~風に吹かれて~ by ポー(paw)

-人の中に 人の創り出した物の中に 動植物の中に 地球や宇宙の中に 魂の琴線にふれ 愛を感じながら 生き込みたい-

氷川鍬神社(埼玉県上尾市)

2018-05-01 06:29:47 | ・神社・お寺

2018.4 上尾駅前にある「氷川鍬神社」を詣でました。

伝説によれば、寛永8年(1631年)桶川宿方より来た童子が引いていた櫃が上尾宿本陣前で動かなくなり、童子はいずこかへ
消え失せた。 翌正月に櫃を開けてみると、鍬2本と稲穂があり、鍬2本を神体として本陣前に社を建立して祀ったのが創建の
経緯と伝えられる。 稲穂は「御子稲」と称し、種を増やして庶民に分け与えた。 長く、御鍬太神宮(おくわだいじんぐう)と
呼ばれてきたが、明治41年(1908年)上尾村総鎮守の氷川神社から女体社を合祀し、現社名となった。by wikipedia

社務所前に車を停めさせてもらいました。駅前でもあり隣はコインパーキング。2~3台しか停められないので
ちょうど拝殿前に居られた宮司さんらしき方にお聞きしたら、どうぞどうぞと快諾を頂き駐車させていただきました。
気持ちよく参拝させていただきました^^


岩淵八雲神社(東京都北区岩淵)

2018-05-01 06:19:44 | ・神社・お寺

2018.4.22 久しぶりのサンデーamショートトリップ^^ その四。ブラブラと十条冨士から柏木神社、熊野神社、墨田川沿いを
北上して八雲神社へ。

墨田川 穏やかで気持ちいいです^^

水難事故供養のお地蔵様

岩淵八雲神社は、岩槻街道の東裏、荒川堤防の南側近くに鎮座します。
この神社は、江戸時代に徳川将軍が日光東照宮に参詣する際に利用した日光御成道の第一の宿場として栄えた岩淵宿の鎮守社
でした。
祭神には須佐之男尊が祀られています。
創建年代は不詳ですが、江戸時代後期に編纂された「新編武蔵風土記稿」には、「牛頭天王社、宿ノ鎮守トス、正光寺持」
とあり、これが「テンノウサマ」として親しまれていたことがわかります。
また神仏分離以前には正光寺が別当寺でした。
明治6年7月に村社に定められ、それ以来、赤羽八幡神社の兼務社となっています。
境内には、本殿、幣殿・拝殿、神楽殿、末社水神社が配置されています。
水神社は舟運業者の信仰を集めた神社です。祠の右側には「寛政12庚申正月吉日」の年紀が刻まれています。また、勝海舟が
荒川で足止めされたときに書いたとされる大幟旗も所蔵します。
現在、本殿は、末社水神社の祭礼とおもに隔年ごとの六月第1土曜・日曜に行われています。このとき、氏子たちによって神輿が
巡幸されます。
参道の端に「岩淵町、町名存続之碑」があります。昭和37年5月に「住居表示に関する法律」が交付されると、北区も住居表示の
変更を進めました。由緒ある岩淵町の名を守るため、岩淵町1丁目の住民は町名存続運動を展開しました。この石碑は、そのとき
の記憶を未来へと刻むものです。

境内に入ると地元のお爺さん二人が木陰でお話をされていました。地元の憩いの場所なのでしょうね。岩淵長明存続運動で、
氏子さんの結束も強いのかもしれません。こちらの神社も墨田川沿いですが、境内社の水神社は近くの河川敷から移転してきた
ようです。日差しの強い日でしたが境内には木々が生い茂り柔らかな空気に包まれていました。