Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

新参者の割拠するザール

2013-10-23 | ワイン
フランクフルターアルゲマイネの付録にザールヴァインについての記事が出ている。その近代における歴史と醸造家について触れられている。興味深いのはその殆どが新参者もので、工業家や企業家やブルジョワー階級が移り住んでワインを造り続けているということである。

それでも二百年の歴史の中でのエゴンミュラー家は現在の世界各地での業務展開だけでなくて、本来ならばより以上に重要であったコッホ家がナチスに追われたことで恩恵を被っているようだ。それ以外にもナチに追われ戦後にロンドンから戻ってきたレーブ家とエゴンミュラー三世との個人的なユダヤ人との繋がりで現在があるようだ。

そもそも20世紀においてそこはリースリングよりも炭焼きの地所であって、搾取によってナチのベーレンアウスレーゼが強制労働によって収穫されようとしていた。そのような背景もあってか、戦後比較的容易にエバート家などもブランデンブルクから入居してきて、そこにワイン醸造を始めたようだが、その終わりも近いのかもしれない。

同様な例は、倒産したルンドュシャウ紙の編集長であったジーメンス氏がゼーリカーヴュルツベルクの例などだけでなく昨年亡くなったケルンの女医さんが身寄りのない彼女の患者から譲られたフォン・オーテクラ-フェン醸造所の場合にも見られる。その名前の遠い親戚と称するTVスターであるヤウフ氏が購入してその妻テア・ジーラーを助けるのはアンドレアス・バルトである。ジェラード・デピュラデユやボブ・デュランのようにスターが醸造所を所持する一例である。

工業家ではルーヴァーのシューベルト家などが有名なのかもしれないが、ここにおいても通称ニーヴォで知られるビットブルガーの御曹司のフォン・フォルクセム醸造所がある。なるほどアルテンベルクなどルネッサンスを目指して大分発展途上にあるザールのワイン醸造をその質で評価されるまでに導くには十年単位で考えなければいけないだろう。しかし、その兆しが見えるだけでもなんら経済的に価値のないドイツ最西端の地ではあるが、その期待も決して失せない。



参照:
JA, ES IST SAAR, Daniel Deckers, FAZ Magazin Oktober 2013
情熱にシャッポを脱ぐ 2013-09-19 | ワイン
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