日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

そのときを・一句から

2013-05-19 11:58:45 | 文化考
「初凪の浦曲ひねもす富士晴るる」

この一句は、杉竹会句集 第二集に、10人の同人と共に収録された本郷雨邨の「秋日和」と題する54句の冒頭句である。
斗眠生の`あとがき`には、口絵は今回も津田青楓先生を煩わし、とあり、編集その他は雨邨(うそん)氏の労に負うところが多いと記す。その本郷雨邨は、僕の伯父である。

箱に入った渋い濃紺による装丁のこの句集は、本棚を整理している岡崎にいる妹が送ってくれた。青楓の牡丹を描いた口絵をめくると現れた「杉竹会同人近影」に見入る。一人が立ち、縁側に座る風格のある年配の方々の中に懐かしい伯父の姿があった。一瞬にして60年前の一光景が頭に浮んだ。

中学2年生(1954年)のときに、祖父が亡くなり天草の下田村から、実家のある長崎経由で母や弟と妹たちと柏に引き揚げてきたときに、東京杉並区の阿佐ヶ谷にあった母の姉の連れ合い、伯父の家に立ち寄ったときのことだ。
何かほしいものがないかと問われて、本がほしいと答え、それではと従兄弟が本屋に連れて行ってくれた。買ってもらった下村湖人の「次郎物語」と山本有三の「路傍の石」を伯父に見せると、伯父武雄の顔がほほう!と一瞬緩んだ。その時の笑顔や独特の声と言い回し、佐渡から出てきて大手の設備会社に勤めた後関連した会社を創設した男にある文化人としての雰囲気が、田舎っぺだった僕のどこかに住み着いたような気もする。
その日、従兄弟が映画にも連れて行ってくれた。ビング・クロスビイとダニイ・ケイが主演したミュージカル「ホワイト・クリスマス」だった。

その伯父も、その連れ合いだった母の姉も、僕の母も弟も、この本を贈ってくれた妹の旦那もいない。本屋に連れて行ってくれた従兄弟は隠居の身、母と僕を父が眠っているフィリピンのモンタルバンに連れて行ってくれたのは30年ほど前のことになる。
ほぼ60年経ったあの一瞬が思い起こされる不思議を考える。
「初凪」は元旦のなぎ、浦曲は「うらわ」とよみ、海辺が曲がって入り込んだところ、「ひねもす」は終日の意である。

ところで新年迎えた一句からの最後の54句目
「邂逅の友も老いたり年の暮れ」。
己の歳を思う。