Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

聴衆との盛んな応酬

2019-04-25 | 文化一般
来週頭に招待された演奏会の都合が悪くなっている。当初の予定では、二泊して、演奏会の翌日にゆっくりと醸造所を回ろうと計画していた。それが同行者の都合で夕方には送り届けなければいけなくなったので、午後の試飲が忙しくなった。そもそも試飲せずに取りに行くだけならば、演奏会の前でもよかったのだ。それならば二回に別けて試飲をして、一泊だけで帰宅する案が浮かんだ。すると今度はベルリンからのプレス中継があることに気が付いた。それが終わってからでもよかったのだが、急いで片づけて出かけなければいけない。

計画を直している最中にほかの予定を翌日の早朝にうっかり入れてしまった。これを順延しても、翌日に車で帰るとすれば試飲をゆっくりできない。要するに折角四月に購入できるというチャンスだったが、無理して日帰りも出来ないような状況になってしまった。招待を断って、宿もキャンセルして、翌日の予定に合わせるしかない。ワインは発注だけしてあるので、それ以外はまたの機会になる。

月曜日にバーデンバーデンで恒例の復活祭の収支決算記者会見が開かれて、その模様が報告されている。それによると二万三千人の入場者数となっていて、全てが入場料を十分に払っている人ではないと思うが、ザルツブルクの一万八千人とどちらが水増しが多いか?ランランのお蔭での完売もここに貢献している。しかし重要なのは、辞める支配人の言葉とベルリナーフィルハーモニカー側の見解だろう。

メーリッヒゼップハウザーは語る。「バーデンバーデンでフィルハーモニカーが気持ちよくやっていると見えます。街は、フィルハーモニカーの皆さんを諸手を挙げて迎え、このような大物を迎えて自慢なのです。長い目で見ています。」。

それに対してツェッチマン支配人は応える。「とても歓迎されていると感じ、聴衆との盛んな応酬があり、私たちの復活祭へのパトロンから同様アンドレアス・メリッヒゼップハウザーのチームの多大な支援に感謝しています。特に彼は、過去七年間の調和の取れた協調関係への感謝に値する。新たなベネディクト・スタムパのチームには大きな抱負で持って楽しみにしています。新たな首席指揮者キリル・ペトレンコと共に沢山の予定があります。」。

勿論我々にとっては「聴衆との盛んな応酬」がとても重要なのであるが、先の計画などを漏れ聞き、更にそこから想像するに、2021年以降のことが問題となる。つまり2013年まで計画されているということである。

先ずは、今回の復活祭を振り返ると、支配人が冒頭に話したように三人の指揮者が大きな柱を立てたことは間違いなかった。オテロ、レクイエム、シェーンベルク・チャイコフスキーとなる。最初のオペラではメータ指揮による交響楽団の奈落での解体が大成功して、フィルハーモニカーがブーを浴びるというとても画期的な結果になって、二度目に再構築してきた腕には感服しかない。殆ど意識してやっていたことだったようだ。二つ目の軸は、今後とも如何に聖週間などのプログラムで上手に宗教曲を取り上げていくかととてもいい参考になった。これとオテロの音楽的な関係を見極めるだけでも芸術的な価値があった。偶然にそのようになったのではないだろう。三つめの軸も同じ交響曲を二度続けて公演したことで、これまでのラトル体制におけるプログラムの在り方を踏襲した面もあった。三つともとても音楽的にも高水準で、オテロの演出もこれまでの中で最も話題になるべき出来だった。

ある意味、ウイルソンの演出への天井桟敷からのブーイングももしかすると今までとは毛色の違うオペラ通が混ざっていたのかもしれない。オペラ通にとっては、ラトル指揮の相手は出来ないが、ガッティ指揮ならという層もいたのかもしれない。勿論メータを目指した人は通が殆どだろう。レクイエムのキリエの後の拍手への動きも若干今までとは異なる積極性を感じた。ラトル時代の客層が決して悪かった訳ではないが、彼の指揮するベートーヴェンなどに歓声を上げる向きがいたのも事実で、やはりあの層の比率を圧縮するだけで大分客層は良くなると思う。要するに従来のベルリナーフィルハーモニカーファンというような層である。



参照:
空騒ぎの二重の意味 2019-04-23 | 文化一般
聖土曜日のレクイエム 2019-04-21 | 音
METを超えたオペラ 2019-04-17 | 音
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