paserisanの日々

日常的写真ブログです。

雨の木曜日

2018年05月31日 | Weblog



ご無沙汰しておりました。
みなさま、如何お過ごしですか?

年が明けてからずっと駆け足で…気づけば5月ももう終わり、明日から6月ですね。
梅雨入りはしたのかな?
もうすぐなのかな?

1月末から突然の介護で、週のほぼ半分は実家近くの病院へ。
仕事と父の入院先の病院との往復でした。
今月半ば父は旅立ちました。
闘病生活、父は本当によく頑張ったと思います。
慌ただしい4ヶ月だったけど、父の病院へ行って介護するのは全く辛くなかった。
逆に父と長い時間一緒に居られたし、いろんな話もして、父の気持ちもたくさん聴けた。
しんどかったのは、妹の考えがよく分からなかったこと
私のなかでは、ずっと…何故???という思い、腑に落ちない気持ちは拭えません。
介護する側の…家族の意思の疎通の難しさを感じました。
いろんな気持ちに折り合いをつけていくのは大変ですね
これまでコトあるごとにKチャンはじめ愚痴を聴いていただいた方々、本当にありがとうございました。

それから、2月の半ばには長女まゆちゃんが結婚しました。
父の状態が不安定だったので、結婚式の幸せな気持ちに、その気持ちだけにどっぷりと浸ることは難しかったです。
ですが、まゆちゃんの幸せそうな笑顔に癒され、ゲストの皆さんが祝福してくださる気持ちが本当に嬉しかったです。

2月~5月後半まで勤務を大幅に交代していただいていたので、今後は仕事三昧の日々です。
四十九日までは時々実家へも帰っていますが、あちこち色々やることがあるのでご報告が出来ていない方もおられ申し訳ありません
落ち着いたらまたゆっくりと話を聞いてください。

自分自身の気持ちを整理する意味でも、遡ってブログに書いてみたいと思います。
そんなこと言って、また滞ってしまったらごめんなさい^^;



実家の花壇にグミの木があったんです。
この時期、赤い実をいっぱいつけておりました。
甘酸っぱくて美味しいです^^
子どもの頃は、学校帰りによそのお庭のグミを勝手に取って食べたりしたものです。 
そんな記憶も懐かしい~

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

桜 駅までの道のり 病院周辺花見

2018年04月04日 | Weblog



時々病院から駅まで歩くことがあり、桜が満開の頃は私の写真も父に見せたくて。







春は桜以外にも花が満開ですごく綺麗☆彡





久しぶりにツクシを発見!!



雲一つない晴天でした
この風景に癒される







写真、分かりにくいですが中央の紫色はスミレです





変だな~???という思い、
私が先生や看護師さんから聞く言葉と妹から聞くことが違っていたり…
いろんなことを思うけれど、キーパソンは妹だから、いろんな思いも呑み込む。

そのしんどさ…



みんなが何も言えない構図。
疑問ばかり残る状況。
だけど、目の前に父がいる。

父と一緒に過ごす時間は全く辛くなかったのに、妹の考えがサッパリ分からずとても疲れた。



この時期は、電車の車内からも桜並木をよく撮りました。
 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

桃の節句から桜の季節へ

2018年04月03日 | Weblog



忙しい合間にも季節の行事は大切にしたい。
お雛さんを出した。
今年は桃の花を買う時間も無く。生協での注文も忘れた…というか、生協も全てりょうこがやってくれていた



りょうこ作の散らし寿司
人が作ってくれたご飯がありがたい。
病院でのコンビニ弁当やおにぎりに飽き飽きしている私には、お家ご飯が身体に浸みる;;





りょうこは、この頃は保育所実習で忙しそうだった。
忙しかったのは私だけじゃない…と何度も思った。
りょうこたちが居てくれるから、それが本当に支えになった。
家族はありがたいと思った;;




K病院のロビーにも可愛いお雛さま^^
気分転換に外来が少なくなった頃を見計らって車椅子で父とロビーへ。



病棟内廊下も何度も車椅子で往復した。
突き当りの窓から観える景色、Dルームから観える景色を何度も一緒に眺めた。



朝霧の深い日も山の緑の移りも、、



朝早く目が覚めたので父とカメラを持ってご来光を眺め、写真にもおさめる
父も写真を撮るのが趣味なので、お花見外出時は、必ずカメラを2つも持って行った。



暖かい午後には車椅子で病院の敷地内へ
一緒にお花見もした。





緩和ケア病棟に転院して、痛みのコントロールも上手く行って…
父は、昼間はお菓子を食べながらTVを観て過ごしている時間が多かった。
話相手がいない日や時間は退屈だっただろう。
だから、私たちが来れるとき、人がいて手がたくさんある時に父の外出をしていた状態。

3月初旬頃と思うが、妹が突然ケアマネさんとコンタクトを取り始めた。
介護通知が届き、要介護5という判定。
それで手すり工事が始まったのだ。

自宅介護をするの??
介護者・受け皿のほうは大丈夫なの??
私は、緩和ケア病棟に入院しながら体調のいいときに外出を繰り返し、できれば外泊…が最終目標と思っていたが、妹は違った???みたい
「…みたい」と書くのは、この間も妹とやり取りしたり話もしてみたけれど、その都度言い方が違うので結局何を考えているのか分からなかった。
『1~2日でも退院のカタチを取れば…』という書き方をしていたので、それって1割負担で済むための退院???と思ったし、1~2日というのなら、それは『外泊』になる。

今までもいろんな疑問はあり、その度に長い説明はあるんだけれど、結局何がしたいのか理解は出来なかった。
退院…というなら、そのように話を進めていったらいいのに、全く進まず。
だから、父が「わしはどうなるんや??」と私によく聞いていた。
父はお世話になっている身なので妹にワガママは言えない。
家に帰りたいけれど、家族の負担も増えるからそれを心配していた。

父は帰りたい、妹も退院の意向だというのに1ヶ月以上経っても全く進まなかったのだ。
何故??と聞くと父の状態がその都度違ったから…と。
父はもう良くはならないのに、最期に向かって行くだけなのに、状態が安定しないのは当たり前じゃないか!!
妹が単独で決めていくこと、家族に相談せずに妹と先生・看護師さんとの話し合いだけで終わってしまう状態に、父も含め私たち家族や相談された側の医療スタッフもずっと「???」良く分からなかった。



分かりにくく表には見えてこない深層心理。
父は、妹の心理を見抜いていたと思う。



桜の頃、新緑・ツバメが飛び交い、夜は一緒に蛙の鳴き声も聴いた。。
父と一緒に季節の移ろいを感じられたかなぁ…と思う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

桜満開

2018年04月02日 | Weblog



実家近くの川べりの桜も満開でとても綺麗だった



花が好きな両親
父も満開の桜が観ることが出来た
本当によかった☆彡





この時も自分のカメラで一生懸命写真を撮る父でした





父のカメラの中には、桜の写真とともに桜並木の動画が多い。
車の中から観える景色の動画を撮って撮ってと言われて、遠くに観える桜並木をずーーーっと撮ったのだ。
風の音がゴォ~~~っと入ってる動画











コメント
この記事をはてなブックマークに追加

桜始開(さくらはじめてひらく)

2018年04月02日 | Weblog


3月25日頃 外出5回目

今年は桜の開花が早い。
お蕎麦を食べに行ったが、里山の桜はまだもう少し先のようだ‥


*雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)
次週(4/1)も桜のリベンジ
同じ場所へ外出(6回目)
だけど桜はあともう少し‥(・_・;




この頃は、毎週外出していた。
蕎麦好きの父のリクエストで美味しいお蕎麦を食べに行った。
しかも、同じ所へ2回も!
全てのメニューを食べ尽くしたいくらい美味しいお蕎麦だった。
天ぷらもカリカリですごく美味しかった☆彡



近くの神社へお参り







父と私



3月末の桜と



一週間後の桜



病院周辺は満開だけど、こちらはあともう少し…
何度みてももう少し…

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

霞始靆(かすみはじめてたなびく)

2018年03月24日 | Weblog



2月23日 K病院へ転院
晴れのポカポカ陽気で良かったです。

医療麻薬は、内服から皮下注射の自動ポンプに切り替わる。同時に向精神薬などの薬も上手く使ってもらいS病院の時とは格段に元気な父になった。
痛みのコントロールを上手にしてもらった。
さすが、癌専門の医療チームと思った。
(元気になったとはいえ、麻薬ポンプを持ちながらの移動だし、足腰はおぼつかない割に動作が速いので、ずっと横に付き添いは必要) 

*草木萌動(そうもくめばえいずる)2月28日頃
始めての外出 実家へ
S病院の時は、きざみ食でも殆ど食べられなかった。薬の副作用で嘔吐などもあり、父はどんどん痩せていった。
転院後は軟食ではあったけれど、食欲も出て外出時はいきなりカキフライを食べた。
あとは、茶碗蒸し・煮かぼちゃなども食べていた。
お煎餅もオランジーナも飲んだりして、食べ過ぎ!!と思うくらい食べていた。
(ステロイドを使っていたので、そのせいで食欲増進していたのもある) 





写真は、父の外出時に家の猫が『ごめん寝』をしたので撮ってみました。
顔を座布団に埋めて寝るんですw

*蟄虫啓戸(すごもりのむしとをひらく)3月5日頃
外出2回目 実家
父は神仏を大切にしており、入院前は毎朝水やお茶を供え手を合わせていた。
月2回、お墓参りも欠かさなかった。
自身が思うように動けなくなり、気になることはそのことで、なので父の気になることは私たち娘や孫たちが出来るだけするようにした。
この日は姉と姪と私でお墓の掃除に...


*桃始笑(ももはじめてさく)3月10日頃
外出3回目 実家エアーポンプで空気さし
父は100均が好きだけど通販も好きで、TVで通販番組を飽きもせずよく観ているな~と思っていた。
散々観たあと、「これ買ったんや…」と。
エアーポンプ(空気さし)
病室から電話をして買ったらしい。母は突然父宛に荷物が届き、しかも代引き支払だったので怒っていたw
エアーポンプの試運転をしたり、家中の色々気になることをしていた。


*雀始巣(すずめはじめてすくう)3月20日頃
外出4回目(母は入院中)短時間の外出

前回外出時、母の顔がおしろいを塗ったみたいに真っ白だった。
少し前から動くと動悸がしてしばらく動けない、とてもしんどいと言っていたし、便の色をチェックしてと言ったら黒っぽいという。色々話を聞くと明け方トイレの前で意識を失っていたこともあるという。
なので、とんぼ返りでまた実家へ行き、母を近医へ連れて行く。
血液検査でHb(血中ヘモグロビン値)が6.0(正常は女性の場合12.0前後) 
即、K病院へ緊急入院となり、その夜は輸血。翌日以降は消化器の検査三昧となる。
7月の白内障OPのときはHb12.0あったのに、ここ半年間で半分に減り、Dr.も消化管出血を疑って検査してくださったが、明らかな出血点はみつからなかった。
若干気になる部分はあるものの約一週間の検査入院で済んだ。
(しばし両親ともにK病院に入院していた)
母は今は鉄材内服で経過をみている状態。 

そんなこんなで父の外出は無理かなぁと言っていたけど、父が楽しみにしていたので実家へ帰る。
誰も居ない実家で猫一人。。。
猫のエサやり、町内の集金など両親のこと以外にも色々やることがあった^^; 
一緒に住んでないから分からないことだらけでした。 
 



大阪から直接病院へ行くときは、大阪駅構内で父の好きな御座候(今川焼)を買って行ったし、
焼きサバ寿司や豚丼、柿の葉寿司など、父が食べたい!というものを買って病室で一緒に食べた。
私は、売店で買うコンビニおにぎりなどに飽きて、気力があればお弁当を作って行ったり、母が退院後は一度実家でご飯を作ってそれをお弁当に詰めて父の所へ行ったりした。
食欲のある父は、自分の病院食もあるのによく私のお弁当も食べていた。

ナースコールを押せば看護師サンがすぐ来てくださるし、妹や私が居ない間や私たちが居ても夜間は必ずベッドのセンサーをONにしてくださっていた。
(ベッドセンサーは、患者サンが動いたり起き上がったりするとナースコールがなる仕組みになっている )
それでも、夜中父が必ず起こして…と言ってトイレに2回は起きてポータブルトイレで排尿していたし、上手にベッドから滑り落ちるように起きるので、センサーが鳴らないこともあり^^;
父がゴソゴソ動き出すと、直ぐベッドサイドに 行くようにしていたので、「なんでおるんや?笑」「なんで分かるんや?」と言ってよく父が笑ってました。
夜中寝られへん…というときは、無理して寝なくていいからお話しよう…と父といろんな話もしました。
S病院にいる時から夜が長い…長い…と言っていた父。
夜、安定剤の点滴をしてもらいながら夜もグッスリ眠れるようになりました。
だけど、尿意では必ず起きて、またすぐ眠るときもあるし眠れないときもあるし、寝てばかりは腰が痛いのでサイドテーブルにうつ伏して座って眠ることもあった。

夜になると静かになるし、Ns.さんの人数も少なくなるし人の出入りも少ないし…患者さんは寂しくなるし不安になります。
だから、週に何度かだけでも私は泊まっていたし、何より父が待っていてくれたので私は行っていました。 
 



桜前線のニュースはTVで観ていたのに…
3月下旬、大阪の自宅に戻ると桜が咲いていた!!
それから、モクレンの花も…

知らない間に季節が進んでいた。。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

転院

2018年02月23日 | Weblog



まゆちゃんの結婚式のあと、家の中は花だらけになった☆彡

まゆちゃんの結婚式の翌日は義母が自宅に一泊したことや、着物の後片付け等々があり、父の病院へすぐ行ける状況ではなかった。
妹がずっと付いて介護していた状態だったのだが、連泊は辛いと言い、それを父に言うみたいで、「辛いと言うのを聞くのが辛い」と言って父が姪にあたるYサンを病院に呼んだらしい。
これまでも看護師さんがいるんだから、24hずっと付かなくても…と母や姉とも言っていたのですが^^;



そのYさんと父がどんな話をしたのか知らないけれど、S病院は地元といってもやや遠いし、それならK病院には緩和ケア病棟があるし、ここならYさんも近くなので何かお手伝いがあればすぐ行けるし…ということで転院の方向で話が進む。

父の意向…ということで妹からは病気のことを世間に伏せて欲しいと言われていた。
(妹がキーパーソンなので、主たる連絡事項や医療者との話し合いは妹がしていた)
だから、S病院入院当初、主治医との面談で在宅か(緩和ケアのある)K病院か…という話も出ていたのだが、ご近所や知り合いが多いという理由や在宅介護は無理ということでS病院に入院となった。
ところが、妹の介護疲れもありYさんが地元の(緩和ケアのある)K病院を勧めてくださり、転院が決まって良かった。

緩和ケア病棟は、 一般病棟とは違うので、最初からK病院でお世話になれば良かったのに…。
家族以外のYさんがそれを言ってくださり転院が決まったので本当に良かった。 



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

リングピロー

2018年02月17日 | Weblog



まゆちゃんから頼まれていた重要なこと、すっかり忘れていた(*_*;
リングピロー

私とりょうこで作るね~~~と言っていたのに、十分な話し合いもせず、あげく忘れて@@;
やや焦りながら、手芸店へ行けばそのキットも売ってるし、最悪メルカリで安く買おう~という話に。

だけど、手芸店にはコレ!と思うようなシンプルで可愛いのがなく、メルカリにもいいのが無くて;;
ん~~~~と思いながら100均のお店へ。
オーガンジー風のカフェカーテン、お花リボン、綿みたいなスポンジ、ビーズなどを購入。
材料費540円
あとは、とりあえず間に合うように作るしかない!やるしかない!



ただただ黙々と作る
集中しているときは、要らぬことを考えなくてよい

カフェカーテンがこんなことになっているとはw
けど、いいもの見つけた♪♪
手芸店で生地から買うとこんな値段じゃ済まない



ミントグリーンのおリボンは、まゆちゃんのカラードレスの色だし100均にちょうどこの色のリボンがあったのだ☆



りぼんをどんなふうに置こうか、リングをどんなふうに置けるようにしようか?と色々悩む。
そうしてりょうこの意見も聞きながら完成!!



そうして式当日は、こんな感じ^^
カメラマンのかたの写真だから、すごく素敵に写ってますw
よ~くみると手作り感満載ですw



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

まゆちゃん結婚式

2018年02月17日 | Weblog



2月中旬 曇りのち晴れ
雨女のまゆちゃんですが、てるてる坊主の効果だったのか?晴れました^^



天井の高いチャペル式ウエディング
ここのチャペル風の内装が気に入ってまゆちゃんがこちらの式場に決めたようです。
親としては、遠路遥々の親族たちがいるので主要駅の分かりやすい式場を希望したけど、本人たちの想いは違ったみたい
ウエディングドレスは肩むき出しのビスチェになったし...
親の思い通りにはいかないものですネ^^:



旦那さんになるかたは、まゆちゃんよりも9歳年上。
だけど、童顔なので全く年の差は感じないです。
すごくすごくすご~~~~~~く優しい(^-^)
だから、彼のほうが女っぽく、逆にまゆちゃんが男っぽいw





私の両親も出席してほしかった;;
父は無理かもしれないけれど、母には来てほしかったなぁ。。



たくさんの方に祝福していただき、ほんとうに良かったです☆彡



前日まで父の病院へ行っていたので、私自身も今日は嬉しいのだけどそれが実感として分からなかったというか、どっぷり幸せのなかに浸れなかった。。というか
そのときの感情をどう表現していいのか分からない。



食事もゆっくり食べていなかった記憶。
まゆちゃんの仕事場の上司の方々の席へご挨拶に行ったり、相手のご親族の席にご挨拶に行ったり…

写真も殆ど撮らなかったので、これらの写真はカメラマンのかたの写真や親族が撮ってくれた写真を載せています。









ウエディングケーキの上には、MOGUチャン(まゆちゃんたちが飼ってるハリネズミ)



これがそのMOGU(モグ)チャン


それから、お色直しで中座するときは、りょうこと一緒に♪
テーブル席のネーム用紙の裏側は、お一人お一人にメッセージが書いてあったそうです







りょうこ、この日のために痩せる予定だったのに…
何故だろうな~~~~~???w



お色直し、まゆちゃんは和装が似合うんだけど、色々ね予算の関係で泣く泣く断念したの。
色ドレスは、20代前半でしか着られないデザインをまゆちゃんと選びました☆彡
可愛いデザインのドレス





彼氏サンのタキシードデザインも可愛いでしょう?
上着もベストも別々だったのだけど、いろいろ組み合わせ考えたのだ!!



今どきの結婚式は、以前甥っ子チャンの結婚式の時にも書きましたが、私たちの時とは違う。
映像が多い~~
だけど、余興もあり、彼の大学時代の友人たちが会場を盛り上げていました^^
キャンドルサービスに代わって新郎新婦の2人が各テーブルを廻って一緒に写真を撮ったり、スイーツバイキングで2人がサービスしていたり…





いろんな想いで食べたから、あんまりその味を覚えていないのが本当です^^;



後ろ姿は私とりょうこ

自分の娘の結婚式なのに、どこか人の結婚式に来ているような、、、
実感がまるでなかった。
少しボーっとしていて、花嫁サンと一緒に写真を撮るのも忘れていたし…
だけど、ゲストのための披露宴だし、ゲストの方々が喜んでくださったのならそれでいい。。と何度も義母に慰めてもらいました。。
両親が出席できなかった分、津和野からお義母さんが来てくださり本当に良かったです。


まゆちゃん 
末永く どうか幸せに☆彡




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

感情のコントロール

2018年02月10日 | Weblog



病室からの風景
2月、朝靄が立ち込めてまだまだ寒い(+_+)
だけど、暖房が効いて室内は暑いくらいだし乾燥もする。
雪がチラチラ降ることもあったけど、どっかりと積もることはなく…

父のせん妄状態に付き合うのも、食事介助や排泄介助など日常生活全般の介護をするのも私自身はあまり辛くはなかった。
夜ゴソゴソと父が動くし動作が速いのと、常にじっとしていないので殆ど眠れないのが辛かったかなぁ。。



毎週、日・月と木・金 は病院で寝泊まりして父のことをしていて、それ以外は大阪に戻り仕事だったので殆ど自宅のこと・家事はりょうこ任せだった。
仕事場スタッフさんには大幅に勤務交代をしてもらい、仕事場のことも気にしながら、りょうこのことも気になりながら、だけど身体は一つしかないし...
りょうこは何も言わないけど、色々相談ごともあっただろうに...
このときは本当に身体が3つくらい欲しかったです(><)

身体が疲れ過ぎると全く眠れず、自宅ではしばし安定剤を飲んで眠っていたこともあった。

こんなときに...
と言ってはいけないけれど、まゆちゃんの結婚式も重なり。
慶弔ごとが重なるんじゃないかと幾度となく心配しました;;

お祝いごとなのに、、、嬉しい気持ちというより感情がなかった…というか
今(これを書いているのが6月2日)思い出しても感情をどうコントロールしていたのかな?
ただただ疲れていた…というか。
だけど、この時期インフルエンザやその他の風邪も流行っており、マスクは必至だし、とりあえず休めるときに休まなければ…ここで自分が倒れないように…という思いもあったような。。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加