1854年8月末、密航の罪で吉田寅二郎と金子 重之輔が江戸伝場町の獄に投獄されて四か月が経過しました。寅二郎の安否確認のため桂小五郎が江戸伝場町の獄(現東京都中央区日本橋小伝馬町)に向かっていました。
桂は長州藩の尊王攘夷派の中心人物ですが藩医の息子で武家の出身ではありませんでした。しかし桂は後に他藩の交渉を担当し長州藩庁の政務責任者となります。そのため桂は
幕府より常に命を狙われる様になります。桂は幕末歴史的な事件に立ち合い察知するとすぐその場から逃げる「逃げの桂」と呼ばれました。ちなみに「桂小五郎」は偽名で他に偽名は10種類以上使い分け幕末の動乱を生き延びました。
「吉田さん無事に生きていてください…」
桂は願う様な思いで伝場町の獄へ向かった。伝場町の獄は東牢、西牢、百姓牢があり身分によって牢が分かれていて収容囚人は300人位が投獄されていました。桂は牢屋役人に袖の下(わいろ)を渡し吉田寅二郎が投獄された牢に向かった。桂は薄暗い廊下を進んで行きやがて牢屋役人がこの牢だと言った。そこで桂は信じられない光景を見ました。
「吉田さん…????」
「ヤァ桂君!」
牢の中心あたりに畳を積んで高い所で吉田寅二郎が囚人たちに囲まれ何事か説いていたのです。
「吉田さん何をやってるのですか?」
「この者たちに
国家構想を説いていたんだ!」
桂はあきれた。桂は牢なんて入ったことが無いし結構緊張していたのに。吉田寅二郎は元気だった。しかも寅二郎は牢名主になっていて囚人たちに「国家構想」を説いていたと言う。
吉田寅二郎は囚人たちにこう説いた。西洋列強諸国が我が国に国交と交易を求めて次々来航し日本は国難に直面している。国中の志士が攘夷!攘夷!と叫んでいる。
攘夷論は空であり意味の無いもので幻想でしかないのだ!
攘夷論に対抗するためには「近代科学を学びそして日本を近代国家にし西洋列強諸国と同等の国力を持たなければならない」という近代国家構想を実行することだと説いた。
桂は苦笑したいかにも吉田寅二郎らしい「近代国家開国論」でした。がしかし
長州の藩論は攘夷論に傾き始めていました。この頃の長州藩は他藩と同様に「攘夷派」と「佐幕派」に分裂し対立していました。
「吉田さん年末までに出獄できる様に高杉小忠太殿が幕府と交渉しています。」
「そうか金子君は?重之輔どうなる?」
「残念ですがその人は百姓だから解りません!」
金子 重之輔は百姓牢に投獄され劣悪な衛生環境で皮膚病を発症していました。それに対して吉田寅二郎のために藩主毛利敬親と藩庁とが動きまた江戸長州藩邸の高杉小忠太と兄杉民治が動き必死になって寅二郎を救おうとしている。「
この人は長州藩にとって掛け替えのない人なんだ」と桂は思った。
牢屋役人がそろそろ帰れと桂に促した。「とにかく年末までに二人が萩に帰れる様にみんな奔走しています」そして桂がその場を去ろうとした。ふと桂が振り返り吉田寅二郎に問いました。
「吉田さん、アメリカ合衆国海軍はあなた方二人に寛大な処置を
幕府に要望したことを知っていますか?」
「下田奉行から聞いた」
「なぜそんなそことをしたのでしょうか?」
「解らない…
それがアメリカ合衆国の国家理念かもしれない…」
「解ったらご教授してくだい」
そう言うと桂は牢屋役人に連れ出された。
吉田寅二郎と金子 重之輔を救ったアメリカ合衆国海軍。この軍の行動が吉田寅二郎の「近代国家開国論」に影響を与えたと思われます。アメリカ合衆国は当時新興国で「民主主義と自由主義」を国家の理念とし「自由・人権・平等」を掲げイギリスより1776年に独立しました。しかし19世紀半ばになるとアメリカ合衆国の内政問題として奴隷制度廃止運動が激しくなり
「奴隷制度支持州」と
「奴隷制度廃止の自由州」とに国内は分裂していました。奴隷制度問題はアメリカの深刻な内政問題へと変転していました。
1854年9月、イギリス・フランス連合海軍が帝政ロシアのカムチャツカ半島のペトロパブロフスク・カムチャツキー海軍港を包囲し砲撃を行い海軍港攻略戦を続けていました。そしてマニラで待機していた帝政ロシアプチャーチン艦隊が極東港湾都市ソヴィエツカヤ・ガヴァニを目指し北上を始めました。帝政ロシアプチャーチン艦隊の動きを察知した香港で待機していたイギリス東インドシナ艦隊司令ジェームズ・スターリングは日本に向けて艦隊を出航したのです。
イギリス艦隊と帝政ロシア艦隊が日本を目指して出航しました。
再び日本に危機が迫った。
つづく
お日様とお月様の光と影
~東アジア近代化クロニクル(年代記)~
第一部 19世紀清と李氏朝鮮そして江戸幕府は国家の近代化に失敗した
プロローグ ペリー来航と黒船カルチャーショック!
第一章 西洋列強諸国との外交攻防と内政攻防 (1)~(4)
≪参考文献≫
知れば知るほど徳川十五代 実業之日本社より
江戸300藩最後の藩主~うちの殿様は何をした?光文社文庫 より
幕末バトルロワイヤル 井伊直弼の首 新潮新書 より
歴史読本 徳川慶喜をめぐる女たち 1998年10号 新人物往来社
1990年放送 NHK大河ドラマストーリー 翔が如く 前半 より
1998年放送 NHK大河ドラマストーリー 徳川慶喜 前半 より
2010年放送 NHK大河ドラマストーリー 龍馬伝 前半 より
2013年放送 NHK大河ドラマストーリー 八重の桜 前半 より
文春文庫 司馬遼太郎著 世に棲む日日(1)~(2)より
新潮文庫 司馬遼太郎著 花神 (上) より
文春文庫 司馬遼太郎著 酔って候 より
文春文庫 司馬遼太郎著 最後の将軍 より
突っ込みどころ満載!
筆者は司馬遼太郎の作品とNHK大河ドラマにかなりの影響を受けているようです。
また筆者はこのコラムの様なNHK大河ドラマを観たいそうです。