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[ 東京裁判と昭和天皇 ]

[ 東京裁判と昭和天皇 ]
【和中 光次(わなか みつじ)さん(@111g0)のTw(2023年6月16日)を再掲】
東京裁判で、戦勝国側には天皇を被告にできないなら証人として法廷に呼べという声があった。
それが実現すると、かつての重臣たちを前に天皇が「自分は無関係」だなどと言うはずがなく「すべての責任は自分一人にある」と言い出しかねない。
それは天皇の退位問題に発展する。
そのことについて、菅原裕(荒木弁護人)が次のように話している(「経済往来」昭和29年3月号)。

戦争裁判の隠れた一つの動きは、天皇を被告に引っぱり出すかどうかという問題だったのですが、それに失敗すると、今度は証人に呼ぶか、参考人に呼んで、とにかく法廷に立たせよう。
立たれれば、二十五人の被告が並んでいるのに、朕は知らなかったとは仰せられない。
そうすると、それだけで御退位の問題が起ってくるのだ。
そうして退位に導こうという陰謀が企てられておった。
天皇に戦争の責任があるかどうかということは、宮中の補弼の最高責任者の木戸と東條でなければ言えない問題なんだ。
ところが最初、木戸さんが証人に立って、陛下に責任はないとはっきり言ったのだけれども、同時に自分にも責任がないと述べてしまった。
それで皆が青くなって心配した。
そこで今度は東條さんがどういう供述をするかということが、最後の非常な心配事だった。
ところが、物の見事にこの点はっきりやってのけた。
陛下には絶対に責任がない。
全部私の内閣の責任でございます。
陛下はいやいやながら御承認になったのであります。
それは開戦のときの勅語にはっきり出ています。
「豈朕カ志ナラムヤ」ということは、特に、陛下の思召しで書入れた文句であります。
と言ったので、東條さんの評判がよくなったもとなんだ。
いよいよ最後の場面の死刑の言渡しを受けるときに…悪く言うと、試験官の前に立たされた受験生のような感じのする人もおった。
…ところが東條さんに至っては、全然それが逆で、東條という試験官が、向うのウエッブという受験生がどういう答案を出すか聞いてやるような態度だった。
…そしてウェッブが死刑だという宣告をしたら、軽く二度うなずいた。
それがいかにもほほえんでいるような、ほほえんでいないような、何とも言えない神々しい顔だった。

東條が語った覚悟については、塩原時三郎(木村兵太郎弁護人)は次のように書いている。
(ハンドブック社『東條メモ』)… さらに表示

東條の、陛下に御迷惑はかけぬという覚悟については、重光葵の「巣鴨日記」にも何度か出てくる。

昭和22年1月8日… さらに表示

この東條の覚悟は、他の被告も同じ考えであることを、重光葵は「巣鴨日記」に書いている。


https://twitter.com/111g0/status/1669497595641888768?s=20

【追記】
https://mixi.jp/view_community_voice.pl?comm_id=3352281&from=community_feed_created_photo&id=98988933

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