Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

散髪を済ませた理由

2019-05-04 | 生活
今晩からバーデンバーデンの逗留すると、ゲルハーハー、ジメルマン、ヴァルトラウト・マイヤーのリサイタルを三日続けて、52ユーロで特等席で聴ける。一週間先ならば同じように三泊で、ダマロウ、アムラン、ユリア・フィッシャーのリサイタルなどを47ユーロで全てを聴ける。どれも四割満たない入りでガラガラだから自ずといい席へと移動する。

私が行くのはアムランとの室内楽会だが、それだけはマティネーで小ホール扱いになっていて9ユーロしかしない。序でに追加発注した復活祭の券を二枚ピックアップする。それでもアムランの演奏するショパンを二曲聴ける。それ以外は中ホール扱いになっていて、音響自体は悪くは無いのだが入らないとなると士気が上がらない。クーアーハウスか市立劇場でならば押し寄せるような出し物かもしれない。祝祭劇場の稼働を率を上げるために安いコストで催しただけなのかもしれないが、結構な名前が並んでいるだけに残念である。

この週末は、そのショパンのポロネーズとスケルツォ、そしてドホナーニのハ短調の五重奏、ベートーヴェン132ヘ長調を勉強しつつ、再来週の千人の交響曲を準備する。そのあとは、アイヴスの交響曲四番、フランクフルトでのオペラ二曲にサロメで、先ずはシーズン終了である。

新聞の政治欄を開ける。チェコのナショナリスト政党のトミオ・オカムラがオランダのヴィルダースとルペンに囲まれた写真と記事が載っている。仲間のイタリアの内務大臣サルヴィーニのヴィデオメッセージもあったようだ。要するに連中は反EU支配のBrexitと同様の声を上げるポピュリスト集団である。実際に11%の支持率のある「自由と直接民主主義の政党」のオカムラは、EUが無くても欧州は一緒にやって行けると主張して、スリムの追放と呼びかける。ドイツのAfDなどと同じ主張で一寸聞くと皆が「それはよい」と思わせるところがポピュリズムと言われる所以である。

そこで、カウンターとしての声は、ケルンでも市の音楽監督フランソワ・ザヴィエーロートとケルンのフィルハーモニー支配人が呼びかける「多様な声と寛容な欧州」への無料招待の5月8日に開かれる音楽会である。ここで注意しなければいけないのは、歓喜の歌がEUの歌とされるような欧州の共通の価値観への義務を感じる」とする声明である。つまり、右翼ポピュリストが叫ぶ声は反グローバリズムやイスラムズムであるのに対して、こちらは明らかにその価値観という理念が存在する。

その理念とは、批判的にせよ啓蒙思想から導かれていることは、特に音楽芸術の場においては明らかとなる。ケルンの場合はハイドンとベートーヴェンがそこに並べられた。前者のフモールと後者のヒューマニティーの組み合わせとなる。

キリル・ペトレンコは、先の新シーズン紹介で、第九の価値について語っている。それをして「人類のメッセージとして宇宙に伝える価値」に言及していて、全人的に人類の肯定的なそして否定的な全ての面を抱合しているとしている。これは明らかに批判的な解釈としてよかろう。そこが異なるのである。 

朝晩と冷えそうであるが、散髪を済ました。これでボーデンゼー行きと上手く行けばワインフェストまで凌げる。7月の「サロメ」行きまで通せるかどうかは不明である。暖かいうちに済ましておかないとTシャツで出かけられなくなって、これまた都合が悪くなる。それが急がせた理由である。



参照:
いざアルテオパーの心 2019-04-29 | 生活
2019年復活祭の座席確保 2018-03-21 | 文化一般

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