Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

愈々佳境のプラトー現象

2014-01-09 | 雑感
冬シーズン第二十二日目は、一回目の挑戦で上まで行けなかった庇を登る前に、垂壁を登った。三本とも5.10以下であるが、完璧に熟すための二度目の挑戦であった。

先ず一本目の垂壁で、カンテに手を掛けてバランスを保ちながら、ザイルを掛けようとしたら、吹っ飛んだ。簡単に帽子も吹っ飛んだ。気を取り直して、再度その部分を登り直す。そこでザイルをカラビナに掛ける姿勢を保つ前に、その上にある手掛かりを使って、腰のあたりまで登ってからザイルを掛けた。要するに、ザイルを掛ける個所が違っていたのであった。これで、クリアーした。

二本目に庇は、一回目に試した時に上から二番目のカラビナにザイルを掛けることが出来ずに落ちたところである。今回はそのカラビナまでは何とかなったが、最後の折り返しのカラビナには掛けられなかった。チョークが無いと手が滑って繰り返す意味がなかった。そこに至るまでも完璧な足運びも出来ずに、不満足な結果であった。

三本目は、同じ困難度でありながらも短いので、一カ所だけザイルを上手く掛けられなかった。一本目と共通しているのは、無理して下から上のカラビナにザイルを掛けようとしなかったことで、明らかに上へ上へという視線が欠けていることを示している。特に今回は、靴のヴェローツェが駄目になったのでイヴォルヴのそれを使ったので、どうしても足に荷重して重心を下に落とすことを心掛けているものだから、上の手掛かりを掴みこむという運動から離れているのである。

ここに来て、冬シーズンのプラトーに達した感があって、今まで心がけていたことが欠点となってきているきらいがある。そもそも上に手掛かりを求めて、重心を高くすることは出来る限り避けてきたのであるから、その視線までが上に伸びなくなってきているようである。それならば、視線だけでも上に求めて、出来る限り足で立つように練習しなければいけないのかもしれない。技術的な練習が佳境に入ってきているように感じる。



参照:
安全を内部留保するために 2014-01-05 | 雑感
少しでも良いように変える 2013-12-29 | アウトドーア・環境

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