Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

彼らの勇気と行動を讃えよう

2011-06-27 | SNS・BLOG研究
ライプチッヒ弦楽四重奏団が素晴らしい音楽を東北の被災地に響かせたようである。その現地からの報告がBLOGに載っているのだが、それを巡ってすねっからしのスト破り野郎としてこの四人を叩く同業者が絶えないことをFAZが伝えている。

要するに、芸大との繋がりもあり腕もありレパートリーもとても広いが、かなり芸術的には保守的なこのドイツ代表する、もはや練れて十分にベテランの四重奏団に対して、日本公演をなんとかキャンセルしたい仲間内からの嫉妬のようなものが爆発したらしい。バイエルンの歌劇団、ベルリンの交響楽団、ドレスデンのフィルハーモニーと秋から日本でスケジュールが入っている団体では、ユニオンなどが健康被害を考えて日本旅行を出来るだけ避けたいからなのである。

ベルリンのそれは既に仙台公演をキャンセルしたが、殆どの楽団や音楽家は福島どころか東北さえも訪れないのだが、彼のプリマドンナのように、かつての友人などの被曝の長い苦しみを理由として、日本行き拒否を強く宣誓したので、日本での外来は八割方がキャンセルしたといわれる。

そうした中で、五月には手筈が整わず叶わなかったが、被災地でのコンサートのために態々六月に再び出直したこの人たちはどうした人たちなのだろう?多くのものは売名行為やそのポーズで日本を訪れるが、郡山や南相馬町まで訪れるこの人たちには頭が下がる。そして彼らは、場所によればドイツの都市よりも放射能が少なかったところもあるぐらいだと、ドイツの過剰反応をヒステリーとして批判する。

なるほど、現在の空気中の放射線の強さはその程度だろうが、内部被曝も何も考えずに発言する彼らは、ちょうど今の日本人がおかれるようなところから出所した典型的な東ドイツ人なのだろうか?それは彼らの奏でる音楽の「現実の環境のない作り物」にも十分に表れているのではないだろうか?覚醒できていない芸術家など必要なのだろうか?放射能は、どんなに感覚の優れた芸術家でも感じることが出来ない現実の環境なのである。

芸術家としてはともかく、彼らが供出する最上質のミューズは、彼らのまことのヒューマニティーとともに、被災地の子供たちにも間違いなく伝わったと確信する。その芸術家としての主義主張はともかく、その連帯と行動に最大の賛辞を厭わないだろう。両親を失い何もかも失った少女が手元に残ったトラムペットに見出す希望とは、きっとそうした環境にあるのは間違いないのだ。

そして再び我々は、あの理不尽な原発事故に思いを馳せるしかないのである。少なくとも政府や東電が何もかも正直に国民に正しい情報を流すように開かれていたならば、「生き残り、逃げ遅れた被災者たち」にもこうした善意の連帯が今とは比較にならないほど示された筈だ。神戸の震災のときと比べてヴォランティアーも少ないという。その責任はこましゃくれた情報操作と管制にある。一度その情報に信用がなくなれば何も信用できなくなり、五里霧中に膨らみ解けない疑心暗鬼が放射線を浴びたガスのように漂い続ける。

エアバス社が今回の英断を援助して、東京の大使館が全面協力した。音楽家は、ハリボ社などによって用意されたお菓子や防止やバッチなどの子供たちへのお土産をいっぱい詰めたバスで福島へ、大船渡へ、渡町へ、仙台へと一路北に向かったのであった。

彼らによって、ベートヴェンの神への感謝やハイドン、そして日本で人気のドヴォルジャークの「アメリカ」などが演奏されたようだ。どんなにか素晴らしい音楽が奏でられたことだろうか。



参照:
Tag 5: Wataricho, Miyagi Prefecture,
Tag 4: Sendai, Miyagi Prefecture,
Tag 3: Kesennuma, Miyagi Prefecture,
Tag 2: Ofunato, Iwate Prefecture,
Tag 1: Kooriyama, Fukushima PrefectureLSQBlog
Musik in Trümmern, Christian Wildhagen, FAZ vom 27.6.2011
溶解したアンナのドタキャン 2011-06-04 | 女
ジャンル:
東日本大震災
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