Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

海の潮は藍より青し

2005-08-28 | 文学・思想
「これを壊しちゃいけないぞ。これがこわされるようなら、世界はもうおしまいだ。そうならないために、僕はどんなひどいことでもするだろう」

フランクフルト市立歌劇場で三島由紀夫の「午後の曳航」を素材とした、ゲッツ・フリードリッヒの演出で1990年にベルリン初演された、作曲家ヘンツェのオペラ「裏切られた海」のプリミエーを2002年3月9日に観た。

舞台台本の定まりとして、回想シーンは先に出て、時間の流れに沿うように原作の前後の入れ替えをしてある。オペラ台本は、切りつめて暗喩によって根幹構造に迫ろうとしている。

舞台は、近年の常套であるスクリーンを使い、海の波と航行する船首吃水や夕焼けのカモメ、さらに主人公の十三歳の少年・登が母親房子の寝室の壁の穴を覗く眼が、映像を使って表現された。舞台で印象に残ったのは、登が閉じ込められた鍵を掛けた部屋を、紗のこちら側と向こう側で空間を効果的に分けた紗の正方形の巨大な引き戸である。さらに海の映像に向かってハーフパイプ型の塀にすることで歪んだ空間となった。しかし実際は抽象的な舞台ではなく、船の内部や中学校風の建物を鉄筋やコンクリートの質感の構造物として、物質的で冷たい近代社会の感覚に訴えた。

音楽は繊細かつ雄弁、感性豊かで壮大な心象を描く。冒頭から反行系のような音列を使い、物語が発展していくのではなく、本来あるべきところに収束していくことを予感させる。登場人物である房子と、その愛人で二等航海士の竜二を一定の枠内で描き分ける統一化の構造と、海の波を七種類も書き分けた差異の変化を技術的卓越が楽しませる。

元来三島の小説では、狂人が登場するものは皆無であり、そのような心理描写はもっとも縁遠いもので、現代人のそれであることを思いおこさせる。1926年生まれのハンツ・ヴェルナー・ヘンツェ(三島の一つ下)の書法は、その初演年からすると古色蒼然としているが、この熟した自由な筆は一筋縄ではいかない現代を保守的な舞台芸術で表現することに適している。

リズムは少年の動悸のように細かに刻まれる小さな鼓動からクライマックスまでの推移に、打楽器の繊細な表現は、一幕の夏から休憩を挟んでの二幕の冬までを息付かさない。音楽が大きく叫ぼうとするときは、決して爆発・運命的な出来事が起こるのではない。少年たちの世界も大人の社会と同等以上な価値を持って、壮大な心象風景画が表現される。それは、今日も現実のどこにでもあるような風景で、そこに内蔵する本質的なものに、1970年代の赤軍派を思い起すのか、モスリムの聖戦へ向う若者を想起するかは人其々だろう。

演出で気になったのは幕切れの台本である。結婚を決め陸に上がる船乗りの竜二が登らの少年グループに桟橋に呼び出され殺害されるシーンを、一幕の猫を叩き付けての殺害シーンと対応させたのは良いが、最後に電気鋸を背後から首に叩き付けようとする終止にしたのは、三島の自殺ならびにそのシーンを - コッポラが映画「三島」で同じ事をやった様に - 「避けて通れない宿命」の様に感じさせる。

こうなると、三島が三十八歳でこの原作「午後の曳航」を書き、数年後には死んでいったのは必然におもえてくる。「パパ、人生の目的っていったいあるんですか」と聞く登の少年グループの首領の問いに、大江健三郎氏が「僕は三島さんのようには自殺しません」とちぐはぐに答えているようだ。



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6 コメント

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ヘンツェのオペラ (veronique)
2005-08-30 04:53:53
pfaelzerweinさん、こんばんは。

先日、ジェラール・モルティエ氏のことでトラックバックいただきましたveroniqueです。ありがとうございました。

ヘンツェのオペラは今年の4月に『おやゆび小僧』と

新作の『The Bassarids』を運よく観ることができました。

研ぎ澄まされた純粋な音楽がとても美しかったです。

4月のページをリンクしておきますので、よろしかったらご覧くださいませ。



舞台背景に映像を映す手法ということでは、5月に観た

ピーター・セラーズ演出の『トリスタンとイゾルデ』がたいへん詩的な映像で、評価が高かったです。



これからいよいよ観劇シーズンが始まり、楽しみですね。
興味ある音楽劇場作品群 (pfaelzerwein)
2005-08-30 16:05:05
veroniqueさん、コメントありがとうございます。ヘンツェのオペラは、本国でも十分に体験する事は出来ません。これらの興味ある音楽劇場作品群を一望にするには、リヴァイヴァル連続上演がなされないと難しいです。これに較べると多作の交響曲の体験は、遥かに容易いですね。



パリは良いですねと思いましたら、ストの余波をイタリアに負けずして受けているようで、企画を立てるのも大変そうです。



セラーズ氏がトリスタンまで手掛けるようになったのは知りませんでした。ヒンデミットの「キャデラック」など目白押しのようで、早速HPを覘いてみないとと思います。



今後とも報告を楽しみにしています。
知りませんでした。 (ワタシ。)
2005-09-04 20:02:53
TBありがとうございます。



三島作品の中でもワタシが一番に大好きな「午後の曳航」を素材にした舞台があったなんで知りませんでした。



あの「ヒミツの覗き穴」がちゃんと映像化されて舞台のモチーフの一つになっているなんて。是非観てみたいと強く思いました。

舞台を観るのは好きですが、まだまだワタシの知らない作品やジャンルがたくさんあって、なかなか自分自身の知識が追いつけません。



色々勉強させてもらうべく、こちらのブログにもまた遊びに来させてもらいますね。



母子の関係 (pfaelzerwein)
2005-09-05 06:26:50
ワタシさん、コメントありがとうございます。このオペラは、東京でも一昨年ぐらいにベルリン初演の演出が上演されたと聞いています。舞台の面白いところは、観衆が反応しながら劇場空間を作っていけることですね。



この原作の少年を、読者の男性・女性で捉え方が違うというのも、母子の関係を見る時、正しいのでしょう。作曲家も個人的にこの辺への思い入れがあったのだろうと思いました。



こちらこそ、RSSリーダーで巡回させて頂きますので、宜しくお願い致します。

Unknown (虎ゆっこ)
2005-09-30 14:14:23
TBありがとうございました。

お礼が遅くなり申し訳ありません。



非常に興味深く拝読させて頂きました!

素晴らしい・・。



今後とも宜しくお願いいたします。
虎のように激しく? (pfaelzerwein)
2005-10-01 03:11:23
虎ゆっこさん、コメントありがとうございました。てっきり阪神優勝のメッセージかと思いました。



虎のような激しいお話を今後とも読ませて頂きます。こちらこそ宜しく。

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