Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

バロックオペラのジェンダー

2005-02-20 | 
ファリネリと云う名前を、ご存知だろうか?昔、仕事仲間だった同性愛者がファリネリを描いた映画に感動してサウンドトラックまで持っていた。18世紀に大活躍した偉大なカストラートである。カストラートとは去勢のされた男性の歌手である。元々、カトリックの教会行事に女性が参加出来なかったので、多声のミサのための高音の声が必要になり、16世紀には少年の声を持ち体力と技術のあるカストラートを使った。それがバロックオペラ興亡に合わせて、18世紀に頂点を迎えた。

彼らはロンドンに招かれて、既に斜陽していたバロックオペラを作曲家ヘンデルらと幕引きをした。当時は、ザクセンから戴冠した英国国王の影響で上から下まで派閥を作り独特の社会状況があったようだ。ヘンデルもオペラ団を作りカストラートを使って宣戦している。しかし最終的には、オラトリオという断食期間に上演されるジャンルへと活動を集中させていく。バッハが中部ドイツの新教の教会音楽の伝統を引き継いで保守的な世界で、受難劇オラトリオを作曲したのと対照的である。

最後のカストラートは、二十世紀初頭に絶滅した。その後、この声部は裏声によるカウンターテノールによって受け持たれている。これを去勢の代用とすると、その表現力で本物を凌ぐ事は難しそうで、残念ながら十分に芸術表現出来る歌手は極々限られる。実際ファリネリ自身は、皇帝カール六世の伴奏で歌い好意に満ちた忠告を受けて、当時の華麗な技巧から情感表現へと重点を移行したという。ヘンデルのオペラやオラトリオにみる表現を調べるとその当時の彼らの実力が窺われる。ヘンデルの初期の仮面オペラ「アチスとガラテア」と、興行上ファリネリの対抗馬名カストラート・セネシーノを起用したその後のオペラは大きく違っていく。さらに後年オペラからオラトリオへと作曲家の興味も移ると共にカストラートも本来の宗教的な役目に戻って行く。

ナポレオンによって去勢が禁止されたのは有名だが、フランス革命の影響は意外に忘れ去られている。つまり低音は父性的であり、父性は性的な享受から遠ざかる事によって権威を維持したという封建支配構造が存在した。オペラにおいて高音は、低音の声とは反対に上声部として溢れる情感を細やかに表現する。社会状況が、芸術の構造に影響を与えるのは当然である。興味のある向きは、バロックから古典派への音楽的移行をここに辿る事が出来る。差異の顕著な作曲技法にまで深入りしなくとも、ボーマルシェの革命劇「フィガロの結婚」に作曲したモーツャルトの意図的な強調等(作曲家はほくそ笑みながら不敵な革命的メッセージを随所に散りばめている)や「ドン・ジョバンニ」における「バリトンの性」の活躍はその状況を端的に表している。

オペラの伝統の中で女性が男性を演じるズボン役というのがここでは併用されたりしていて、これが複数のカストラートの役と競演するのも面白い。これを商業主義の中での性の倒錯として捉えて納得してしまうと多くの事が謎のままに終わってしまう。ある時はカウンターテノールでは得られない青年的な力強さで、ある時は現代の中性的なアルトでは得られない清楚さを持って歌われた。この声部を欠く事が、ヘンデルの音楽の真価の再現を妨げているかもしれない。それが創造された当時の社会を背景とした、首都に同性愛を公然とした長を持つ今日の社会と同様に、広義のジェンダー論を芸術論・音楽論として考察展開出来る。
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5 コメント

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トラックバックありがとうございます。 (遠野阿璃子)
2005-02-21 07:15:51
興味深く拝読いたしました。こちらからもトラバさせていただきました。また遊びにきますね♪
バッハとソプラノ (manimani)
2005-02-21 08:35:31
お久しぶりでございます。

バッハの逸話の一つに、教会の聖歌隊席に「見慣れぬ女性」を侍らせたためお叱りを受けた、というのがあります。女人禁制の教会合唱合唱のソプラノパートは当然ボーイソプラノが担当したわけですが、ものの本によると、やはり年若き少年の表現力不足を憂慮し、聖歌隊席の裏に女声隊をこっそり置いたりしたことがあったそうです。バッハも「憂慮」したクチだろう、というのがその本による説です。

バッハは教会音楽家としての職務以外に、世俗の分野でも活躍しています。オペラに近い音楽劇もいくつか残しています。しかし、あまりカストラートにまつわる話は聞きませんね。思うに、バッハは表現者であるとともに職人であり、ソプラノの逸材がない環境であれば、ソロパートをバスに書き換えて対応してしまうタイプだったようで、あまりカストラートに関わる必要がなかったのではないでしょうか。



現代のバッハ演奏においては、合唱のソプラノパートは女性がやることが多いですが、一方で、ボーイソプラノによる演奏もかいま見られます。逆に現代では歌手を厳選することができるために、非常に初々しく、しかも情感豊かなボーイソプラノが聴けたりして驚きます。



とあまり関連のないコメントだったかもしれませんね(^^;)
バロックオペラとカストラート (望 岳人)
2005-02-21 11:54:25
ヘンデルとハイドンの不人気にトラックバックいただきありがとうございます。



ボーイソプラノの声域(声質)を持ち、長年にわたる訓練による高度な技術と、成人の体格・体力により圧倒的な声量を誇るというカストラート。



(ボーイソプラノのソロやアンサンブルの声は美しいですが、音程が不安定で、声量も不足していますね。「魔笛」やコルボのフォーレ・レクィエムで時折聞きますが「微妙」です。)



また、カウンターテナーは、ファルセットによる発声であり声質的にも独特でもあり、長年にわたる訓練の不足という点から、宗教曲のアルトパートには通用しても、オペラの技巧的なパッセージは難しいようですね。(日本でも独特なソプラニスタと呼ばれる歌手の男性はいますが)



モーツァルトの青年期のオペラ「イドメネオ」では息子イダマンテの初演はカストラートが担当していたとのことですが、現代ではこの役はソプラノまたはテノールが担当するため、それぞれの舞台(録音)でこの重要な役のキャラクターが全く変わってしまい、あまり楽しめなくなっています。
トラックバックありがとうございました (imim)
2005-02-22 02:25:44
当方の記事では高音域の(特にソプラノに及ぶような)男声についてざっくりと調べた結果をまとめ書きとして残していただけで、とりわけカストラートについては「聞いたことはあるけれども……」という程度の知識しか持ち合わせておりませんでしたので、大変勉強になりました。ありがとうございます。



こちらの該当記事からもトラバさせていただきました。

今後ともよろしくお願いします。

遠野阿璃子さん、manimaniさん、望 岳人さん、imimさん! (pfaelzerwein)
2005-02-22 07:57:41
遠野阿璃子さん、コメントありがとうございました。早速幾つかの他の記事読ませて頂きました。改めてお訪ねします。よろしくお願いします。







manimaniさん、望 岳人さん、記事の補足有難うございました。先ずイダマンテの件は実は今回参考にした記事が扱っていたのですが、古典派に入ってからのオペラセリアとして興味引きましたので敢えて除外しました。カストラートとコロラトーラ(低音部でも)の筋で考えた方が良いかなと感じました。舞台と教会音楽の体力・声量の違いはご指摘の通りと私も推測します。古典派に入ってからの件は改めて注意してみたいと思います。



バッハについて、原稿では田舎と書きましたが、流石に挑発が過ぎると思い止めました。保守的と云う言葉を使いましたが、なるほどケーテン時代の成果は凄まじく相容れない面もあると思います。ただバッハを源流とする考え方に対して、バッハに終結する流れに興味を持っていますのでこれを使いました。ライプチッヒも大きな商業都市でしょうがロンドンとは比較出来ません。そこで純粋培養というか、凝縮してしく状況を興味深く思います。ルターのコラールの影響だけでなく、新教文化の勃興と集成というイメージを持っています。



声の問題は、以下に挙げます加大学のリンクが纏まっていました。当時の英国が、方々からの文化を買い込んで集積させたので、問題が一気に噴出したように見えます。装飾の問題等がごみのように山済みされているようです。



http://web.calstatela.edu/centers/Wagner/treble.htm







imimさん、コメント有難うございました。カストラートは特殊な問題ですが、社会の機能として存在した事も事実です。個人の天性のものになるとケースバイケースで取り上げて行かなければならないでしょうね。その特徴を生かせるかどうかですね。こちらこそ宜しく。

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 バッハのロ短調ミサを練習していますと書いただけで、トラックバックしてもらいまし