Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

画像の質も生と比べると

2018-07-19 | 雑感
前日の走りで太ももに違和感がある。痛みとはならないのが味噌で、平素から動かしているからだ。それでも普段よりも負荷が強いと違和感となって感じる。本日も同じような天候で気温も上がりそうなので、事務机に齧りついて昨年度の税金申告の領収書類整理をしよう。週内に終われば楽になる。週末になると、先日の「パルシファル」の実況再放送などがあるので、それが終われば愈々八月末から秋の準備となる。

散髪も床屋が夏休みに入るまでに出掛けたいが、もう休んでいるのかどうかも分からない。まあ、二週間ほど伸ばしておいても苦しむことは無く、最後のサマーカットをどの時期に合わせるかの試行錯誤となる。九月も急に寒くなることはなさそうだがどうだろうか。この朝晩の涼しさから地面も大気も温まっていない。昨晩も夜遅くまで気温は高めだったので、しばらくバルコンの寝椅子で横になっていたが、寝室を開けたままにする必要などは全くなかった。ベットのシーツも取り替えたので汗は掻きたくないが、とても気持ちよく眠れた。但し前日に充分な水分を摂取しなかったので、夕食後に少しつかえる感じでまたまた腹の周りが気になった。

夜のお楽しみに、ミュンヘンから持ち帰ったミニトルテの三つ目を食した。ヨーグルトムースにキイチゴだ。その前のマンゴも悪くは無かったが、こちらの方が食べ甲斐があった。余り種類は無いのだが結構癖になり飽きない。三つも購入するならば普通の大きさでも5ユーロ高く20ユーロ位なので考えてしまうが、大きくなると種類が食せないだけでなく、触感も異なるかもしれない。但し、包装する時に保護するために巻いて貰う材質が二種類あって、やはり固い方を巻いて貰わないと危ない。次回は固い方と指示をしよう。

一緒に持ち帰った雉のテリーヌも夏で心配したが、全く冬同様に楽しめた。やはり新鮮なものしか売らないのだろう。塩気など味も変わらず改めて感心した。持ち帰りの可能性がいろいろと分かったので一度カナペー類も試してみてもよいかもしれない。

ネットを観ると、今回の再演に合わせて、「三部作」と「フィガロ」のハイライトのオフィシャル映像がYouTubeに上がっていた。急いで関連記事にリンクを張った。特にヤホの修道女は皆待ち焦がれていたものなのだが、触りだけでも上がったのはよかった。パパーノ指揮の初舞台のコヴェントガーデンのそれと直接比較可能なのがよい。自身のコピーした映像も見返したが、先頃「パルシファル」を高速回線で録画したのとは違ってやはり1Kではないので、少し新鮮度が薄れた感じがする。幾ら目が悪くても画像の質も生と比べると大分違うものだ。

今回の上演で注視していたのは、三部「ジャンニスキッキ」の"O mio babbino caro" のところの拍手の問題だ。放映の時はサクラの一声で引き締まったが、今回は指揮者がどうするか見ていた。初めから止めるように複終止線を入れていた。つまり拍手しやすい形を作っていた。初日の時は確かにはっきりしなくて、拍手も戸惑っていて切れが悪かったが、結局落ち着くところに落ち着いたという事か?言うなれば聴衆をも見えないながらも指揮していることになる。勿論そこだけでなく全体のドラマテュルギーから、テムポ運びをとても喜劇的な緊張と緩和にしていた。そのような箇所ではマエストリを指揮しながら「やって」と一緒に楽しむそぶりを見せるのだ。決してキリル・ペトレンコの音楽と指揮は劇場向きではないのだが、こうした劇場的な間と息を二十五年ほど掛けて学んできたことになる。精々批判しようと思うのだが、また誉めてしまった。

「神々の黄昏」の上から二番目が213ユーロで出たようだ ― 「ジークフリート」の王のロージュは193ユーロだった。見過ごしたので分からないが、サイドのロージェだったかもしれない。問題は価格で、二月の時と比較してそこまで価値があるかどうかだ。ロージェなら価値はあるが、歌手の相違は僅かである。一寸高いかなという気はする。



参照:
毎日、一期一会 2018-07-05 | 生活
考慮する戦略的推進策 2018-07-04 | ワールドカップ06・10・14
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