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★「私の父の家には住むところがたくさんあります。」

2010-03-05 17:52:43 | ●脱JW後の悩みとガイド
 先回の記事の続きです。


その記事の中でロンダ.バーンの「ザ.シークレット」という本を紹介しました。

その中でもう一つ、とても納得した考えがありました。


それは「宇宙にはすべての人が満足するだけの十分のものがある」「だからあなたは欲しいものを全部手に入れていいのです。」という考え方です。


「豊かさが全員に用意されているのです。」というと、世の中を見るとそうではないと結論する人もいるかもしれませんが、私は使徒14:1,2の


14:1 「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じまたわたしを信じなさい。 」

14:2 「わたしの父の家には住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたにそう言ったでしょう。」


という聖句を思い出しました。


この聖句も現役時代ずっとひっかかっていた聖句です。

今考えるととてもしっくりきます。


 ひっかかっていた点は聖句では「十分にあるから安心しろ」と言っているのに協会の出版物ではいろいろな事を我慢しなければ受け入れてもらえないという出し惜しみ感があった点です。


「ザ.シークレット」によると、不足感は自己犠牲感→何かを得そこなっているという感じを人に与えるとありました。


以下「ザ.シークレット」からの引用です。

「自己犠牲とは絶対的な不足という考えに由来している。この世には全員のものが十分にあるわけではないので自分は我慢します、という考えです。

(中略)そしてその考え方は怒りに変わります。

しかし実は豊かさは全員に用意されているのです。自分が望むものを引き寄せるのは自分の責任です。誰かほかの人のために引き寄せることはできません。

 (中略)

自分が気持ちよくなることを優先するとその素晴らしい波動が光り輝き自分の周りにいるみなの心をうごかすでしょう。」


引用終わり。


全文を読んでいない方や、ものみの塔ちっく又は聖書ちっくなな口調に拒否感がある方は多分否定したくなるような文章だと思いますが(私も最初読んだ時はそうでした。

が、一方で上の使徒の聖句を思い出し、そういえば父の家には十分にものが用意されてるから心配するなみたいな事いってたよな。。と変に納得したのです。


最近こういう本をいくつか読んでみて


聖書に書いてある事と同じだな~と思うことがとみに多くなりました。


以前「聖書はすべてが嘘ではないと思う」と書きましたが、それはこれだけ長い間読まれてきたこと、ほかの宗教の聖典や哲学本にも共通の事がかいてあるなどが理由です。


「ザ.シークレット」には聖句は引用されていませんが、聖書と似たような考え方がたくさん出てきます。


しかし上に書いたようにものみの塔で教えられていたこととはだいたいいつも正反対の意味でつかわれていますが、

私にはこちらのほうがいいなと思いました。


愚痴の繰り返しに聞こえたらもうしわけありませんが、エホバの証人の「自己犠牲」を強調する態度は


今思うと間違っていたどころか聖書に書いてある事と正反対で、「協会に寄付させたり、協会を必要とさせる精神的に不健康な人を作り出すための工作だったのかな」

くらいな酷い事を勘ぐってしまいます。


脱JWしてから精神的に回復するまで、数年かかりました。ナポレオン.ヒルは「(多くの事を制限させられてきた人は)長年体が麻痺していたような人だ。麻痺がなおったとしてもすぐに動くことはできない。

最初は指一本を動かし、次に腕を動かせるようになり少しずつ長い時間をかけて麻痺から回復して行かなければならない」

と書いています。


私が脱JWしてから回復までに一番時間がかかった事はこのエホバの証人の「自己犠牲」精神でした。

自分の欲しいもの、自分のしたい事を口にするのはおろか、具体的に考える事自体が非常に難しいのです。自分は最後に、自分は犠牲にしなければならないという考えがあまりにも深く根をおろしていたためだと思います。


自分が何かを得たらだれかが何かを奪われるという考え方に取りつかれていたのです。


そしてその裏側では自分はいつも損をしているという漠然とした失望がありました。


この本の章を読んでからは「父の家には住むところがたくさんある。そうでなかったらあなたがたにそう告げただろう。」というイエスの言葉を思いだすようにしています。そして、自分が望むものに罪悪感を抱かなくてもよいのだと今は確信しています。


「私たちのほとんどが本当に欲しいものを願望することを自分に許していません」-ジャック.キャンフィールド
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10 コメント

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自己犠牲 (ar)
2010-03-07 09:45:58
エホバの証人のいう、自己犠牲とは、自分のやりたい事を禁止していましたね。整備しの資格とるのに、集会休んだら駄目。世俗の仕事で日曜日は休んだらダメ、運動会は行くな、国家を歌うから、
親たちは運動会に行かず子供だけいかせたら、お昼に拡声器でお子さんが待っています。と低学年の子供のエホの親が呼ばれた。校歌、騎馬戦もダメ、
数年後、この親子は排斥されたと聞く、司会者はなにを教えたのか?絵画を習っていたわたしは、じきじきに長老が家まで来て、作品を見て季語が描いてあるからとやめさせられた。この長老は結婚して
ベテルに入った。この時エホを辞めるべきだったと
家族は立ちなをれたのに、、後は寄付ばかりさせられた、決議までして強制する、豪華な備品の会館
自発的寄付とは、建前、みなさん嘘に騙されてはなりません。一生を台無しにした家族です・
納得 (ゲ恥)
2010-03-12 16:34:45
私は10数年、Jwをやりました。脱退後はいろいろな書物から元気を得て、幸せになったと感じています。
ザシークレット、ナポレオンヒル、キャンフィールド、みなお世話になっています。ここのブログで取り上げられてうれしいです。

こういうのはJWまたは多くの世の人にとっても
うさんくさいとおもわれている成功哲学だと思うのです。

うさんくさいどころか、本当に良い情報を広めていると思います、
Unknown (ar)
2010-03-13 07:41:12
10数年前、或る区域で大量殺人した出来事があった。
悪霊に憑かれているには「エホ証人」である。組織はいつまで真の宗教といいはるのだろう。
協会の雑誌を読むとはきけに襲われる。
安易に (ar)
2010-03-22 17:30:12
研究する、組織ではないですよね。気がついた頃は
手遅れです。無料に引っかかった。
聖書が有益だっていうが、そうでもありません、
7つの会衆です。世界の会衆の人数の約1割が精神疾患に「なっているといいますね。わざと、クビになるために、悪いことをする人もいるんですよ。集会と割り当てと伝道、と世俗の仕事で過労でどれだけに人が死んだかです。責任の取れない組織とです。
Arさんへ (PW)
2010-03-25 23:14:22
エホバの証人は本当に自己犠牲を強調する宗教でしたね。そして自己犠牲のくせが抜けないのが2世です。
ゲハジさんへ (PW)
2010-03-25 23:18:06
ゲハジさんこんにちは~。コメントありがとうございます!

●ザシークレット、ナポレオンヒル、キャンフィールド、みなお世話になっています

あ、ゲハジさんもお読みでしたか???
それはうれしいです!

やっぱりみな同じですね~。特にキャンフィールドは現役時代にも読んだのに全くピンとこなかったんですよ。。。マイコンの状態では本を読んでもこうも違うのかな、、と改めて驚きました。

●こういうのはJWまたは多くの世の人にとっても
うさんくさいとおもわれている成功哲学だと思うのです。

私もそう思います。実は自分がJWだったのでそう思うのかなと考えていたのですが、こういう本の話をNonJWの友人に話すとちょっと反応が悪いのです。(笑)

でもものすごくいいことを言っていると私も思います。
すいません! (ゲハジ)
2010-04-02 14:15:39
一応念のため、ゲ恥さんは、カタカナ表記の無学の徒ゲハジとは違う方でいらっしゃいます。

紛らわしくてすいません!
「エホ証」という言い方は,アホ (possible)
2010-04-05 00:09:48
Amberさん>

あんまり,「エホ証」って言わない方がいいですね。アホみたいに見えますから。
たぶん,「省略」したいなら,「JW」でしょう。

「エホ証」という言葉遣いは,
ほんとに元エホバの証人なの?
って感じです。

こういう言葉は,「キリスト教関係」の方々が,好んで,よく使います。
ゲハジさんすみません~ (PW)
2010-04-08 21:09:48
ゲハジさん、間違えてしまって申し訳ありません。。。
possibleさんこんにちは (PW)
2010-04-08 21:12:05
possibleさんお久しぶりです~。

元の記事は本人希望により削除させていただきました。

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