クールな生活

日々の雑感と意見

安倍は何をやりたいのだ

2007-07-31 08:51:25 | 時事問題 政治
安倍は総理大臣をやりたい。それだけではないのか。総理大臣になって何をやりたいのだ?美しい国を作りたい。願望だけで美しい国は出来ないことがまだ分かっていないのか。安倍は日本国民の方を向いていない。永田町だけの理解が得られればいいなりにできるという粗末な思い込みに浸っている。

二昔前、暗愚の宰相と言われたのがいた。サミットでイギリスに行ってサッチャーに馬鹿にされてきたくらいのお恥ずかしい首相であった。安倍は暗愚ではない。言葉だけ小泉の改革路線をもらって、自分の願望を旗に掲げた。今度の選挙結果では自分の改革政策について否決を食らっていない、だから続投する、という子供の論理を振りかざしてきた。総理大臣なんてものはそんなものじゃあないだろう。総理大臣は日本の政治すべてに責任をもってもらわなければならないのだ。安倍が改革を行う以前に、日本丸の舵取りが出来ていない、あんな粗末なマネジメントで一体何が出来ようか、と国民は大いなる疑問どころか、もう駄目だと結論を出したのである。安倍は暗愚ではないが、決して英邁といえない。英邁でなくとの良いのかもしれない。しかし、国民の声をを聞けなくなったら、もはや君主たり得ない。英邁でない君主であってもそれくらいのことは分かる。

安倍が自分の改革路線を道半ばにして辞めるのは残念無念、心痛のきわみであろう事は理解できる。しかし、それは個人レベルのことである。勉強して今度は満を持して再登板する覚悟をもてばよいのである。殿御乱心、と言って止めるのが自民党で誰もいないのも情けない。企業で、わしはやる、と言って人の話に耳を傾けない会長がずるずると居座る姿がある。御乱心を注意するのはイエスマンにはいない。まさにそんな構図を思い浮かべる。

財界が安倍に賛意を表するのはまた別の意味があるのだろう。安倍はあくまでも政治の判断をすべきなのである。出処進退が潔くなかった日銀総裁は、あれから日本経済の発展に尽くしているだろうか。
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安倍の試験結果

2007-07-30 13:18:57 | 時事問題 政治
昼のテレビでうまい評論が言われていた。安倍は中間試験で落第してしまった。追試があるからそこで頑張ればよいのだと思っているのではないか。安倍の学校時代のことを考えればまさに言い当てた評論であろう。

本来ならば安倍は辞めるべきである。小泉のとき海外からももうもたないのではないかと言われながら辞めない、辞めない、まだやることがあるといって開き直り、居座ってしまった日銀総裁福井のときと同様、今の時期に余人に替えがたいという理由だけから居直ってもらったのでは、まさに国民の国政選挙の意味合いは何だったのかと疑いたくなる。福井は能力的に余人に替えがたいということであったが、安倍は能力の問題でなく、今準備をしている人が居ないと言うだけであろう。国民は安倍にレッドカードを突きつけたのである。安倍内閣が駄目だから選挙でノーと言ったのである。経済の福井、政治の安倍、いずれもその世界のトップが相応の責任を取らずして開き直ってしまうことがとも簡単に許されてしまうような世の中になってしまった。主張だけすればよい、パフォーマンスで生きられる、信義なき世の中を容認させる風土は小泉の遺産であるとみてよい。「私と小沢とどちらが総理にふさわしいか」そう言って選択を迫ったのは安倍よ、君自身ではないのか。それを単なるパフォーマンスと言うのか。

安倍は真面目で小泉のような無責任とは違うということは理解できる。しかし、人事が下手すぎた。今度は挙党一致内閣を作る、という言質の裏には、今までは挙党一致ではなく、安倍いい子ぶりっ子配置内閣であったと自民党が認めていることになり、国民よ、俺たちも馬鹿にされたものだなあ。安倍の指導力の無さがあまりにも明らかなのである。もう少しなんとかしてくれれば良かったのだが、残念、遅かったよ。

それにしても麻生は馬鹿だったなあ。惜しかったなあ。あんなことを言わなければ、今回は絶好のチャンスではなかったか。臍をかんでも遅い。失言癖を直さなかったばっかりに、テーブルにつけなくなってしまった。これまでなんでこらえてきたか、改めて自問してももう遅い。人を思わんものは人から思われない。小泉時代は何でもありで、人を押しのけても、格差を広げても皆我慢していた。改革の御旗にまだ希望を持とうとしたからだ。しかし今いまや、皆思いやりの無いそんな世界には愛想が尽きたのだ。

本当に安倍以外は居ないのか?小泉再登板の話題が出たり、小池と言う名前がマスコミから出たことがあるが、まさか、よしてくれよ。
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選挙とブッシュの戦争

2007-07-29 09:32:15 | 時事問題 政治
ブッシュの戦争がなかなか終わらず世界が困っている。歴史に「if」は無用であるが、もしゴアが大統領になっていたらイラク戦争は起こらなかったであろうと言うことは予想がつく。ブッシュの初回の選挙におけるフロリダの投票の有効無効を巡ってゴアがあきらめずにしつこく絡んだら結果がひっくり返ったのだ。いや、ブッシュが結果をひっくり返したと言う表現さえ残っているのだ。真相はブッシュが大統領を辞めてから誰かが語ってくれるだろうと期待している。ことほど左様に選挙結果は重要である。
日本でも小泉チルドレンが誕生というか発生というか、できてしまった二年前の衆議院選挙は記憶に新しい。馬鹿なことをした、と思っている人は多かろう。今回の参議院選挙でも比例区での候補者には次善の人すら見られないという言い様すら出来る。それでも頑張ってくれる人に頼りを預ける。

ブッシュの戦争は戦争にアメリカは勝った。ラムズフェルドのIT技術作戦の圧倒的な勝利であった。その後のラムズフェルドも含めたブッシュの政治が下手で今の状況なっていると理解できる。イラクに勝てばイラクはアメリカの思惑通りに動いてくれるものという単細胞的な政治感覚である。イラクはアメリカとは異なる。単純に宗教といっても、宗教宗派が政争に結びついている歴史をブッシュは知らなすぎている。
小泉の郵政民営化、安倍の年金問題の後始末、安倍の公務員改革、自分の怨念だけでなく国家百年の計を睨んだ真剣な政治を歴史から学んで行って欲しいと思う。
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小池の社保庁労組批判

2007-07-27 08:32:41 | 時事問題 政治
防衛大臣になった小池が参議院選挙の応援演説で社会保険庁の不祥事の原因は社保庁の労組にあり、民主党が悪いのだ、と言った報道を知った。まだ分からないのか、と言いたい。確かにそれはある。そればかりでないのだ。今やらなければならないのは、労組が悪い、菅が悪いということではなく、「失われた年金」を回復させることであり、社保庁を如何に立て直すかである。本来ならば、どぶに捨てたのと等しい、何とか施設に投入した金やろくに仕事しないで、渡り歩いた管理能力不在の元エリートの所得を取り戻さなくてはならないのである。自民党がいい子ぶりっ子するのは、お前ののぼせ上がりだ。思想を語れ、日本を語れ、自分の思想に基づいた人を応援すると言う語り方をしてみるというような、正攻法をすることができないのか。そのようなことが、皆が真面目な女性に期待することである。それが行政をリードする大臣の使命でもあるのではないか。いつまでも小泉チルドレン、安倍チルドレンの一員と揶揄しなければならないようなものの言い方には、もううんざりなのだ。
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投票時間の繰上げ

2007-07-26 08:05:02 | 時事問題 政治
1週間くらい前の報道であったろうか、総務省が今度の選挙の投票時間を午後8時から7時に変更するところが1割強増加する旨の発表をしている。選挙が公示されてからであり、かつ、自民党の敗北の色が出てきてからであったから、「当局」による「選挙妨害」ともとれなくもない。これに対して民主、社民、共産ともあまり反応しないというか、声を上げていないように見受けられる。該当する場所はどこかよく調べていないが、多分都市部ではないであろう。該当する自治体に問えば、これまでの実績から、7-8時の投票はなかった、ごく少なかった、という答えが来るくらいであろうと察する。

理由は、開票結果を早くするためで、事務処理に時間がかかるる分、投票時間の圧縮という手段に出た、それは自治体で決めれることで「違法性」はない。完全に時代逆行で、決めた人はこれまでの民主主義の歴史をどんなふうに理解してきたのか、「知能」を疑いたくなるから、名前と顔写真くらいはつけて「談話」を発表してほしかった。理由があまりにも幼稚すぎる。まさに安倍の幼稚加減並ではないかと疑いたくなる。もうどうしようもないわけではないのだろうが、多くの人が拳をあげれば、覆される。願わくば、これ以上の自治体ではこのような決定をしてくれるなということである。社保庁ばかりでなく、役人の心が腐っている。そのような時代になってきたのか。そのように思いたくはない。元々、そんな要素はあったのだが、次第に是正されてきたはずであると理解してきたが、どうして基本の腐りようはなかなか変わらない。行政の大元である内閣がしっかりしてもらわなければならないことになる。トップの意向でどうにでもなる類のもである。

総務省からの「ご意見」が発せられたのかどうか真相を知りたい。
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選挙責任と安倍内閣

2007-07-25 08:22:32 | 時事問題 政治
自民党は参議院選挙に負けそうであるという予想を自覚してか、負けても党首に責任を求めないという考えを示したが、内閣の官房長官もそのような発言をしている報道が出た。投票率も含めて、選挙結果はそのときの民意の反映であると考えるべきであろう。自民党の考えは一政党の考えであるから該政党の判断でよい。しかし内閣の判断には国民の意向を考慮すべきである。首相は国会が決めるから国会を支配する政党が選挙責任も決めることであると露骨な言い方ではないにしろ、官房長官の考えには身内の勝手が見える。このような官房長官の話が出てくることからして、安倍内閣は行政面で致命的なミスを犯していないのだが、信頼のおけない人たちが多いとみなされてしまう。松岡の説明のいい加減さ、赤城の逃げを安倍が一生懸命に庇う姿にもいったいこの人に指導力はあるのかと疑わざるをえない。この内閣に任せられるのかと信頼をなくしているのは世論調査でも出てきている。

小泉は国会が駄目というなら民意を問うと言って、拳をあげての大ポーズを示したことが国民に受けて、岡田民主党の選挙下手も手伝って先の衆議院選挙では大勝した。安倍は小泉のような大衆迎合主義を取っていないが、民意を求めている以上、党首として選挙責任は何らかの形であるのと、さらに問題視したいのは、内閣の責任者として、内閣を庇うのでなく、国益であり、民意の反映に応える動きをしたか、しているかの考慮に基づいた判断を入れることが求められているゆえに、その面からの考察を行う責任があることである。小泉のワンフレーズにだまされた人は多いと思う。前回の衆議院選挙ではあんな低レベルの人までが国会議員になるなんて、今度はもうだまされないぞ、と思った人が多いと思う。安倍に求められてきたのは、問題が発生したときの分かりやすい説明であった。安倍はそれに応えようと、「丁寧な説明」をしたつもりなのであろうが幼稚すぎた。国民への配慮が見える言動が首相にも内閣にも欲しいわけである。
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安倍の内閣

2007-07-23 08:16:44 | 時事問題 政治
小泉のように郵政民営化だけのキャッチフレーズで他のことすべてを処理しようとした浅薄な総理でも、イエスマンだけを集めて独裁的なリーダーシップを発揮していれば5年もった。安倍はもともと指導力は疑問視されていたが真面目なことと新鮮味と実行力が期待されていて、それに関しては初期はなんとかやれそうな雰囲気があったと思える。首相補佐官というブレインを設置したのも自分の非力部分をカバーするということを考えれば、なにもアメリカ大統領のまねをしなくとも有用な組織であると理解できる。それ以上のことを期待するからあるいは調整を取らないままに走ったので、結局スタッフ業務のやりにくさが前面に出て空中分解の様相をしているように見える。ポストを決めてやればあとは個人の力量でやりなさいというところは他の組織でもあるが、曖昧性を潰せてきていないところに安倍の弱さが見える。内閣では重鎮的な存在である、久間、麻生に放言問題が出て窮している。松岡とはよくつめなかったのであろう。佐田、赤城においてはレベル的に粗末で、なにおかいわんやである。大臣の前に社会人であれという訓戒を誰かがしっかりとたれてやらねばどうしようもない人種ではないか。
7月はじめに、8月には新内閣という噂がまことしやかに流れていたが、事実になってもらわなければ日本がいつまでもあたふたしている姿を世界に見せることになる。恥を知り、国益を優先する志士を側近からばかりでなく、全国から集めなければならない。現内閣でも仕事にできるのはいるが、一度仕事師内閣として頼りがいのある内閣を作り直さなければならない。国民の信頼をあまりにも損ねている。
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美しい国と応援演説の中止

2007-07-22 09:56:49 | 時事問題 政治
安倍は高知県の田村議員の応援演説を中止したという。田村が美しい国の意味がわからないと言ったり、応援演説よりも金がほしいと言ったりしたからという。後者の理由は生々しすぎるが、安倍の美しい国が自党の議員にも理解されていない、また田村も理解しがたいというのであれば、国会の中できっちり説明を求めてほしいのである。それをしていないという点は残念に思うし、安倍の判断はお粗末でまたお坊ちゃまといわれても仕方があるまい。美しい国という言葉は美しい。日本は美しくなってほしいと思う。安倍の美しい国とは観念として理解できようが、理念のみでは政治はできないから曖昧な点を是正してより現実的な政策を説明するようにすれば、反対勢力とも議論ができるのではないか。
安倍の言う吉田松陰のみならず、明治維新の志士には土佐の坂本竜馬もいるゆえ、高知県ではそんな点にも触れて、美しい国の高知県民版を語り、田村との議論も交えれば、国民は美しい国に改めて目を向けることもありえよう。美しい国は小沢の言う普通の国とはどこが違うんだ、そんな観点からの語りも出れば、民主党との戦いもはっきりしてくる。忙しくて一箇所でそんなにできないよ、という声が出ようが、国民が知りたいのは安倍の思想であり、これから日本をどのように持っていくのかという舵取り技術である。

田村は小泉のときの郵政民営化に反対票を投じた一人と理解している。安倍になってから反対者は抹殺するという小泉独裁主義がなくなっいる分、日本は美しい国に近づき始めた、という見方だってできる。高知県は田村先生がイエスマンでないとうガッツを垣間見たであろうが、掛け声だけでなく田村の主張も明確にしてほしいと思う。
それにしても、自民党の選挙参謀はいったい誰がやっているのだろうか?国民の皆様に小泉時代の内輪喧嘩をまた見てくださいというのであろうか。
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麻生の講演会

2007-07-21 08:25:56 | 時事問題 政治
「幼稚園の子供でもわかること」→「馬鹿でもわかること」→「アルツハイマー」、麻生は咄嗟にそう思って口に出したということであろう。講演の原稿に数字だけは用意しておいたのであろうが、前後の脈絡は慣れている口に頼ればよいこととしてきっちり原稿にしたためなかったのであろう。麻生は本音を語る人である。といって戯言まで本音を言っても、言ったことの意味をを理解でき歩調を合わせてくれる人たちばかりが講演を聞いているとは限らない。麻生と同様な背景を持つ人たちばかりでないから、戯言を曲解したり、反対の意味にとられてしまうことすらある。講演の目的は、支援者にはさらに力を加えると同時に、支援者でない人たちに理解を求めることがあるはずである。先日の久間の講演といい、もう少し原稿段階でのチェックを行うべきことで、自分の思想が現れる言葉を選ぶべきである。一つ一つの講演を大事にする姿勢をとらないと聴講者も少なくなる。あるいは、揚げ足取りばかりが聴きに来てあら捜しになってくる。比喩は大衆が理解して日常的に使っている言葉を選ぶのが分かりやすい。今回の講演では、今度は子供が憤慨する場合があるかもしれないが、幼稚園の子供でもわかる、が最も一般的であろう。

田中真紀子、川口順子と粗末な外務大臣が続いた後、町村、麻生で少し引き締めにかかっているはずである。些細なことを些細と見なさない努力が、大事なときにも効果が出てくると信ずる。田中真紀子のようなそれこそ吉本興業のお笑い提供者のような言い方をいつもしていると、外交秘密まで口に出してアメリカの不快感を買う始末になってしまう。言動の一つ一つが国益に反映されるという思いを大臣はもってほしい。お笑い提供者はそれなりの仕事をしているのである。大臣が真似することは何もない。
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原子力発電所の安全性

2007-07-19 08:13:30 | 時事問題 社会
保安(安全を守る)ということは絶対のことであるという認識が必要である。そのために何をしなければならないかを考えていくことである。実際すべての工場で保安活動は行われている。原子力発電所も例外ではないはずである。ところが原子力発電所に限らず多くの工場で事故が発生している。なぜか?保安を絶対として行うこと、すなわち、何にも優先して行わなければならないこととしてとらえていないからである。

原子力は有用なエネルギー源で扱いを正しくすれば危険を回避できることは多くの人が知るところである。その正しい扱いに手を抜くと事故につながる。事故は何万分の一の確率でしか起きないかもしれないが、何万分の一の確率で起こりうるわけである。その何万分の一の確率を避ける努力をするのが保安を絶対にする認識である。今回の柏崎の事故は自身という不可抗力があるにせよ、地震対策は完璧に近い姿であったかどうかという点で人災も問われることになる。事故が起きた後の始末の問題で不手際があったというのは人の管理不足で大事故にならなかったにせよ人災になる。原子力発電所は法的にも届出で義務などを負っている。それを怠ったのは法的に違反である。安倍が不快感を露にするのはもっともである。トップの保安に関する絶対意識の欠如といってよい。(言葉尻を捕らえば、もっとも安倍には我々安倍内閣以外の国民が不快感を露にしたいこといくつかあったが、今回は別件であるから触れない)。

ここで言いたいことは、安全性は多くのことと同様に、トップの認識次第で変わりうる要素をもつものの一つであるということである。とりわけ安全を重要視される原子力発電所およびその関連において、これまでもいくつかの事故あるいは事故に思しきことが発生し政治的にも議論されたことが何度かあったが、これらはすべてトップが保安意識を絶対としてもち組織に浸透させれば回避できたであろうことがほとんどではないかということである。権限を有する者の必須の条件としてそれこそ「法的」に明確に指導を入れるべきことではないか。安倍は不快感はともかくとして、なぜ不快感を発生させてくれたか原因とその原因の背景をなす考え方について、ありきたりの報告でなく本音を入れた反省文を発電所トップに報告させてみてはどうか。それによる対策が今後の再発防止につながることになるはずである。技術論ばかりでなく、管理という面で政治を入れていくべきである。
レベルは異なるが、トップが安全性に対する認識がまるでなかった例は、直近で渋谷の温泉のメタンガス流出事故における当該社長の記者会見に如実に見られる。
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