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かつての夢①

2006-09-10 22:32:08 | 私をつくるモノ
私には夢がなかった、といつか書いた。
確かに、夢に向かって、がむしゃらに、というフレーズは
私には似合わないと思う。
決して、「東京フレンズ」を観たわけじゃない。
観たかったけど、時間の都合上観れそうにないので、
パンフレットだけ購入したけども。

たぶん、夢を追いかけて、とかがむしゃらに、とかなれなかったのは、
自分の将来がわかっていたからだと思う。
どこかで自分が進まなければならない道を知っていた。
絶対になりたくない10年後、というのを今の私が辿っていても、
どこかでその人生を受け入れなければならない自分がいた。
だけども、夢がないのはつまらない。
だから、どうにも手の届かないような倍率が高くてー、
才能と努力が必要でー、といった職業を夢にしていたのかもしれない。
一応、当たって砕けて、ほーーらね、というために。

13日で最終回を迎えるというのに、
今から連載始めます。
私が描いたかつての夢。
「ユメクイ」。
ってパクリやんけ!!(笑)
今日から記事、入り乱れますけど、
混乱なさらぬよう・・。
最終回迎えられるように必死です・・・・

今日の音楽:「青い車」スピッツ

睡眠不足

2006-04-14 23:59:55 | 私をつくるモノ
私をつくるモノで睡眠不足っていうのもなァ・・。
今日も自分探しのルーツめぐりから脱線。

ああ、眠たい。10年分の睡眠不足か、それとも
今週の睡眠不足か、
会社から帰ってゴハン食べて、21時くらいから朝まで
延々と眠り続けましたとさ。

自分探しのルーツめぐり
いつになったら終わるねん!と
つっこみたい方も多いと思います。
もう少しの辛抱です!
25年の人生の中で22歳(大学卒業)までたどりつきましたので、
あと少しです!

ああ、睡眠睡眠睡眠睡眠睡眠不足っっ
コロ助ーーーーっ!!

なつかしのドラマ:「バケルくん」


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ごはん。

2006-04-07 23:22:00 | 私をつくるモノ
最近、ブログがあまりにも暗くなってきたので息抜きにTB練習板でもやってみる。
「あなたはパン派?ごはん派?」

朝はパン派、夜はごはん派。
朝は寝ぼけてるから目をつぶりながら口動かしてる。
朝食には食パンがフツウの家庭らしいけど、
我が家では菓子パン食べる。フツウは食パンって高校くらいで知ったわ!
基本的にごはんが好きやなっ!!とんねるずの木梨みたい?
そしてごはんに合う食べ物が好きっ!とんねるずの木梨みたい?
調味料は醤油が好きっ!
お漬物は野沢菜が好きっ!
関西人やからお好み焼きとごはん、
たこやきとごはん、
うどんとごはん、何でも来いっ
焼肉いくとビビンバをはじめっから頼んでしまう私。
焼肉仲間はそれを許してくれるからありがたい。
腹八分目ということを理解していない私。
いつもおなかいっぱい食べるのだ。

なんじゃコイツは?と思ったご新規さんは
こちらからお入りください。


今日の音楽:「ラーメンたべたい」矢野顕子
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1995年の夏休み

2006-03-30 23:16:04 | 私をつくるモノ
昨日の続き。



中学で私は吹奏楽部に入った。
昨今、所さんのダーツの番組で取り上げられる高校は
とても厳しい風景に映るが、
我が母校もそういう雰囲気だった。気持ちはよくわかる。
伝統的に先輩後輩の関係が厳しく、
とりわけ、この松坂世代は、イチビリが多いのでしょっちゅう怒られた。
ひとまわり以上、歳の離れたOB、OGに指導していただくこともあった。
礼儀正しく、規則正しく、動作は機敏、体育会系みたいだった。
夏休みは8時から夕方6時くらいまで、
どこの部活よりも早くに登校して、遅くに下校した。
朝練も毎日きっちりあった。練習内容もかなりハードなことをしていた。
朝から晩まで吹きっぱなしでずっとくちびるが腫れてた。
中間・期末試験前の1週間は部活動禁止であったが、
日ごろの疲れが出て、試験前なのに爆睡だった。
今までで一番頑張ったことを聞かれたら、間違いなくこの部活生活だ。
そして、人格形成の大切な時期にこの部活に所属したことが、
結果として私をつくる大切なモノとなった。
部活を3年間頑張れたことが、私の唯一の自信でもある。

先生はすごく恐くて、誰も近づけなかった。
怒ると楽譜破るし、指揮棒投げるし、机は蹴飛ばしてボッコボコになってるし、
間違えるとガン飛ばされるし、授業ではすぐにあてられるし、
制服のスカート短くでもしてるとすぐに呼び出しやし、
機敏に行動しないと怒られるし、とにかく全校生徒が恐れている先生だった。
でも、音楽に対してはとても真摯で皆を受け止めてくれた。

部活動として、音楽の技術を高めるだけではなかった。
先生のモットーは、音楽を通しての人間性ハーモニーの育成であった。
吹奏楽には夏にコンクールがある。
いわば、高校野球でいえば甲子園、吹奏楽でいえば普門館。
地区大会、関西大会、全国大会(普門館)とすすんでいくのだ。
体育会系なら、優勝をめざすんだろう、文化部でもやはり優勝をめざすんだろう。
私たちの部は違った。
コンクールで金賞をとることが目標ではない。
それぞれの中学3年間の吹奏楽を後悔しないように、
少しでも長く楽器をもてるように、
審査員ではなくお客さんを感動させるために、
自分を鍛えるために、
今、頑張るために。

コンクールで金賞をとることだけが目標なら、レッスンをつけるだろうし、
下手な子はメンバーから外されただろうし、
冬に課題曲が発表されればすぐに練習にかかるだろう。
私たちの部のメインイベントは春の定期演奏会で、
それが終了してから、コンクールに出るかどうかのミーティングをし、
ゴールデンウィークがあけてから譜面をはじめてもらい練習にとりかかった。
私たちは最強メンバーだった。50人編成のうち、40人が3年生だった。
私の学年は40人も部員がいたのだ。
「コンクールで金賞をとるのが目標ならやめちまえ!」と叫んでいた先生も、
最強メンバーで欲が出たのか、
全国を目指せると思ったのだろう。
先生の言動は生徒にも伝わり、
いつしか金賞をとるための演奏を目指していた。
演奏はゆがんでいってたんだと思う。
地区大会の前日、先生は気が付いた。
先生に吠えられて、私たちも原点にもどった。
私たちはこのメンバーで音楽を一日でも長くやりたい、それだけじゃないか。

結果、私たちは地区大会を突破し、関西大会に進み、そしてその大会で引退した。
地区大会の前日、私たちは先生の怒号で気付かなかったら、
賞の種類で躍らされていたと思う。
生活態度ではどうしようもないヤツもいたし、
気の合わないヤツもいたけど、
あの夏、先生もあいつらも私もみんながひとつになれた。
一時、全国を目指すと言った私たちが関西大会で金賞にも及ばず、
そこで引退が確定したが、あのとき、すがすがしい風が吹いた。
みんながつながった。
そして、心から後悔なんてないと思えたのだ。

部活で学んだことは偉大すぎて、中坊だった私は言葉に表せなかったが、
「星の王子さま」のキツネのセリフに出会ったとき、
その全てが表現されていると思った。
私の原点はここにある。


それではまた明日

1995年の夏に出会った漫画:「ラフ」「H2」
中学時代のキャッチコピー:「無限の可能性」

「星の王子さま」と私

2006-03-28 22:17:54 | 私をつくるモノ
「星の王子さま」を読んだからこそ、
私を表現できるのであり、
「星の王子さま」を知ったからこそ、
私は迷い続けているのかもしれない。

「星の王子さま」を理解できたのは高校のときだった。
それまでもちろん、登場人物がごちゃごちゃになりながら読んだことはあった。
だけど、イマイチ理解できていなかったと思う。ストーリーの奥深さには気づいていない。
これから先も含めて私の人生の暗黒時代は、
どう考えても高校時代だ。
反抗期と被害妄想気味の私は、それから先の人生を考えるとただ泣くしかなかった。
毎日泣いていた。
高校時代に「星の王子さま」に出会えたことは、
最良のタイミングだと思うし、
それだけがあの高校に進んで唯一の良かったことだと思っている。

有名なキツネのセリフ、
「心でみなくちゃ、ものごとはよく見えない。かんじんなことは目に見えない。」。
見える価値(お金、学歴、容姿)と見えない価値(努力の過程、純真な心、愛)。
当時高校生だった私は見えない価値を重んじていた。
このセリフを永遠に信じ切ることなんてたやすいことだと思っていた。
でも私は高校時代に、あんなに毛嫌いしていた大人になってしまったような気がする。
たやすいことだと思っていたことは
実は私にとって永遠のテーマとなりつつある。このキツネのセリフを問答して
もうすぐ10年になろうとしている。
私はこのセリフに励まされたし、疑ったし、でもやっぱり信じたい。
歳をとるにつれて、よくわからなくなってきた。
それでも私が、10年前の私を忘れることなく闘っているのは、
このセリフを心に刻み込んでいるからだと思う。
「星の王子さま」のことを忘れる日はないからだと思う。
私が私を見失わないための道しるべだと思う。
それでも迷子になっているけれど。








今日から自分探しの核心に迫ろうと思います。
自分探しの核心に迫るには、
私の半生を語らねばどうにもなりません。
そうでないと自分探しの根源にたどり着かないからです。
これはブログを立ち上げたときからの計画です。
私を語るにおいて、「星の王子さま」のキツネのセリフをぜひとも
知っておいて欲しかったので、
初日に書きました。
そして、
話はぶっとびますが、
私のブログにおいて足らないものは何でしょう?
答えはBookmarkです。
私のかなりむちゃくちゃな考え方を読んでもなお、付き合っていただけるなら、
Bookmarkさせてください、皆さん。
その際はご連絡いただければすぐに登録させていただきます。
というわけで、ぢもと、ヤバイ、と思った方は知らん顔しておける、というシステムです。
自分探しで、しかも迷子になってるくらいですから、
かなり人生に迷っています、わけわからんまま25歳になっています。
いつものパッパラパーなぢもとをお好みの方は、
一週間後くらいにまた、このブログでお会いしましょう

とりあえず次回はこちら


今日の音楽:「さすらい」奥田民生
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奥田民生と私

2006-01-20 14:55:12 | 私をつくるモノ
奥田民生の顔は小学生のときから知っていた。
ダウンタウンのごっつえぇ感じのコーナーで
「タミオくんとアベくん」というコーナーがあったのだが、
それが小学生の私にはとてつもなーくけだるかった。

ユニコーンが解散したとき、私は中学1年生。
その後の名曲「愛のために」も「息子」も当時の私には届かなかった。
当時はサラサラヘアーが流行っていたこともあって、
民生のクセっ毛はありえなかった。
(クセっ毛の方、ごめんなさい、今はむしろクセっ毛の方がかわいいと思いマス)
まだ音楽に目覚めていないというのもあった。
と、いうのも音楽番組の時間帯は塾にいたから。

ちなみに、その頃、小室ファミリー全盛。
ちなみに、その頃、私が好きな男性第1位古田敦也、2位清水圭、3位イチロー。

高校に入った1996年、街で流れている音楽が聞こえて、
「これだーーーーッッ!!!私が求めていた音楽はこれッッ!!」と
衝撃で数年ぶりに買いに行った音楽というのがPUFFYの「アジアの純真」。
あーーーーれは衝撃やったわ。
わけわからへんもん(笑)
井上陽水作詞に奥田民生作曲でっせ。
奥田民生プロデュースでっせ。
なんじゃこりゃー!!!!
PUFFYで民生に興味を持てた。
私が奥田民生に出会えたのはPUFFYのおかげ。
私が民生師匠の音楽を初めて買ったのは「イージューライダー」。
TV、雑誌とみまくった。

それまでの私はすんごく生真面目で、
大人の言うことちゃんと聞いて、
いつも勉強に追われていて、毎日時間に追われていて、
周りが決めた道を進んでいた。
民生師匠の世界観、生き様は私とは正反対だった。
「あーーー、こういう生き方もあるのか!」と
ついに自我の覚醒。

そしたらこんな風になっちゃった(爆笑)

いつもせかせかと生きていた私。
「釣り」というゆるーい時間があること、
自分のペースで生きるということ、
ゾウの時間・ネズミの時間・民生の時間、みーたーいーなー。
急に肩の力が抜けた。

野外ライブで民生が出るとすんごい盛り上がるしすんごい知名度もあるけど、
曲としてはめっちゃ売れているわけでもなく、
そういうペースがカッコいい。
韻をふんだ歌詞は遊び心たっぷり。
ラブソングも人生語った歌もすんごいいいこと書いてるけど、
さらりと歌ってしまうとこも無責任でいいよねっ(笑)
ダルロックとかマイペースとか言われるけど、
そういう奥田民生が私を救ったのだ。
と、いうわけでそんな救世主のライブに今日、行ってきます!!

人生のテーマソング:「さすらい」奥田民生

3つの痴(ち)

2005-11-27 10:13:50 | 私をつくるモノ
「えーーー、結婚生活に大切な3つの袋といいまして、
お袋、胃袋、堪忍袋・・・」
ち、ちがう・・・。
わたしには3つの痴がある。
方向音痴、運動音痴、音痴だ。

もう・・、どうしようもない・・・。
まず方向音痴。
その場所の付近の風景はわかるのだが、
ある場所とある場所をつなげたいときに、つながらないのだ。
つまり、道の筋がわかっていないということだ。
駅も違う改札から出るとさっぱりわからなくなる。
京都シネマから藤井大丸方面に行きたいときでも、
地上に出ると一体どこにいるのかわからないので、
一旦、地下にもぐっているありさまだ。
車はカーナビついていることに限る。
地図なんて渡されたときには
さっぱり読めないで役立たずで
結局運転手が読んでいる。

そして運動音痴。
小中高校とショートカットだったこともあり、
明るいイメージだったので
運動神経もよさそうに見えるのだが、
さっぱりできない。水泳だけは得意だ。
跳び箱、鉄棒、マット、ボール競技、
さっぱりできない。
体育の時間なんて憂鬱でしかたなかったが、
できないこともギャグで笑い飛ばしていたので、
クラスメイトには私が体育が苦手だったというイメージがついていないらしい。
しかし、その態度は先生にはふざけて見えているようで、
「ぢもとーーー!!まじめにせーーーい!!」と
よく言われていた。
いや・・・・、できないんですけど・・・。
ペーパーテストで満点近くをとって、とりあえず成績はカバー。
人並みに運動ができないということは、
スポーツ好きな友人をもつと、
ハラハラする。
イライラさせていつ怒られるかとヒヤヒヤもんだ。

最後に音痴。
これまたどうしようもない。
自分が音痴だということはヤマハに通っていた幼稚園のときに気付いた。
音がはずれているのはわかっているが、
声域が狭くて声がでないのだ。
どうしようもない。
だから、音楽会ではピアノ担当で成績はカバー。
しかし歌のテストのとき、全然歌わないのでスレて見えていたに違いない。
やっかいなことに、私は歌が大好きなのだ。
うれしいとき、悲しいとき、お風呂に入っているとき、
歌を歌いたくなるシーンはたくさんあるが、
音痴で気がひける。
まぁ、それでも歌うけど、
自分の歌声で気持ち悪くなる。
地元の友達とはカラオケによくいくが、
彼女たちはもう慣れたもんで私の音痴っぷりにびくともしない。
それはありがたい。
音痴でも、同窓会2次会のカラオケ大会なんかになると、
一番に歌ってみんなの緊張をときほぐす、
という力がある(と思っている)が、
やっぱりうまい方がいい。
最近の子は歌のうまい子が増えたので私なんかは希少価値だ。

方向音痴、運動音痴、音痴。
私にはいいとこないじゃないか!!!

今日の音楽:「WISH」嵐

糸井重里とほぼ日と私と。

2005-11-10 23:05:14 | 私をつくるモノ
今日、11月10日は糸井重里師匠の57歳の誕生日です!
おめでとうございます!!

私が欠かさずみているHPはおなじみ糸井重里の「ほぼ日」。


私に影響を与えたのは彼で、でもそれが糸井重里だと気づくのに、
10年以上かかった。

糸井重里のはじめの記憶は、宮崎アニメの「となりのトトロ」だ。
主人公の父親役として声優をされている。小生、7歳であった。
私はトトロを父ときょうだいと観に行き、
パンフレットの「声優:糸井重里」を見て「!!!!」と
感じた記憶、それが彼の最初の記憶。
しかし、「!!!!」と感じるということは、
トトロよりも先に知っていたということになるのだが、
それがさっぱり思い出せない。
徳川埋蔵金は1990年のことだし、さんまの広告大賞を見始めたのは
中学生くらいだったと思うし、
私は何をみて知っていたのだろう?

そして、小生9歳のときも、
父親ときょうだいと「魔女の宅急便」を観にいった。
そのコピーが私に衝撃を与えたのだ。
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」
小学生って習った漢字を使いたがるじゃぁないっすか。
9歳の私は漢字大好きで、漢字テストはいつも満点で、
そんななか平仮名だらけのコピーにドカーーンときたのだ。
主人公は13歳の設定だったので、
十分にこれくらいの漢字は書けただろう。
漢字は「私」だけ。
その「私」が、未熟ながらも自立への道を進んでいる、という風にイメージできたし、
句読点がきれいと思ったし、
日本語の力を感じたのだ。
そのコピーをつくったのが糸井重里なのだが、
それを知ったのは10年も経ってからだ。

コピーライターの糸井重里と、宮崎アニメのコピーが
結びつかないまま、
私は大学生になり、2000年の夏、
Beutiful Songsというグループのコンサートにいった。
そのグループは、大貫妙子、奥田民生、鈴木慶一、
宮沢和史、矢野顕子が「うた」の本質を問うかのように結成し、
伝説のコンサートを催した。初めてコンサートで泣いた。
Beautiful Songsについてはまた後日、語りたいとして、
そのコンサートの企画で「Beautiful Beautiful Songs」という曲がある。
糸井重里が作詞で、
作曲は5人が、自分のメロディーとして作るので5通りあるのだ。
同じ歌詞でも5人それぞれの個性あふれる曲となっている。
ちょっと話がそれてきたけど、
そこでも糸井重里が絡んでいて、
パンフレットにもスペシャルサンクスで「ほぼ日」の名前もあがっている。
当日、もしかしたらチラシなんかも入っていたかもしれないけど、
その時点ではまだほぼ日を知らなかった。
チラシを見たのかもしれないけど、よくわからなかったのだと思う。
ほぼ日にたどり着いたのはそこからまだ半年後くらいだと思う。
Beautiful Songsの話題で元彼と急接近したわけで、
そのとき改めてパンフレットを見てて、
急に糸井重里が気になってネットで検索したらほぼ日にすぐたどり着いたのだ。
ほぼとはそれからの付き合いだ。

高校生のときからコピーライターという職業に憧れていた私だけど、
そのときやっと全てがつながったのだ。
トトロからほぼ日まで。
私の人生の中で、遠回りしてるけど、
糸井重里がからんでいるんだ。

それに10月19日の好きな人ランキングの記事読み返すと、
私の理想にぴったりはまってるのが糸井重里じゃぁないかい?
GパンにTシャツ(ほぼ日Tシャツ)に
何かの分野に秀でている(コピーライターにMOTHERに作詞にいろいろいろいろ)に
世界が広がる(私はほぼ日からいろいろ知ったぞ)し
まじめな話もできる(今日の産経新聞の夕刊にほぼ日の記事載ってた)し、
ぴったりではないか!?
なぜランキングに入っていないんだ!?
そのこたえは、父親よりも年上だからだろう・・・。

そういうわけで、無理矢理ラストにもっていくけど(苦笑)
これからも、いろんな人に影響を与える存在でいてください。
お誕生日おめでとうございます。
糸井重里さま。
ほぼ日読者より。

今日の音楽:「ニットキャップマン」鈴木慶一・矢野顕子

ここでクイズです

2005-11-02 17:14:30 | 私をつくるモノ
チャラン!!クーーーイズ!!
私の血液型は何型でしょーーーか?!

目的:文章で何型かわかるのかどうかを知るため
   傍観者をなくすため(笑)、いや、たくさんのコメントがほしいため(笑)


今日の音楽:「ありがとう」井上陽水奥田民生

室井滋さんお誕生日おめでとう!

2005-10-22 17:21:09 | 私をつくるモノ
私の大スキな室井滋さん、45歳のお誕生日おめでとうございます
私が大スキな宮崎あおいちゃんの来年のNHK朝の連続ドラマ小説の
キャストにも決まったしおめでたいことは続きます
来年は朝ドラ観てから出勤しよっと。

私が室井さんを知ったのは、「やっぱり猫が好き」というシチュエーションドラマを見て。私、小学生。
そもそもは関東で深夜番組だったのだが、好評で
ゴールデン進出。
土曜は「所さんのただものではない」をみて、そのまま「やっぱり猫が好き」をきょうだいと観るのが楽しみだった。
「やっぱり猫が好き」は私の原点だ。
マイナー志向の始まりともいう・・・。
このドラマでもたいまさこさん、小林聡美さん、
三谷幸喜大先生を知ったのだからたいした小学生ではないだろうか!
同級生で「やっぱり猫を好き」をリアルタイムで観ていた友達が皆無に近いので、
話が通じてしまうと、ベラボーにうれしくなる。
年上の人と話すときも「やっぱり猫が好きって知ってますか?」と聞いてしまうし。
それだけで「この人とは友達になれる!!」てくらいだ。

小学生だった私には、
おかしな3姉妹のドタバタがドラマなのかコントなのかわからず、
母親に聞いた記憶がある。
そこで「脚本」という言葉を覚えた。しかも三谷幸喜。
しかも歌は矢野顕子さま。
今、私が好きな人が勢ぞろいしているなんてすごくないか!?
彼女たちを初めて知ったドラマゆえか、
今も彼女たちを観ると「かーや」「れいちゃん」「きみちゃん」と言ってしまう。
んでもって理想の姉妹で、理想の家だわ(笑)


今日の音楽:「David」矢野顕子
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