Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

雲の上の世界の頂点

2019-03-21 | 文化一般
昨年のヴィーンでの公演からクリーヴランド管弦楽団の実況録音放送を聞いた。ベートーヴェンプロである。他のことをしていて交響曲二番の頭を聞けなかったが、技術的にも全く良くなかった。会場に慣れていない訳ではないのは、そこでのマーラーの六番などの名演奏を知っているからで、なにをもたもたしているのか分からなかった。不思議に思ったのは本拠地での交響曲八番が名演奏でこんな筈はないと思ったからだ。

次の「田園」は、 それに関する監督インタヴューに続いて始まったがやはりどうも最後までおかしい。更にアンコール前に再びインタヴューでなぜレオノーレ三番を前でなくアンコールに持ってくるかの講釈があった。この件は「フィデリオ」上演にも係っているので今は深入りしない、しかしその演奏も大した演奏ではなかった。

詳しくは細かく調べてみなければならないが、少なくともこの「プロメテウス」というプロジェクトは欧州では通じないのでヴィーンと日本と本拠地でしか演奏されなかったのは十二分に理解できた。同じようなことを指揮者インタヴューで、つまり写実的でなくて詩的とか上手に表現しているのにも拘らず、ブロムシュテット指揮の先日放送された「田園」の演奏の方が遥かに良かった。それも技術的にも興味深い演奏をしていた。大変高アヴェレ-ジに様々なレパートリーをこなす指揮者ヴェルサーメストであるがこんなところに弱点を見せるとは思わなかった。

もう一つはっきりしたのは、フィラデルフィアとその弦楽陣だけをとっても、クリーヴランドは劣るということがはっきりした。今アメリカでもっとも聴衆が若いようだが、その背後事情はよく分からない。しかしどちらにしても世界の頂点で鎬を削る管弦楽団には違いないことを改めて思い出させてくれたのは、カールツルーへ訪問だった。

前回は日本の国立劇場監督大野が監督として振っていた時で、今回が二回目だと思う。生憎指揮は小澤の弟子の現音楽監督の英国人ではなくそのアシスタントのスイス人が振ったのは大ハンディーだが、そしてラトル指揮ベルリナーフィルハーモニカーが演奏してもしっくりいかない難しい曲であることは前提としても、このようなジンタのような座付楽団も久しぶりだった。音取りからして合っていないのだからもうどうしようもない。指揮者が素人でも合奏が悪いとか動機付けが出来ていない以前に、個々人の技術が低い。昨年暮れのマンハイムの座付も悪かったが、「マイスタージンガー」の楽曲に慣れていることもあるのかもしれないが、ここまでは酷くなかった。更に歌手陣も合唱団もマンハイムの方が流石に上だった。唯一ましに感じたのは少女合唱団だがそれでも技術的には知れている。

なるほど前回「利口な女狐」はクリーヴランド管弦楽団の恐らく歴代で最高の演奏を聞いていたのでその落差が大き過ぎる。世界の頂点と底辺の高度差がある。そして日本からここへ態々聞きに来る人がいるということで、日本のオペラのその水準が窺い知れるというものだ。三流から四流言いたい。二流には程遠い。これでも連邦共和国の指折りの州立劇場であり、下から一つ目か二つ目か知らないが、フランクフルト市立劇場よりも遥かに悪い。ハムブルクなどはここからは雲の上で全く見えない。ペトレンコ指揮のミュンヘンのオペラ劇場の水準に慣れて、久しくオペラ劇場の程度の低さを久し振りに味わった。とんでもない税金の浪費である。そんな予算があるなら同じ週内のバーデンバーデンに回せと言いたい。

二人の並んだ写真が飾ってあったが、よくもヴァルトラウト・マイヤーが先週末に歌ったが、それも「エレクトラ」などを芋のごった煮のような座付楽団と歌って恥ずかしくないのだろうかと思う。これならばマンハイムでレオノーレを歌ったカムペの方がまともに見える。



参照:
オペラとはこうしたもの 2018-11-12 | 文化一般
細い筆先のエアーポケット 2017-11-03 | 音
州立歌劇場でアニメ鑑賞 2019-01-29 | 文化一般
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