When I Dream

~気侭な戯言日記~

あの夏の花火

2006-07-29 22:40:20 | ボクシリーズ(物語風/エッセイ風)
TVに映し出される隅田川花火大会の模様を見ながら・・・ボクは仲間達と過ごした夏を思い浮かべていた。毎年・・・7月最終週の土日は海へ一泊の小さな旅が仲間内では暗黙の了解になっていたのだが、今年は企画すらしなかった事が今さらながら少々悔やまれた。TVでは進行上、司会やゲストが映し出される事が多くいのは仕方がないとしても・・・カメラのファインダーを通して見る“花火の映像”はなんとも味気の無いもので、今でも・・・記憶を辿ると蘇ってくる仲間と楽しんだ夏の夜の花火の情景の方がボクにはリアルに感じられた。

7月の最後の土曜の夕方・・・東京にほど近い場所の宿に仲間は集まった。
水平線がオレンジ色に染まり、静かに仄かに暗くなっていく時刻になると・・・砂浜に家族連れやボクらのような仲間連れが花火を抱えて集まり始める。すっかり陽が落ちて海が黒く染まると、小さく・・・時には少し大きな白い波がほうき星のように、幾重にも重なって波打ち際に押し寄せる。波が打ち寄せるザ~と言う音に、手持ち花火のバチバチという音が次第に重なっていく。花火の放つ光と白い煙に混じる楽しそうな人の声・・・夜空に輝く星の粒に、打ち上げ花火のコントラストとグラデーションが彩りを添え始める。
凹状なゆるやかなカーブを描く海岸線は、東を向いても西を向いても・・・等間隔で海岸線を走る車のテールランプのように光を点在させていた。

みかんの段ボールに山と積まれた花火は、思い思いに選んで手にする仲間にどんどん消化されていく。ある年の夏に覚えた・・・ロケット花火をまとめて20本・・・は、近くで花火を楽しむ他のグループや家族連れを圧倒してちょっぴり誇らしげな気分を味わえた。たが、ボクらよりも後に登場した隣の学生のグループは、花火大会さながらな計算したような数種類複数の打ち上げ花火同時点火と言う・・・夜空に見事な彩りを放ってみせたのだった。
花火を見ていたギャラリーにどよめきと歓声をおこさせたその彼ら・・・ボクらも皆圧倒され、仲間内で無言で目を合わせあった。一つ一つでは単調で味気ない市販の花火でも、組み合わせの種類と本数によっては自分達も楽しめて、ギャラリーの目も楽しませる事が出来るのを始めて知った夏だった。

“凄ぇ!あれやりたいな~”皆そう思っていたが、ボクらの花火は段ボールにあと僅かしかなく・・・ボクが最後にやろうと残しておいた大好きな“飛び魚”が数本と、他数本の打ち上げしか残っていなかった。この組み合わせでは到底彼らには敵わない。取りあえず“飛び魚”を単体で1本上げてみると・・・飛び散る火花と同時に“おぉ~!”と大きな歓声が沸いて、ボクはなぜだか少し誇らしい思いがしたのだった。

その当時では“飛び魚”と言う花火は比較的まだ珍しい花火だったと思う。
TVの隅田川花火大会で・・・花火師達が競って打ち上げている花火を見ていて、ボクはそんな夏の日の花火を思いだして脳裏に重ねていた。花火大会の混雑した会場には行きたくはないが、段ボール山積みの花火を買い込んで、気のいい仲間と夏の夜の海岸で過ごすのは悪くはないものだ。目を閉じてみると・・・一筋の光が一瞬拡がって儚く消えていくようだった。そして、何枚もの画像が現れては消え・・・夏の日を思い起こさせるのだった。
それは今でも色褪せていない・・・色鮮やかなモノだった。

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