 音
十七時間後に帰宅 2018-06-30 | 生活

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