「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、、文化財および近代土木遺産をめぐる。

鹿児島県奄美市 「 浦上トネヤ跡 」

2015-05-06 05:24:41 | 歴史 ・ 墓 ・ 城 ( 本土 )





















これは、大島工業高校の正門近くにある浦上トネヤである。
看板の説明によると、ノロ神様が祭事をする場所となっている。
通りからは、コンクリート造の祠 ( ほこら ) の背面が見えるが、
昭和50年に亡くなった野口草千代さんが、浦上最後のノロだったということです。
ヰヒリ腹といって、ノロは兄弟の娘に嗣(つ)いでいくことになっていたようですが
後継者が存在しなかったようです。


徒根屋 ( トネヤ ) : 奄美の歴史には、
ノロ ( 琉球王から任命された巫女、祭りを司る神 )神様がいた。
そのノロ様が住む家 ( 琉球王国最高の聖域でノロの住家、
祭りの振り出しの場所 ) をトネヤと言います。
「 徒 」 は 「 仲間 」 ( 共に ) 、 「 根 」 は物事の元、大事な幹の部分。
物事のはじめや根・幹部分を共有する屋・店 ( 時空間 ) という意味で名づけたものである。
自然 ( 神様 ) の恵や幸を皆で 「 共有できる場所 」 。
真心で手造りしたシマの恵みを 「 繋ぐ空間 」 。
それが徒根屋です。


また部落によっては、このミヤと称する空地に
トネヤと称する小屋の立っている所もある。
この語源を古典に求めるならば、
大鏡に「里の刀禰村の行事出で来て、
火まつりや何やとわずらはしくせめし事、今は聞えず」とある。
里の刀禰は村里の長のことであろうから、
「 トネヤ 」 は村里の長の屋敷ということになる。

前に掲げた諸数部落では、ミヤと呼ばれる空地には、
アシャゲと呼ばれる祠が立っていて、この空地の上にではなく、
その近くに、トネヤシキというのがあって、
今日では、個人の屋敷になっているが、
昔は、ここに神官ノロが住んでいたといわれている。
                              
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