橋本屋吉次郎電子日誌

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高遠城

2009-05-10 | お城巡り(日本100名城)

高遠城は、三峰川と藤沢川の河岸段丘のの突端にあります。
小高い丘の上のようにもみえます。

国道152号線や中央道・JR中央線の近くという現在でも交通の要所に位置しておりました。
建物は残っていませんが、唯一、時を告げる太鼓が設置されていた太鼓櫓が復元されていました。

地形を利用した土塁や何重もの空堀は山本勘助による縄張りだといわれております。
実際は江戸時代に改修されていますのでどこまでが武田氏時代によるものかはわかりませんが、当時の息吹が感じられるような気がします。


今では、1500本を超える桜の名所となっています。
中には、樹齢100年を超える老木もあり、手入れは大変だと思います。

連休中だというのに、おみやげ屋さんは軒並みしまっていました。5月5日の撮影ですよ。一年のうち、桜の季節だけが勝負なんでしょうね。

明治時代に高遠出身の有力者達が建設・寄付した高遠閣です。残念ながら内部にはいることはできませんでした。

近くには歴史博物館があります。日本百名城スタンプは高遠閣からここに移設されていました。

保科正之のNHK大河ドラマ化実現のための署名を行っていました。

歴史博物館裏には、江島の囲み屋敷があります。
江戸中期、風紀粛正のため、大奥女中の絵島と歌舞伎役者の生島新五郎らが処罰された事件(江島生島事件)の結果、ここで禁固となっていたそうです。
一見、まあまあの住宅のように見えますが、下人の間や台所などがあり、

江島は一日中この小さな間で過ごしていたそうです。こうしてみると、格子のように見えますね。

さらに屋敷周りはこんな塀に囲まれていました。

風紀粛正は名目で、実際のところ権力争いで負けたようです。
それ結果、田舎でのんびり暮らすのはそれはそれでいいのかも知れませんが、この屋敷に無くなるまでとらわれていたそうです。

コメント (14)
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