国家緊急権が必要だという人は「災害時」のことを挙げます。巨大災害時に総理大臣に権力を集中し、人権を制限することが出来るように憲法に書き込む必要があるというのです。この点について、この本では詳細に論じています。さすがに災害関連法制の専門家です。
災害の際の問題の第一は災害による国政の空白です
災害によって選挙ができなくなったり、国会が機能しなくなった時にどうするかという議論があります。著者は考えうるあらゆる場合を検討しています。まず衆議院が解散している場合には、参議院の緊急集会を行うことになっています。衆議院と参議院のダブル選挙の場合にも非改選の参議院議員がいるので、参議院の緊急集会を開くことが出来ます。このように現在の憲法の中には災害時にも国会を開くことが出来るように決められていて、改正する必要はないと主張しています。
災害時の非常事態への対応のため権力を集中したり、人権を制限したりすることが必要ではないかという議論があります。この点について著者の永井氏は災害対策基本法等の法律が精緻に定めているといいます。
災害対策基本法によると、異常・激甚な災害の場合内閣総理大臣が災害緊急事態の布告を行います。これによって、国会を開くいとまがない場合緊急政令を制定できます。ただし次の四つの事項に限った政令です。(1)生活必需品の配給、(2)物の価格の統制、(3)金銭債務の支払いの延期、(4)外国からの援助の受け入れの四つです。この政令には罰則をつけることが出来ます。そして政令制定後国会の臨時会の招集または参議院の緊急集会意を求めて、国会の承認がなければ政令は効力を失います。
内閣総理大臣は国民に物資をみだりに購入しないよう協力を求めたり、関係機関に必要な指示をしたりすることができるようになります。
さらに防衛大臣に部隊等の派遣を要請したり、一時的に警察を直接統制したりすることもできます。
原発事故の場合には内閣総理大臣が避難等の指示をできるようになります。
災害救助法には人権の制限に関する規定もあります。都道府県知事の強制権では(1)医療、土木建築工事、輸送関係者に、救助業務に従事するよう命令を出せます。(2)災害現場にいる人に、救助業務に従事させることができます。
財産権の制限では、都道府県知事は(3)病院、診療所、旅館等を管理したり、その土地建物、物資を使用したりすることが出来ます。また物資の生産、集荷などを行うものに物資の保管を命じたり収用したりすることができます。(4)職員に施設、土地、家屋、物資を調べさせることが出来ます。
ほかに市町村長の強制権に関する規定もありますが、煩雑になるのでここには引用しません。
災害対策基本法について、いろいろと引用しましたが、著者はこのような細かい規定を挙げることで、災害時の対応に憲法改正は必要なく、法律だけで十分だということを言いたいのだと思います。同時に、憲法と違って法律に書き込む場合には、どのような場合にどのようなことが出来るかということを限定して書き込むことが出来るという利点があります。たとえば、内閣が緊急政令を作る場合に、上にあげた四つの事項に限る必要があります。これでは、たとえヒトラーであっても乱用は難しいでしょう。
こうやって検討してくると、災害対策のために憲法に緊急事態条項を書き込む必要はないのだということが分かりました。
憲法改正論者がいう「災害対策のための憲法改正」という主張は別の目的があっての主張のように見えます。