Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

落ち着かない一日

2019-04-13 | 生活
一日中仕事にならなかった。次から次へと最後の広報活動が繰り広げられて、そこに乗ってしまうと簡単にヴォランティア―の域を超えてしまった。更に13時30分からツアー中のクリーヴランドの管弦楽団生中継となると全く時間が無くなった。

広報の手伝いで何枚売れたかどうかは分からないが少なくとも来年以降の活動に影響を与えたと思う。それで本望である。前日のSWRによる総稽古報告内容を観ると、バーデンバーデンの復活祭が完全に今でとは異なる次元に入ったと確信した。なるほど昨年の「パルシファル」もある意味ミュンヘンそれよりも価値がある面もあったが所謂音楽劇場としての芸術的な意味は皆無だった。その責任は、決して演出にあるのではなく、素人劇場指揮者ラトルにあると確信した。

メータの指揮姿が一瞬映るだけで、これは違うと思った。何が違うかというと、ある意味散漫に見えても舞台の上から裏までに気が回っていると直ぐに感じた。恐らく経験というもので、それは無能なティーレマンのような指揮者にも備わっているもので、やはり埃だらけの劇場で長く勤めていないと身につかないものなのだろう。

故モルティエの遺書に書いてあるのは、指揮者が制作の最初から影響を受け、与えながらの過程が出来る人と出来ない人とが存在するということで、ツェッチマン支配人でさえその緊張関係に言及していたぐらいだから、まさしく劇場の舞台裏の人までを含んでの制作なのである。指揮者メータのどっしりと落ち着いた姿勢はそれだけでも存在感がある。ラトルが必死に練習して振っていても到底及ばない覇権である。総稽古ではアンサムブルが締まら無かったがどこまで初日に持ってくるか?タイトルロールを歌うスケルトンは少なくともトリスタンよりは声があっているようだ。よく出ている。

なによりも気が付いたのは、動かさない演技の中での身体の腰の入り方で、それによって緊張と緩和を表現する方法への言及で、正直今まで経験したジェシー・ノーマンの重量級のステップの左右への揺れでは殆どばかげて見えたものだった。しかしどうも予想通りドラマチュルクの指示がドラマを作っている。そもそもヴェルディの歌劇の本質は権力構造の表現であるから、嘗てヴェルニッケなどがトゲトゲの舞台で見せていたよりも、今回のウイルソンには拮抗する巨大な力があるように感じた。フィルハーモニカーが取り下げた写真には赤に血のように染まった幾何学的部分もあり、舞台も楽しみだ。

近場なので燃料もそれほど重視しないといけないことは無いが週明けにも二日続けていくので、少なくとも二往復分は給油しておいた。車ではプファルツからカールツルーヘへのラインの橋がこの二回の週末に閉鎖される。自分は通らなくとも南行の車が皆フランス経由で走るとなると渋滞も警戒しないといけない。買い物もあり、チィケットも取りに行かなければいけないので、14時前に出なければ間に合わない。

本来ならば北京からの二日目を録画するところだったが、コンサートマスターのドイツ人が、とってもMeTooで辞めた親仁の程度でないことを確認して、ここ暫くのこの楽団の低調ぶりを確認した。あれならばキュッヒルとそれほど変わらない。まさか世界の頂点があの程度では到底務まらない。来年の欧州公演までに新任が入らないと楽団の評価がガタ落ちになるだろう。メストもそろそろ辞めるつもりならば放っておくのかもしれないが、弦だけでなく全体が軋んできて仕舞っている。



参照:
ドライな方が上手く鳴る 2019-04-12 | 文化一般
ポートレートの色合い 2019-04-11 | マスメディア批評
声楽付き楽劇「トリスタン」 2016-03-22 | 音
ジャンル:
インターネット
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