Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

近くて遠いバイロイト

2019-08-16 | 雑感
先ずはいつもの小旅行記。近くて遠いバイロイト。帰宅は眠くなければ3時間で帰れた。記憶通りとても走りやすい。真っ直ぐではなくカーヴともいえない流れなのだが、スピードを出してもハンドルを取られない程度である。何よりもニュルンベルク・ハイブロン間は上下が少なく、薄っすらと下っている。これがとてもいい。だから疲れない、眠くなる前に、飲み食いしながら運転可能となる。夜間のトラックも少ない。

そして往路は上りながらも比較的走りやすかった。やはり平坦なのがいい。交通量最大ニュルンベルク環状も越えて、これでと思った。14時に市内で待ち合わせで、その時点で12時を少し過ぎていたぐらいなので、残り80㎞程なので、時間にして一時間見ておけばよい。つまり途中で一時間のピクニックで時間調整となる予定だった。そもそも道中の「パルシファル」の録画再生がまだ二幕までしか進んでいない。最後まで通して聞くのは難しいかなと思った。

そして10㎞ほど進むと待機帯側にトラックが並び出した。国境でもないので検問でもしているのかと思ったが、どうもアウトバーンを下りる車の列だったようだ。その列を横目にどんどん進んだ。二キロぐらい進んだところで渋滞となった。万事休すだった。十分ほどで後ろから桃色の長い車が来たと思ったら霊柩車だった ― それで10歳にもならない女の子が運ばれたことになる。そこから事故渋滞で数キロ走るのに二時間以上掛かった。今まで巻き込まれた事故渋滞でベストファイヴに入る酷さだった。その内一回はスコットランドからイングランドへの五時間以上のM1での大渋滞、もう一回はバイロイトに向かうハイルブロン周辺での大渋滞だった。なぜこうなるのだ。

その事故の報道を読むと既に9時過ぎに事故は起こっていて、結果横を通り過ぎた霊柩車でその場で死亡した小さな女の子が、41歳の親父と息子がヘリで輸送された。その場で蘇生を試みたようだが、写真を見ると車内から引き出すのに時間が掛かったのだろう。霊柩車が通ったのは12半頃で、そこから二時間だから、何をやっていたのか?記事によると事故検証に時間が掛かっていたとある。

事故自体が車に何かが起こって待機帯のトラックにぶつかったとあるが、トラックもなぜ止まっていたのか?車のタイヤの薄さからするとチューンアップしている感じもする。タイヤの破裂がもっとも起こりそうだが、それならば見分けがつく。

なによりも不可解なのは、警察が誘導しなかったことなのだが、下ろして迂回させる交通量を捌ける国道等が無かったのだろう。要するに居残ったものには二時間以上待たせるという方法が選択されtらことになる。ナヴィゲーションが果たらなかったのが幸か不幸かは分からないが、結局待ち合わせの場所に着いたのは15時10分過ぎだった。

また、完全にストップしてしまうと歩き出す人が増えるが、雨も降っていたので、小用に出るものぐらいだった ― 霊柩車を見た者はまるで弔いに居並んだようなものだと感じただろうか。10分おきにストップアンドゴーに数十メートル進むというのがまた燃費を悪くした。踏んだり蹴ったりだった。



参照:
バイロイトへの道程 2019-08-15 | アウトドーア・環境
アウトバーンでの救急車両 2017-07-06 | 雑感

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