日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

白い大地の建築

2006-02-17 13:06:10 | 建築・風景

新千歳空港のロビーを出て駐車場に向かう。思いがけず柔らかな陽が射している。でも零下6℃。踏みしめる地面は氷状の上に雪が被っているが、新しく買った雪対応靴の威力はなかなかで滑らない。僕を招いてくれたMOROさんは心配して簡易スパイクを用意してくれたが付けなくても大丈夫だ。北海道の人は付けるの?と聴いたら、いや付けませんよと苦笑する。そうだね、面倒だしちょっと格好悪いか、と相槌を打つ。でも付けた感触も味わっておきたかったと帰ってきてから雪の道を思い起こしたりしている。

雪に埋まった余市の運上屋の周りのキュキュと踏みしめる雪の音がよみがえり、はらはらと降り始めた雪、北海道では傘を差さないのだと気がついた。
ともあれ2泊3日の今度の旅は、今僕は北海道の雪の大地を踏みしめているのだと実感する靴底から始まった。

僕は雪の中の建築を視たくて来た。
とりわけDOCOMOMOでも選定し、JIA25年賞大賞を得た上遠野邸が雪に埋もれている様を観たいと思った。そのために北海道に来たのだ。
DOCOMOMO選定プレートをお渡しするのも大切な役目だ。
それと各自がHPなどで調べて「DOCOMOMO Japan」についてのレポート提出を課題にしたMOROさんが指導している建築専門学校の学生の論考を読み取り、優れたものを選び出せという嬉しくも厳しい役割もある。更にPP(パワーポイント)によるプレゼンテーション表現実習発表にも立会い講評せよという、体育会系MOROさんのハードな要求にも応えることになっている。

小樽を抜け余市へ向かう車中で受け取ったずっしりと重いレポートを綴じたファイルを、ホテルの部屋で開いた。来月卒業する2年生と3年生だけでなく、建築大好き学生の同好会「建築野郎」所属の1年生のレポートもある。`建築野郎`だってさ!

読みはじめたら止まらなくなった。幸いトリノオリンピックでの日本人アストリートの不甲斐なさにTVが気にならなくなった。朝5時半に目が覚め残りを鉛筆で書き込みをしながら読み飛ばす。

まとまっていないものもあるが鋭い指摘もあり考えさせられる。
僕だけでなく、Japanだけでなく、例えばDOCOMOMO Koreaという組織でさえ悩んでいるという「保存・再生と創造・開発」つまり建築を創る事についての厳しい指摘。創らなくてはいけないという若者の指摘。「選ばれた建築と選ばれなかった建築」への疑念。100選の「100という数値」、多いのか少ないのかという課題。「何を残すのか」「建築を擬人化」する問題。これは僕がレポート講評時にその危険を指摘しようと思ったりする。
文章は稚拙だったり論旨がふらふらするものもあるが、若者の感性は素晴らしい。
MOROさんはなんと朝の7時半に迎えに来た。寝不足でふらふらしながら教室に向かった。

実験しているのだと上遠野さんの言う鉄骨とレンガで造くられたフラットルーフ。
上遠野さんは僕たち建築家には技術に徹して話を進めるが、同行したMOROさんやYさんが教えている学生たちには、技術にはさらりと触れるだけで、10センチの下がり壁や天井の高さを確認させ、障子やカーテンを閉めたときの光の変化を彼らに味わせる。
敷地の三方は常緑の高い樹木で隣地をさえぎり南面の唐松は冬になると葉を落とし道に雪が盛られて歩く人の頭がレンガの塀越しに見えるようになる。その変化も楽しむのだと言う。

建築談義を聞く、しっくりと身体に馴染む椅子に座った若者たちの密かな感動が僕にも伝わってきて心が震えてくる。建築家上遠野さんの若者への想いと、建築に関われる喜びを感じ取れる学生がなんとも可愛くなってくる。レポートを読んでいるからなおさらだ。

上遠野さんの実験は実は技術だけではないのだと確信する。技術に支えられた建築そのもののあり方へのトライなのだと。
札幌の大地に建つこの住宅は、音もなく降る雪の中で僕たちに向かって微笑んでいるような気がしてきた。

この建築があるから、或いはこういう技術実験や建築そのものへのトライの積み重ねがあるから、北海道の中に四角い箱建築やガラス建築が生み出され、それがしっかりと支えてられているのに違いない。
専門学校の学生の卒業設計発表の会場、札幌コンベンションセンターのガラスによって囲まれた雪のある中庭をみる。雪に寄りかかられても耐えられる計算と雪の処理対策がなされているのだろう。

雪は美しい。厳しいが美しい。
レストランでパスタを食べながら、大きく開かれたガラスの外に拡がる白い大地を眺めぼんやりと建築を考える。
しかしとも思う。そうだとすると北海道の風土に根付く建築をどう考えれば良いのだろうか。小樽には雪が被っているとはいえ辰野金吾の日銀の支店が大阪と同じような様相で建っている。
1時間半にも満たない飛行時間で白い大地に舞い降りた僕の建築感がなにやらふらふらしている。